後日談だけれど、デュワリエ公爵に求婚された件は現実だったようです!
事件から一週間経った。
誘拐され、湖に沈みかけ、デュワリエ公爵に助けてもらった挙げ句求婚までされたのは夢ではないか。
そう思いたかったが、すべて現実だった。
移動するたびについてくる護衛が、夢ではないことを教えてくれる。
なんでも、私が嫁ぐ日まで傍に付けてくれるらしい。
ありがた迷惑……ではなく、大変ありがたいが、申し訳ない上に、伯爵家傍系の娘なんぞ誘拐する輩なんぞいないとデュワリエ公爵にお手紙を書いた。
しかし、何が起こるかわからないから護衛は置いておけと、言って聞かないのだ。
そんなわけで、護衛の女性に迷惑が掛からないよう、なるべく部屋で大人しくするようにしている。
家族も私を取り巻く環境に、戸惑っていた。
デュワリエ公爵は事件当日に、我が家までやってきて事情を説明したらしい。デュワリエ公爵が深々と頭を下げる間、父は白目を剥いていたのだとか。
目覚めたあとは、私を実家まで連れて行き、その場で結婚許可を取った。
父は白目を剥きながら、アナベルと間違っているのではないかとしつこいくらい聞いていた。
聞かれるたびに、デュワリエ公爵は「ミラベルさんで間違いありません」と繰り返していた。
アナベルとの婚約解消が発表されたものの、フライターク侯爵が拘束された事件のおかげで騒ぎは大きくならなかったようだ。
その辺は、ホッとしている。
アナベルは自分のせいで私が誘拐されたと責め、珍しく落ち込んでいるようだった。
私は、アナベルがあのような怖い目に遭わなくてよかったと思っている。
結果、助かったしよかったではないか。
そう励ましたら、アナベルに「デュワリエ公爵は、あなたのそんなところを好きになったのね」と言っていた。
事件から一週間経って、アナベルも通常営業に戻りつつある。
やはり、アナベルは暴君ではないと調子がでない。
本日は、フロランスが訪問してくる。
事情は、先日デュワリエ公爵が話をしたようだ。
誘拐事件のあと、公爵家に運ばれていたのだが、フロランスとは会えず終いだったのだ。
アナベルとの身代わりについても、知っている状態で会うのだろう。
軽蔑するだろうか。もう、絶交されてしまうのか。
そんなことを考える中で、フロランスがやってきた。
「ミラベル~~!!」
私を見た途端、フロランスは真珠の涙を零す。
駆け寄って抱きしめると、すんすん泣き始めた。
「お、お兄様から、お話は、すべて、お聞きしました。お辛かったでしょう……。気付かずに、ごめんなさい」
「こちらこそ、嘘をついていて、ごめんなさい」
「とんでもございません。もっと早く、ミラベルをお兄様に紹介していたら、こんなことにはならなかったのに……!」
もしも、事前に紹介されて出会うパターンであれば、フロランスのお兄様がデュワリエ公爵と知らずに会って大絶叫していただろう。
きっと、「なんだ、こいつ」で終わっていたかもしれない。
私的には、「なんだ、こいつ」ルートのほうがよかったのだけれど……。
「誘拐事件にも巻き込まれたとお聞きして」
「あ、いや、大丈夫。すぐに、デュワリエ公爵が助けてくれたから」
「でも、湖に落とされたのでしょう?」
「底の浅い湖だったから、平気だったのよ」
「そう、でしたのね。よかった」
フロランスをぎゅっと抱きしめる。どうやらデュワリエ公爵は、事件について詳しい話をしていたようだ。さすがに、水中でクビを絞められた話はしていなかったようだが。
それでも、湖に沈める話はフロランスにとってショッキングだっただろう。
「フロランス、その、結婚の話は、聞いた?」
フロランスは頬を染め、コクリと頷く。
「事件のあとで不謹慎なのかもしれないけれど、私、フロランスと姉妹になれるかも、とか考えて、ニヤニヤしちゃったのよね」
「ごめんなさい。実は、私も、ミラベルと姉妹になることを考えておりました」
思うことは一緒だったようだ。手と手を取り合い、喜びを分かち合う。
デュワリエ公爵と結婚したら、フロランスと毎日楽しくお茶会ができる。楽しみだ。
◇◇◇
デュワリエ公爵の訪問は、一週間後だった。
