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第三話目だけれど、続・大ピンチです!

 ――気象情報です。本日は穏やかな晴天、ところにより、暴風雪でしょう。近隣住民は決して、暴風雪に近寄らず、家で大人しく過ごしておきましょう――。


「アナベル嬢、いかがなさいましたか?」


 アナベルの名前を呼ばれ、ハッと我に返る。気象情報について考えている場合ではなかった。

 先ほどの一言は、足下にサーッと雪が吹き荒れる地吹雪のごとく。ゾッとしてしまった。

 どくん、どくんと胸が高鳴る。

 これは、美貌のデュワリエ公爵を前に起こる胸の高鳴りではない。命の危険を感じるものだ。


 そもそも私の中では――尊大な様子で声をかけ、デュワリエ公爵を足止めする。そして、印象に残る台詞を言って、冷たくあしらわれ、その場を去って行く。けれど、彼の中に衝撃インパクトとして残る――という予定だった。


 なのにどうして、こうして向かい合って座っているのか。

 だって、想像できないだろう。天下のデュワリエ公爵が婚約者の呼びかけに足を止め、私室へ誘い話を聞くなどと。

 しかも、国王陛下との約束があるにもかかわらず、だ。


 別に、何も話したいことなど何もない。人を、氷漬けの刑にするような視線で見るような男性と。


 先ほどから“エール”の宝石に触れているのに、一向に心の安寧は訪れない。それほど、目の前の“暴風雪閣下”が強すぎるのだろう。


 もう、耐えられない。必殺「ちょっと、具合が悪くなりました。失礼を」を発動させてしまおうか。そんなことを考えていたら、話しかけられる。


「先ほどからしきりに、首飾りに触れていますが、何か、不具合でも?」

「不具合?」


 問いかけられた瞬間、私は思わず立ち上がる。そして、デュワリエ公爵に訴えた。


「この“エール”の首飾りに、不具合なんて、あるはずがありませんわ!」


 とんだ勘違いである。私が心から愛する“エール”の商品に、不具合なんてあるはずがない。


 すぐさま、デュワリエ公爵のもとへ駆け寄り、隣に腰掛けて首飾りを見せる。


「ごらんになってくださいまし。この、宝石の素晴らしいカットを。美しいでしょう?」


 使用しているルビーは、そこまで色合いと透明度が高いものではない。しかし、独自のカット技法により、美しく見せることに成功している。素晴らしいに素晴らしいという言葉を重ねたくなるほどの、大変すてきな逸品なのだ。

 そんな“エール”の装身具は、社交界デビューをする年頃の女性のために作られた。

 社交界デビューはどうしてもお金がかかる。装身具は母親のお古を、となってしまうパターンも多い。

 しかし、しかしだ。装身具の多くは、成熟した女性を美しく見せるために作られたものである。十代の、初々しい女性が着けるには、大人っぽいのだ。

 そこで彗星のごとく現れたのが、ジュエリーブランド“エール”。社交界デビューの女性のためにデザインされた装身具を専門に、販売しているのだ。

 美しく洗練された意匠なのに、お値段はそこまで高くない。社交界デビュー迎える娘を持つ親に、優しい価格設定となっている。

 二年前に登場してから瞬く間に評判となり、今では入手困難になるほど大人気ブランドとなっているのだ。


 私は一年前の社交界デビューの年に、“エール”の装身具と出会った。

 社交界デビューなんて行きたくない。どうせ、アナベルばかりチヤホヤされてしまうのだから。そんなふうに不貞腐れる私に、父が装身具一式を買ってくれたのだ。

 私はひと目で“エール”の装身具を気に入り、喜び勇んで社交界デビューを迎える。

 誰かに見初められることはなかったが、“エール”の装身具を着けた私は気分だけプリンセスのようだった。

 おまけに、“エール”の装身具をきっかけに、お友達までできた。今でも彼女とは、文通する仲である。

 社交界デビューの日、“エール”のおかげで、初めてアナベルの身代わりでない私が、輝けた瞬間を体験できたのだ。

 ブランド名の“エール”は“翼”という意味だ。まさしく、天高く羽ばたかせてくれるような、最高の装身具だった。

 以降、私は“エール”に夢中になる。


「この、金で作られた精緻せいちな細工が、素晴らしいでしょう? “エール”のデザイナーは、十代の女性が似合う装身具を、理解している天才ですの。わたくしは、この“エール”の装身具に、大変勇気づけられました。本当に、素晴らしいジュエリーブランドですわ!」


 ちなみに、“エール”を創立し、デザイナーも務める人物については、謎に包まれている。私と同じ年頃の少女だとか、少女の心を持った老婆だとか、いろんな憶測が流れているけれど、どれも噂レベルの信憑性が低いものだ。


 何はともあれ、私はひとつでも多く、“エール”の装身具を手にしたい。


 アナベルは約束した。デュワリエ公爵の婚約者を演じ、彼を夢中にさせたら、この“エール”の首飾りを私にくれると。


 と、ここでハッとなる。すぐ目の前に、驚いた顔をするデュワリエ公爵がいることに。


 ――ワタシハ、何ヲシタ? ソモソモ、ココハ、ドコ? ワタシハ、誰?


 疑問が荒波のように押し寄せる。

 デュワリエ公爵が“エール”の首飾りに不具合があるのでは? と聞いたので、そんなことはないと、わざわざ目の前に座って指し示した挙げ句、“エール”について早口でまくしたててしまった。


 時が、止まったように思える。

 暴風雪も、いつの間にか止んでいた。


 私は、とんでもないことをしてしまった。

 デュワリエ公爵の隣に腰掛け、一方的に語りまくるなど、ありえないだろう。


 雪山で冬ごもりする熊の巣に入って、「ごきげんよう」と声をかけるような危険な行為だ。

 心の中で、頭を抱え込む。

 王家とも強い繋がりがあるデュワリエ公爵に、失礼を働いてしまった。

 婚約がなくなるのはもちろんのこと、一族が社交界から爪弾きにされるのでは!?


 そんなことを考えていたら、目の前のデュワリエ公爵の姿がぐにゃりと歪む。

 涙で、視界が歪んでしまっているのだろう。

 頬に熱い涙が流れていくのを感じていた。


「ご、ごめんなさい。失礼を、いたしました!!」


 謝罪の言葉を口にし、立ち上がった私は一目散に扉へ駆け寄る。視線で待機していたシビルに目配せし、ここからの退却を指示した。

 扉の前でもう一度会釈し、部屋から飛び出す。


 そこから、私は一目散に駆けた。

 その日の記憶で覚えているのは、全力疾走に対してシビルが離れずについて来てくれたということだけ。


 なぜ、このような事態になってしまったのか。

 問いかけても、誰も答えてはくれなかった。

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