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第五話目だけれど、アナベルが冷たいです

 母さん、お元気ですか……ミラベルです。

 王都の冬は、寒いです。今も、暴風雪が吹き荒れております――。


「ちょっとミラベル! 私の話を聞いていたの?」


 アナベルの声で、ハッと我に返る。隣の部屋にいる母に、脳内手紙を書いている場合ではなかったのだ。


 メイドが用意してくれた紅茶を飲む。残念ながら、アナベルのお茶会で出る香り高い紅茶とはほど遠い、薄くて味気ない風味の紅茶だった。これが、我が家の精一杯なのである。茶菓子も、バターをかき集めて作ったクッキーだろう。ホカホカなのは、アナベルがやってくると聞いてから慌てて焼いたからなのか。

 一枚手に取って、囓ってみる。あっさりし過ぎた味わいで、これは保存用のクッキーなのかと疑うレベルの硬さだった。

 アナベルの家のクッキーはサクサクと軽い食感で、バターの風味が豊かに香っている。同じクッキーとは思えないおいしさだった。

 一度おいしいものを口にしてしまうと、これまで食べていた味に戻れなくなってしまう。身代わりとは、なんて恐ろしい所業なのか。改めて思ってしまった。


「――と、いうわけなんだけれど」

「あ、ごめんなさい、アナベル。ぼーっとしていて、聞いていなかった」

「なんですって!?」


 ジロリと、アナベルは渾身の眼力で私を睨む。ちょっと前だったら、震え上がっていただろう。 

 けれど私は知ってしまった。暴風雪閣下の、氷漬けにするような人殺しの睨みを。今となっては、アナベルの凝視など可愛いものにしか見えない。


「どうしてあなたは、そうやってぼんやり生きているの? 雪山だったら、凍死しているわよ?」


 それは否定できない。先日、暴風雪閣下の領域テリトリーに侵入して、死にかけた。アナベルのように、シャッキリ生きていないと、いつか命を落とすだろう。


「そもそも、なんなの? あなたのその、代わり映えしない、地味な恰好は!? ちょっとは社交界で、美意識を磨いてきたかと思っていたら」

「これが楽なの。それに、アナベルみたいに着飾る財力は、我が家にはないのよ」


 化粧品もケチって、薄く施すように命令するくらいだ。思いっきり化粧するのなんて、アナベルの身代わりをするときくらいである。


「それに、常に張り切って化粧をしていたら、私とアナベルの顔が似ていることが、周囲にバレてしまうでしょう?」

「それは、そうだけれど……」


 アナベルは日向を歩き、私は日陰を歩けばいいのだ。

 これまで通りやっていたら、たまに私と彼女が入れ替わっていることなど誰も気付かない。


「それでアナベル。話はなんだっけ?」

「ミラベル、あなた、本当にいい性格をしているわ」

「ええっ、そんな! アナベルほどいい性格じゃないから」

「謙遜しないで」

「いやいや、本当に、アナベルのほうが、いい性格をしているから」


 いい性格をしているアナベルはキッと眉を釣り上げ、一通の手紙を差し出した。


「え、これは?」


 宛名は、アナベル・ド・モンテスパンである。それをなぜ、私に差し出すのか。理解不能だ。


「これは、デュワリエ公爵からあなたに届いた手紙よ。これを届けに、わたくしはわざわざここにやってきたの」


 思わず悲鳴を上げそうになった。そういえば、シビルが言っていたのだ。暴風雪閣下から手紙が届いていたと。

 しかし、宛名を確認してほしい。名前はミラベル・ド・モンテスパンではなく、アナベル・ド・モンテスパンだ。


「いやいやいや、アナベル。これ、アナベル宛でしょう?」

「いいえ、あなた宛よ。婚約してから、手紙を送ってきたことなんて、一度もないの。シビルから聞いたわ。デュワリエ公爵と面会したのでしょう? どう考えても、あなたが扮するアナベル・ド・モンテスパンに対するお手紙じゃない」

「え~~……そんなこと、ないと思うけれど」


 アナベルは憤怒の表情で立ち上がり、ずんずんと私のほうへやってくる。そして、膝の上に手紙を置いてくれた。

 そこには、最高にきれいな文字で署名してある。デュワリエ公爵ヴァンサン・ド・ボードリアール、と。暴風雪閣下は、美しい文字をお書きになるようだ。


「ってこの手紙、未開封じゃない!?」

「そうよ。だって、わたくし宛ではなく、ミラベル宛ですもの」

「怖い、怖い! アナベルが開けて読んでよ!」

「どうして、あなた宛の手紙を、このわたくしが読まなければいけないの?」


 だって、暴風雪閣下からの手紙なんて、恐ろしい内容に決まっているから。思わず、アナベルに抱きつき縋ってしまう。手紙を押しつけようとしても、取り合ってくれない。


 それどころか、さらに恐ろしい命令をしてくれた。


「ミラベル。デュワリエ公爵のお手紙をきっちり読んで、お返事を出しておくのよ」

「きゃー!」

「何がきゃー、よ! お手紙が届いたら、お返事を出すのが礼儀なの」

「でででででも! これ、デュワリエ公爵からの、お手紙! アナベル宛! 私、ミラベル!」

「都合がいいときだけ、ミラベルにならないでちょうだい」

「いや、私、ミラベル。あなた、アナベル……?」

「でも、デュワリエ公爵と会ったときは、あなたがアナベルだったでしょう?」


 冷たくそう言って、アナベルは私の体を振り払う。


「ミラベル。そのお手紙、三日前に届いたものだから。早く出さないと、大変な目に遭うわよ。あなたが」

「ええっ、な、なんで、もっと早く……!」

「あなたが、わたくしの呼び出しに応じなかったから、悪いのよ! 遅くても、夕方までには返事を出してちょうだい」

「そ、そんな……!」


 アナベル様、お助けをと手を差し伸べても、ぷいっと顔を逸らされてしまう。


「シビル、行くわよ」

「あ、はい」


 アナベルは速歩で去って行く。追いかけたが、「これから用事があるから、ついて来ないで!」とキツめに言われてしまった。


 部屋には、私と暴風雪閣下からの手紙だけが残る。

 悲劇の始まりだった。

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