薔薇の花束を持ち、やってくる。
「ミラベル嬢、すみません、忙しくて、訪問できずに」
「ぜんぜん、大丈夫デスヨ……」
思わず、語尾がカタコトになってしまう。
今日はアナベルの化粧をしていない、素の私だ。けれども、デュワリエ公爵はなんら変わらない。
「なんだか、とても長い間会っていないような感覚でした。あなたと過ごした日々が、夢なのかと思うくらいで」
「夢だったらよかったのに」
「はい?」
「あ、なんでもないでっす……」
私と結婚したいらしいデュワリエ公爵は現実だった。本当に実在していたのだ。
「今日は、お願いがあってまいりました」
「なんでしょ?」
「そろそろ、私に“エール”の首飾りを、贈らせていただきたいなと」
「いやいやいやいやいや!! とんでもない!!」
拒絶した途端に、デュワリエ公爵は眉間にぐっと皺を寄せて、信じがたいという瞳で私を見る。
そんな目で見ても、ダメなものはダメだ。
「なぜ、受け取ってくれないのですか?」
「いや、だって、“エール”の装身具は、こう、努力なしに手にしていいものではないのです。苦労の末に手にしてこそ、意味があるといいますか、なんといいますか」
「意味がわかりません」
すっかり不機嫌顔となってしまった。
「どんなものであれば、あなたは受け取ってくれるのですか?」
「そ、それは――あ!」
いい案が浮かんできた。立ち上がり、棚に駆け寄って取り出したのは、紙とペン。それからインクだ。
それを、デュワリエ公爵の前に差し出す。
「なんですか、これは?」
「サインを書いてください!」
「は?」
「“エール”専属のデザイナーのサインがほしいんです」
「なぜ、そんなものを……」
「ファンなんです!!」
ファンだと言われて悪い気はしなかったのだろう。デュワリエ公爵はペンを手に取り、さらさらとサインを書いてくれた。
それだけで、ペンは止まらなかった。
定規もないのに、きれいな線を引く。
繋がった線と線は、美しいブリリアントカットのダイヤモンドの形となった。
「わ……!」
迷いのない線が、次々と引かれた。
あっという間に、首飾りのデザイン画が完成する。
「す、すごい!! それは、新作の“エレガント・リリィ”のデザイン画ですね!」
「そうです」
「それを、私にくださるのですか?」
デュワリエ公爵はこちらへ来いと言わんばかりに、手招く。
近くに来ないと、くれないようだ。
すぐに駆け寄り、デュワリエ公爵の前にしゃがみ込む。
餌をもらう犬のごとく、デュワリエ公爵を見上げた。
すると、笑われてしまった。
「あなたは、どうしてそう、突飛な行動をするのですか」
「な、何か、おかしな点がありましたか?」
「普通、隣に座るでしょう」
「そ、そうだったのですね」
デュワリエ公爵の隣に座るなんて恐れ多い。そんなことを考えていたので、跪くスタイルを選択したのだが。
デュワリエ公爵は私の手を引いて、隣に座らせる。
そして、とんでもないことを言いだした。
「これが欲しければ、私に対する素直な気持ちを言ってください」
「顔が綺麗すぎて、近くで見ると圧がすごい!!」
「そういうのではなく、好意を言葉にしてください」
「とても、絵がお上手です!!」
デュワリエ公爵は額に手を当てていた。そういうことではないらしい。
「私は、ミラベル嬢のことが好きです」
その言葉を聞いて、好意とはそういう意味だったのかと恥ずかしくなる。
同時に、思いがけない告白に顔がカッと熱くなった。
「わ、私も、デュワリエ公爵のことが、好きです」
デュワリエ公爵はよくできました、とばかりに笑顔でサインとデザイン画を渡してくれた。
「わー! ありがとうございます! サイン超絶格好いいです。デザイン画も、本当、素敵です。やっぱり、“エール”の装身具は、世界一ですね。よっ! 天才デザイナー!」
「あなた、どうして甘い空気をぶちこわすようなコメントを……」
「あ、すみません。“エール”のデザイン画を見ていたら、いろいろぶっ飛んでしまって」
次に会ったときには、甘い雰囲気を感じたら喋らないでおこうと、デュワリエ公爵の前で誓った。




