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身代わり伯爵令嬢だけれど、婚約者代理はご勘弁!  作者: 江本マシメサ


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第四話目だけれど、暴君アナベル様に襲われました

 それからというもの、私は一週間も引きこもった。アナベルから呼び出しを命じる手紙が届いていたが、あの日の晩についてはあまりの恐ろしさに報告なんてできなかった。

 家族は私を心配し、お菓子で釣って元気付けようとしていたが、それどころではない。

 私は、デュワリエ公爵に大変な失礼を働いてしまったのだ。

 これから、アメルン伯爵家への粛清が始まるに違いない。

 そもそも、アナベルに扮していた私は調子に乗りすぎていた。本人が高慢で我儘だからと言って、好き勝手し過ぎていたのだろう。

 お茶会で高級なチョコレートばかり食べたり、“エール”の胸飾りを自慢したり、大勢の取り巻きを引き連れて移動したり。

 女王然としたアナベルの身代わりは、私にとって娯楽だった。心から、楽しんでいたのだ。それが、仇となったのだろう。神様から、罰が下されたのだ。


 デュワリエ公爵に失礼を働いた罪で、アメルン伯爵家は窮地に立ってしまう。

 もしも、私ひとりの命で一家が助かるのならば、差し出そう。


 そこまで考えていた私のもとに、ある訪問者が現れる。

 シーツに包まり、扉に鍵をかけて籠城していた私は襲われてしまう

 無情にも鍵は解錠されバン! と勢いよく扉が開かれる。


「ちょっとミラベル! どうして、このわたくしの呼び出しを無視するのよ!」


 そう叫びながら接近し、包まっていた布団を引き剥がしたのは、アメルン伯爵家の愛らしい暴君、アナベル様だ。


「夜会の報告に来なさいって、言っていたでしょう?」

「ぐ、具合が、悪くて」

「嘘よ! 三食きっちり食べて、お茶とお菓子まで楽しんでいると、ベルトルトから聞いたわ!」


 ベルトルトというのは、私のお兄様である。馬が関わる場面以外では常にぼんやりしている、私でさえ大丈夫かと思うくらいのポンコツ兄だ。

 それなのになぜか、アナベルは気に入っているようで、ふたりでお茶を飲んでいる様子をよく見かける。

 たぶん、兄がアナベルを女王のように扱うので、気分がいいのだろう。


 それにしても、兄が実の妹の情報をアナベルに売るとは。断じて許しがたし。

 兄を恨むよりも、今はどうにかこの場を切り抜けなければ。暴君アナベル様を敵に回すと、大変なことになる。アメルン伯爵家の法律は、アナベル自身なのだ。

 私は咄嗟に考えた体調不良の理由を叫ぶ。


「こ、心の病気なの! 胸が苦しくなって、切なくなって、食事とお菓子と紅茶しか喉を通らなくなるの!」

「ワケがわからないことを言っていないで、起きなさい!」

「う……はい」


 やはり、私がアナベルに勝てるわけがないのだ。のっそりと起き上がり、ボサボサな髪の毛と皺が寄ったドレス姿をお披露目する。


「あなた、なんて酷い恰好をしているの?」

「心の病気なので」

「それはいいから、シャンとなさい! それでも、歴史あるアメルン伯爵家の娘なの? シビル!!」


 アナベルは同行させていたシビルを呼び寄せ、私の身支度を調えるように命じていた。

 

「身支度が調ったら、ミラベルの部屋で話をするわよ」

「……」

「いいわね!?」


 否応なしに、予定を決めつけられる。これぞ、暴君アナベル様といった感じだ。

 扉がバタンと閉められたあと、シビルが可哀想な生き物を見る目で私を見つめていた。


「ミラベル、大丈夫?」

「大丈夫だと、思う?」

「そ、それは……」


 シビルは明後日の方向を見る。

 アナベルの侍女であり、私の親友でもあり、身代わり事情を知る彼女は、微妙な立場にいるのだろう。追求は止めて、身支度を調える手伝いをお願いした。


「ミラベル、髪型と化粧はどうする?」

「どちらも、いつもと同じ感じで」


 皺ひとつないドレスを纏い、薄く化粧を施してもらう。頬にかかった左右の髪を編み込んで、ハーフアップに仕上げていただいた。


 鏡の向こう側にいるのは、至って地味ないつもの私。アナベルそっくりに仕立てるには、華やかな化粧を施さないといけない。

 私の普段の様子は、アナベルと似ても似つかぬものだった。化粧ってすごいと、改めて思ってしまう。

 身支度を調えてくれるシビルの才能も、かなりのものなのだろう。


「ありがとう、シビル」

「こんなんで、いいの?」

「いいの。これが、“私”だから」


 可愛いのは、アナベル。

 地味なのは、ミラベル。


 人気があって友達がたくさんいるのが、アナベル。

 人気は特になく友達も少ないのが、ミラベル。


 輝かしい未来を持つ伯爵令嬢、アナベル。

 輝かしくない未来を持つ伯爵家令嬢、ミラベル。


 ずっと、比べられてきた。

 アナベルは日向ひなたの中を歩き、ミラベルは日陰ひかげの中を歩く。それが、彼女と私の役割でもあった。


「ねえ、シビル。私、どうなると思う?」

「どうって?」

「だって、あなたも見ていたでしょう?」


 デュワリエ公爵の私室に招かれた晩、シビルも同じ部屋に控えていた。未婚の男女がふたりきりになるのは、よくないからだ。

 彼女は私の一連の暴走を、見ていたただひとりの人間である。


「デュワリエ公爵は、私を氷漬けにして殺す! みたいな感じで見ていたでしょう?」

「いや、なんだろう。怒っているようには見えなかったような、気がするけれど」

「だったら、どんな顔をしていたの?」

「なんだろう、うーん。あれは、戸惑い?」


 それもそうだろう。いきなり大接近し、知らないブランドについてペラペラと捲し立てる者を前にしたら、困惑の感情しか浮かんでこない。


「怒っていなかったってことは、アメルン伯爵家は、破滅の道を歩まなくても大丈夫なの?」

「どうして、いきなりアメルン伯爵家が破滅するの?」

「だって、暴風雪閣下の不興を買ったら、そうなっても不思議ではないでしょう?」

「いやいや、いくらデュワリエ公爵でも、そこまでの権力はないから。大丈夫よ」

「そ、そう?」


 ホッとしたところで、シビルはとんでもない爆弾を投下してくれる。


「でも、アナベルお嬢様宛に、デュワリエ公爵から手紙が届いたようなの」

「へ!?」


 どうやらアナベルの訪問は、手紙についてらしい。  

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