表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

第六話目だけれど、悪魔に囁かれてしまいます

 一時間くらい、手紙を裏、表とひっくり返し続けていた。

 宛名のアナベルも、差出人のデュワリエ公爵も、どちらも恐ろしい。むしろ、ふたりはお似合いなのでは? と思うくらいに。


 ただ、こうもしていられないだろう。手紙は三日前に届いた。一刻も早く読み、返信しないと怒りの大暴風雪が巻き起こってしまうかもしれない。


「ヒイイイイイ……!」


 悲鳴を上げながら、手紙を開封する。ガクブルと震えつつ、便せんを広げた。

 宛名と差出人と同じく、便せんには美しい文字が書き綴られていた。

 その内容は――。


「は!?」


 思わず、我が目を疑う。

 デュワリエ公爵は夜会の晩、私を泣かせてしまった件に対して、深く詫びるという丁寧な謝罪文を送ってきたようだ。


 なぜ? という疑問が、次々と浮かんでくる。

 手紙はそれだけではなかった。後日、会って直接謝りたいと。


「いやいやいやいや!! ないないないないありえない!!」


 デュワリエ公爵の手紙の前で叫んでしまう。それほど、衝撃的な申し出だったのだ。

 すぐさま棚からペンとインク、便せんを用意し、アナベル風の文字で書き綴る。

 お手紙が大変嬉しかったこと。わざわざ謝罪していただき、申し訳なく感じたこと。それから、お忙しいだろうから、直接の謝罪は必要ないこと。

 三十回くらい手紙を読み直し、失礼な点がないか確認する。

 父の部屋に移動し、アメルン伯爵家の家紋印を借りた。手紙に蝋燭を垂らし、家紋を押し当てて封じる。執事に頼み、速達で出すようお願いしてきた。

 これで夕方には、デュワリエ公爵のもとへ手紙が届くだろう。


 安堵の息を吐きながら廊下を歩いていたら、鋭い声で呼び止められる。


「ちょっとミラベル!」

「アナベル!?」


 なんと、帰ったかと思っていたアナベルが、まだ我が家にいたのだ。


「え、ど、どうしたの?」

「べ、別に、ベルトルトとちょっとお茶をしていただけよ」

「お兄様と? へ、へえ……」


 ちょっとと言っていたが、あれから二時間半は経っているだろう。妹の私でさえ、兄と二時間も一緒にいられない。馬の話ばかりするので、退屈だからだ。


「お兄様と、なんの話をしていたの?」

「な、なんでもいいでしょう? それよりも、なんなの、この手紙は?」


 アナベルが私の前にビシッと出したのは、先ほど執事に出すように頼んでおいた手紙だ。


「なんで、それをアナベルが持っているの?」

「念のために、内容に間違いがないか、確認したのよ」

「酷い! 封をした手紙を勝手に開けるなんて」

「酷くないわよ。分家の家紋なんかで送ったら、偽物だと思われるでしょう?」

「へ?」


 アメルン伯爵家の家紋は、白孔雀が羽を広げたものである。本家と分家では、微妙に異なる模様になっているらしい。


「本家は羽根が十枚、分家は八枚しかないの」

「へー、そうなんだ」

「あなた、今まで知らなかったのね」

「まあ、はい」


 アナベルが指摘してくれなかったら、分家の家紋で手紙を出してしまうところだった。


「問題は手紙だけではないのよ。中身よ、中身!」

「中身、というと?」

「とぼけないでちょうだい! 何が、直接の謝罪は不要です、よ。あなた、わたくしとの約束は忘れたの? デュワリエ公爵をメロメロにして、“エール”の胸飾りを受け取るのでしょう?」

「そ、そうだった!」

「一回でも多く会っておかないと、好きになってもらえないじゃない!」


 デュワリエ公爵があまりにも恐ろしいばかりに、本来の目的を忘れていたのだ。


「でも、アナベル。デュワリエ公爵に好きになってもらうのなんて、絶対、死んでも無理よ」

「あら、どうして?」

「だって、デュワリエ公爵は、人間に興味はありません、みたいな冷徹な人なんだよ?」

「これから、あなたがあの手、この手を使って惚れさせるのでしょう?」

「ど、どうやって!?」

「それは、ご自分で考えなさいな」

「そんな!」


 この契約は、あまりにも危険が高すぎる。もしもバレたりしたら、アメルン伯爵家は破滅の道を歩む結果となるだろう。


「アナベル、家が没落してもいいの?」

「それも、いいかもしれないわね」

「はあ!?」


 没落してもいいなんて、信じられない。正気かと、問いかけたくなる。


「どうして、没落してもいいだなんて……?」

「だって、飽き飽きしているの。今の、慌ただしいばかりで不自由な生活に」


 だからこそ、アナベルは暇な私に身代わりを頼むのだろう。

 日向を歩くのも、大変だと言いたいのだろうか。私としては、羨ましい限りだが。


「いいわ。ミラベル。もうひとつ、“エール”のジュエリーを、付けてあげる。誕生日に、お父様がわたくしに買ってくれるって言っていたから」

「へ?」

「しかも、新作よ?」

「し、新作が、発表されたの?」

「あなたが引きこもっている間にね」

「う、嘘!」

「本当よ。ほら、これをごらんなさいな」


 アナベルはデザイン画が描かれたリーフレットを差し出す。そこに描かれていたのは、“エール”で販売されている“エレガント・リリィ”シリーズの新作のデザイン画が、描かれていた。


「やだ。すごく……きれい! 新作って、“エレガント・リリィ”なのね! すごく久しぶりじゃない!」


 現在、“エール”で販売されているのは、社交界に出る女性向けに作られた“ピュア・ローズ”シリーズと、社交界デビューから一、二年経った女性向けに作られた“エレガント・リリィ”シリーズがある。

 “エレガント・リリィ”は、ここ最近新作が出ていなかったのだ。満を持しての、新作発表だったことだろう。


「発売は、一年後、か」


 デザイン画が作られてから、試作品を作り、職人が量産体制に入る。一年でも、短いほうなのだろう。むしろ、こうしてデザイン画が発表されるほうが珍しい。


「ミラベル。あなたが、デュワリエ公爵をメロメロにできたら、この首飾りをあげるわ」

「デュワリエ公爵を、メロメロ、に?」

「ええ、できるでしょう? ミラベル、あなたならば」


 アナベルの悪魔の誘惑に、私はあっさりコクンと頷く。

 メロメロにする相手がデュワリエ公爵だなんて、“エール”の新作を前にしたら、すっかり忘れていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