最終話だけれど、ハッピーエンドです!
「うっ……!」
なんだか見たことがあるような、天蓋付きの寝台で目覚める。
家の布団よりもはるかにふかふかで、薔薇みたいないい香りがした。
瞼を開くと、誰かが顔を覗き込んでいた。
アナベルかと思って、そっと頬に触れる――が、違和感を覚えた。
頬にかかる短い猫っ毛に、触れたから。肌も、アナベルとは異なるきめ細かさだった。
「ミラベル・ド・モンテスパン、意識はあるのですか?」
焦ったような、デュワリエ公爵の声が聞こえた。
「あの、私、どうして、ここに――?」
「湖でフライターク侯爵に襲われて、そのまま意識を失ったのです」
「フライターク侯爵は?」
「拘束されました。今は、拘置所にいるでしょう」
「そう、なんだ」
どうやら私は、運よく助かったようだ。
「デュワリエ公爵は、なぜ、湖に、いたの?」
「アメルン伯爵家に訪問していた際に、怪しい男がやってきたというのを、アナベル嬢から聞いたので、追跡したのです」
「そう。アナベルが……アナベルが!?」
ここで、一気に意識が覚醒する。
「ちょっと待って!! わ、私っ、アナベル――」
「落ち着いてください、ミラベル嬢」
はっきりと、デュワリエ公爵は私を「ミラベル」と呼んだ。
ということは、私とアナベルの画策はすべてバレているのだろう。
「あなた達の話は、すべて伺いました」
「ア、アナベルから?」
「ええ」
恐る恐る、デュワリエ公爵の顔を見上げる。久しぶりに、暴風雪が吹き荒れているような気がした。
「ぜ、全部、聞いたというのは――?」
「全部です。アナベル嬢が私の行動に腹を立てて、あなたに身代わりを命じるところから、フライターク侯爵との婚約を回避するために動いていた辺りまで」
「そ、そうでしたか」
気まずいけれど、これでよかったのだ。世の中、悪いことはできないようになっているのだろう。
ついでに、もうひとつ告白しておく。
「もうひとつ、隠していたことがあるんですけれど」
「なんですか?」
「私、“エール”で働いていたんです」
「それは、ここに運ばれたあと、素顔を見た瞬間、気付きました」
「そ、そう、だったのですね」
すべて、デュワリエ公爵にバレていたようだ。
「ご、ごめんなさい。私、酷いことをして、もう、“エール”で働く資格なんて、ないですよね?」
「なぜ?」
真顔で問いかけられる。じわりと、瞼が熱くなった。
「だって、私は報酬に目が眩んで、ずっとデュワリエ公爵を騙していたのですよ?」
「途中から、アナベル嬢に止めようと提案していた話は聞きました」
「でも、止められなくて……」
泣いたらダメだ。そう思っていたら、余計に泣けてくる。
デュワリエ公爵に泣き顔を見られたくなくて、両手で顔を隠した。
「たまに挙動不審なときがあったので、何か隠し事をしているだろうなと、感じていました」
「す、すみません」
「しかし私は、素直に打ち明けてくれたら、洗いざらい許そうと思っていたのです」
「それは、なぜ?」
「あなたが、好きだからですよ」
覆っていた両手を、思わず外してしまう。
涙で視界が歪んでいて、デュワリエ公爵がどんな表情をしているのか確認できなかった。
そんなことよりも、とんでもない発言を聞いた気がする。
デュワリエ公爵が、私を好きだと?
「すみません。まだ夢の中にいるようなので、もう一度眠ります。明日になったら起こしてください」
「ミラベル嬢、真面目に聞いてください」
毛布を被って眠ろうとしたのに、引き戻されてしまう。
「あなたは、婚約破棄をしようと躍起になっていましたが、私は、婚約破棄する気はありませんので。予定通り、結婚します」
「あの……私、アナベルではないのですが?」
「わかっていますよ、ミラベル嬢」
呆れたような声が返ってくる。
「わ、私は、アメルン伯爵令嬢ではなくて、アメルン伯爵家の令嬢で、アナベルみたいに、友達もたくさんいなくて、華やかさもなくて――」
「それでも、私が結婚したいと思ったのは、ミラベル嬢、あなたです」
「そんな、嘘です。信じられない」
涙がボロボロ零れる。やはりこれは、私が見た都合のいい夢なのだろう。
「あなたは、私の女神でもあるのです。どうか、信じてください」
「女神?」
「あなたといると、装身具のアイデアが浮かぶのです」
「へ?」
それって、“エレガント・リリィ”の女神、という意味なのか。問いかけると、デュワリエ公爵は頷いた。
「な、なんで!?」
私が“エレガント・リリィ”の女神である所以を、語ってくれた。
「あなたを見かけたのは、社交界デビューの娘達が集まる夜会の晩でした。ああいう場はあまり得意ではなく、大勢の人達に囲まれて途方に暮れていたのです。そんなときに、壁際にいるあなたを見つけました」
誰とも話さずに、私はうっとりと“エール”の首飾りを眺め、慈しむように触れていたらしい。
「その際、衝撃に襲われました。私の考案した首飾りを、愛する者に接するように触れる娘がいるのかと。そのときに、“エール”の装身具では、似合わないと思ったのです」
それもそうだろう。私が社交界デビューをしたのは、アナベルよりも一年遅かったから。
社交界デビューの娘達に作られた、“エール”の首飾りは実のところ似合っていなかったのかもしれない。
「そこから、十代後半から二十代過ぎに向けた“エレガント・リリィ”が生まれたわけです」
「そ、そうだったのですね」
あのときデュワリエ公爵が私を見かけなければ、“エレガント・リリィ”は生まれていなかったと。
「実はそのとき、あなたの顔をよく見ておらず、誰かわからなかったのです。しかし、アナベル・ド・モンテスパンとしてやってきたあなたが、同じように首飾りに触れているときに、同一人物だと気付いたのです」
「なるほど……!」
最初から、デュワリエ公爵はアナベルではなく、私を見てくれていたようだ。
「会うたびに、あなたのことがどんどん気になるようになりました。それなのに、婚約破棄すると言い出すので――」
「す、すみませんでした」
「いいえ、構いません」
デュワリエ公爵は、私に手を差し伸べる。
「私の手を、取っていただけますね?」
「自信が、おありなのですね?」
「はい」
そんな風に言われてしまったら、手を取るしかないだろう。
私も、デュワリエ公爵のことが好きだから。
差し出された手に、そっと指先を添える。すると、デュワリエ公爵は微笑みを浮かべ、私の手に頬を寄せていた。
◇◇◇
そんなわけで、私とアナベルの身代わり生活は終わった。
デュワリエ公爵はすぐに挨拶にやってきて、正式な婚約を結んでくれた。
“エール”での仕事も、これまで通り頑張っている。
王太子を手に掛けようと画策していたフライターク侯爵は、終身刑となったようだ。
本人は処刑を望んでいたようだが、裁判長は首を縦に振らなかったという。
場合によっては死ぬよりも、生きるほうが辛い。
時間をかけて、罪を償ってほしい。
フライターク侯爵に毒を盛られていた王太子は、すぐに毒に詳しい医者の診断を受ける。
治療に時間はかかるものの、命に別状はないという。
アナベルはデュワリエ公爵の計らいで、王太子のもとに通えるようになった。
デュワリエ公爵曰く、いい雰囲気らしい。
いろいろと大変だったけれど、今はミラベル・ド・モンテスパンとして楽しく過ごしている。
大好きな人達と過ごす毎日を、愛おしく思っていた。
身代わり伯爵令嬢だけれど、婚約者代理はご勘弁! 完
後日、番外編を書くかもしれません。ブックマークはそのままで、お願いします!!




