番外編 穏やかな休日を
ある日の朝――今日はお休みだという夫が思いがけない提案をしてくる。
「ミラベルは結婚前、休日はどう過ごされていたのですか?」
「私ですか?」
別に大したことはしていない。
アナベルのお買い物に付き合ったり、アナベルとお茶会を開いたり、アナベル代わりにドレスを試着させてもらったり。
思い返すと私の休日はアナベル、アナベル、アナベルだった。
「まるでアナベルの侍女か何かみたいな感じだったかと」
買い物のたびにアナベルは私にも何か買っていいと言ってくれたし、お茶会のときはおいしいお菓子が食べられる。試着は余ったレースやリボンを貰えるのでお得だった。
「羨ましい限りです」
「アナベルが、ですか?」
「ええ。だってミラベルとずっと一緒だったのでしょう?」
たしかに、実の姉妹以上にアナベルとは一緒の時間を過ごしたのかもしれない。
運命共同体とも言えよう。
「ご家族とはどう過ごされていたのですか?」
「家族はだいたい遠乗りにでかけていました」
なんせ、お馬さん大好き一家なのである。
「ミラベルはいかなかったのですか?」
「ええ」
「どうしてですか?」
「乗馬が得意そうに見えますか?」
そんなふうに問いかけると夫は明後日の方向を見上げる。
「あ、でも、ベリー狩りのシーズンだけは一緒に遠乗りにでかけていたんです」
兄の乗る馬に同乗し、森まででかけていたのだ。
「ベリー狩り、ですか?」
「ええ! 市場に並ぶベリーよりも新鮮で、甘くておいしいのですよ」
ちょうど今くらいのシーズンだと言うと、夫は思いがけない提案をする。
「では、今からベリー狩りに行きましょうか」
「え、いいのですか?」
「もちろん」
休日は私が好きなことをしたい、と考えていたらしい。なんて優しい夫なのか。
さっそく乗馬ドレスを着用し、森へでかけたのだった。
数年ぶりに馬に乗ったのだが、夫の操縦はとても安定していた。
「ミラベル、怖くないですか?」
「ぜんぜん!」
「よかった」
そんな会話をしつつ、森の中へと入る。
馬は途中にあった大きな樹に繋げ、ここから先は歩いて進んでいく。
「こっちです」
「ミラベル、そんなに急ぐと転んでしまいますよ」
「子どもじゃあるまいし!」
なんて軽口を叩いていたら、ぬかるみに足を取られて転びそうになる。
転倒する寸前で夫が腰を支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「え、ええ、平気です。その、ありがとうございます」
それから夫は私を心配してか、手を繋いで歩いてくれる。
まるで子ども扱いだが、先ほど大丈夫だと言って結局転びそうになったので、抗議などできなかった。
一時間ほど歩いた先に、ベリーがたくさん自生する場所にやってきた。
この辺りは管理費さえ支払えば、自由にベリーを摘んでいいのだ。
「わあ、たくさんベリーの実が生っていますね!」
「見事です」
しゃがみ込んでブチブチベリーを採っていたのだが、夫は私をじっと見つめ、戸惑うような様子でいた。
「どうしたのですか?」
「いえ、ベリーを摘む際に握りつぶしてしまいそうで」
「大丈夫ですよ! 潰れたベリーはジャムにしますので」
それを聞いて安心したのか、夫もベリーを摘み始める。
心配そうにしていたものの、夫は私よりも上手にベリーを摘んでいた。
もともと手先は器用な人なので、これくらい朝飯前なのだろう。
一時間ほどで持ってきたかごがいっぱいになる。
そのあとは湖の畔で昼食をいただいた。
お屋敷の料理人が持たせてくれたお弁当はどれもおいしい。
デザートは湧き水で洗った採れたてのベリーである。
「うーーーーん、甘い!」
熟している実は本当に甘くておいしい。
夫は熟していないものを食べたようで、顔を顰めていた。
「熟れているのはこういうのですよ!」
そう言って夫にベリーを食べさせてあげる。すると、顔を赤くしながら「甘いです」と言っていた。
その反応を見ていたら、大人なんだから食べさせてあげなくてもよかったのに、と恥ずかしくなる。
けれども夫は想像もしていなかったことを言った。
「もうひとつ、食べさせてください」
「うっ!」
二度とするか! と思っていたのに懇願されてしまうと言うことを聞いてしまう。
再度食べさせてあげると、夫は幸せそうに微笑んだのだった。
そんな感じで、甘い甘い週末を過ごしたのだった。




