第三十五話目だけれど、公爵様の仕事部屋環境を変えます!
ドキドキしながら、デュワリエ公爵の執務部屋にパイとジュースを持って行く。
今回は、ティーワゴンに載せて運んだ。これでも、学習能力はあるのだ。
上品に扉を叩いたのに、返事がなかった。もしかしたらデュワリエ公爵はいないのかもしれない。そう思って扉を開いたら、普通にいた。
返事をしたまえと言いたいのを我慢し、邪魔にならない程度の声色で「失礼します」と言って中に入った。
ティーワゴンを近くに持って行く。やはり、どこにも置き場所がない。そうだと思って、対策を打っていたのだ。本棚の陰に隠していたサイドテーブルを持ってくる。そこに、ブドウジュースとトマトとベーコンのチーズパイを置いた。
「お好きなときに、お召し上がりください」
その声に、デュワリエ公爵がピクリと反応を示す。私の顔を見上げそうになったので、慌てて頭を下げた。
「これは?」
「ブドウジュースと、トマトとベーコンのチーズパイでございます」
「なぜ、紅茶ではなく、ブドウジュースを?」
「紅茶は冷めたらおいしくないので、お好きなときに飲めるように、ご用意いたしました」
頭を下げ続けながら、問いかけに答える。
胸が、バクバクと鼓動していた。
ミラベル・ド・モンテスパンとしてデュワリエ公爵と言葉を交わすのは初めてである。
いつもみたいに、アナベルの恰好をしていたり声を作ったりしない、素の私だ。
「ブドウジュースを」
その一言を理解するのに、十秒はかかった。ブドウジュースを注げと言いたいのだろう。すぐに、カップに注いだ。
デュワリエ公爵はすぐにブドウジュースを飲み、パイも摘まんで頬張った。その瞬間、嬉しくて飛び跳ねそうになる。
やはり、甘い物が苦手なだけだったのだ。だったら言ってよと思わなくもないが、今は飲食してくれたことが何より嬉しい。
深々と会釈し、執務部屋をあとにする。
マリアさんに報告したら、一緒に飛び跳ねて喜んでくれた。
それから私は、デュワリエ公爵が仕事をしやすい環境作りを行った。
まず、薄暗い部屋をどうにかしなくては。
昼間もカーテンを閉めているのは、どうしてなのかも考える。デュワリエ公爵の寝室も、分厚いカーテンがかけてあった。
そういえばと思い出す。外にいるとき、眩しそうにしている時が多々あったと。
もしかしたら、太陽の光が眩しく感じてしまう体質なのかもしれない。
デュワリエ公爵は銀髪で、瞳も紫色だ。きっと、色素が薄いので、普通の人より太陽光が苦手なのだろう。
たしかに、執務部屋は日当たりが良好過ぎる。デザインもしにくくなるのだろう。
ただ、暗い部屋で作業を続けていたら、視力が悪くなる。どうしたらいいのか。考えた結果、背の高い観葉植物を窓際において太陽光を遮ったらどうだろうというアイデアを思いついた。
雑用係のお頭に報告したら、観葉植物を購入し、デュワリエ公爵の部屋に置く許可がもらえた。すぐに手配して、執務部屋に運んでもらう。
翌日、出勤してきたデュワリエ公爵は、一度もカーテンを閉めなかった。
作戦は大成功である。
他にも、いろいろと環境改善を続けていたら、デュワリエ公爵が毎日出勤するようになった。王宮での書類仕事を持ち込んでいるらしい。なんでも、居心地がいいのだとか。そんな話を聞いたら、私の頑張りも報われる。
なんだか最近顔色もいいようだし、肌つやもいいような気がする。やはり、薄暗い部屋で休憩もせずに仕事をしていたのがよくなかったのだろう。
これからも、無理をせずに頑張ってほしい。
なんだか、このままずっと“エール”で働き続けたい。出勤したら、毎日デュワリエ公爵に会えるし。
彼を支えられることに、喜びを感じていた。
これ以上の関係は、望まない。すばらしい作品を生み出す手伝いを、できるだけで幸せだ。
これからも頑張ろうと、気合いを入れる。
と、こんな感じで“エール”での仕事を頑張っていたら、デュワリエ公爵から手紙が届いた。
手紙には明日にでも時間を作れないかとある。会いたい、とも。
私は毎日会っているので、別に会わなくてもいいのだが。婚約話に決着がついたのかもしれない。
約束の一ヶ月後まであと五日だが、予定が早まったと思えばいいのか。
仕事の日であれば断るのだが、デュワリエ公爵と私の休日はもれなく休みなのだ。会えない理由はまったくない。
アナベルに予定を聞いたが、その日はダンスのレッスンが入っているようだ。私ひとりで行くしかない。
入れ替わりについては、ふたりが揃ったときに話すことにした。とりあえず、明日は会うだけ。
公爵家から迎えがくるというので、久しぶりにアナベルの恰好をして待たなければ。




