第二十七話目だけれど、公爵様に尋問されています!
――終わった。
脳内に、人が住まない辺境の地で、身を寄せ合って暮らすアメルン伯爵家の面々が思い浮かんだ。
母やアナベルはボロのドレスをまとい、繕い物をしている。父や兄は、狩ってきた獲物の皮をせっせと鞣していた。
私は、石を使って地面に“エール”の装身具を描き、涙していた。
「今の状態が、素なのでしょう?」
「素?」
「ええ。以前からおかしいと、思っていたのです。アナベル・ド・モンテスパンといえば、気が強く、高慢で、優しさなど一切見せないような人物でした」
コクコクと頷く。気が強く、高慢で、優しさを見せないのが我らが暴君アナベル様である。
「それは、社交界を生き抜くための、演技だったのですね」
「へ?」
「強い気持ちで自らを戒めておかないと、舐められるから演技をしていたのですか?」
「あ……あー! そ、そういうこと、ね」
びっくりした。私がアナベルの振りをしているのに、気付いたのかと思っていたが違った。
デュワリエ公爵は、アナベルが社交界で生きていくために、演技をしているのだと勘違いしていたようだ。
「私を、騙せると思っていたのですか?」
「あ、いえ、その……はい」
「数時間ならともかく、定期的に会う相手を騙せるわけがないでしょう」
「まったく、その通りです」
ズバリと、指摘されてしまった。
「本当のあなたは、どこか抜けていて、おっちょこちょいで、お人好しなのでしょう」
どれも、否定なんてできない。確かに、私はどこか抜けていて、おっちょこちょいで、お人好しだ。これでもかと、デュワリエ公爵に本質を見抜かれていた。
「そして、好きな人がいるというのは、嘘ですね?」
「そ、それは……本当、デス」
「嘘ですね。昨日気付いたのですが、あなたが嘘を吐くときには、視線を逸らし、目を泳がせる癖があるようで」
知らなかった。そんな癖があるなんて。頭を抱え込み、ぐったりと落ち込んでしまう。
「なぜ、そのような嘘を? 婚約破棄も、何か理由があって申し出たのでしょう?」
「それは、言えません」
アナベルと私の作戦内容は、墓場までもって行かないといけない機密だろう。
「それは、フライターク侯爵と、何か関係あるのですか?」
ビクリと、体が震えてしまった。私の馬鹿! と脳内で罵る。これだけわかりやすく反応してしまったら、「何か関係があります」と言っているようなものだろう。
「小耳に、挟んだことがあるのです。フライターク侯爵と、アメルン伯爵が最近密に連絡し合っていると。デュワリエ公爵家と結んでいた婚約を破棄して、フライターク侯爵家と婚約を結ぼうとしているのでは、と憶測しているのですが」
勘が鋭い、正解です! とは口が裂けでも言えない。
「黙っていると、肯定しているという意味になってしまいますよ」
「ち、違います!!」
目があった瞬間、胸がドクンと跳ねる。思いっきり逸らしてしまった。
先ほど、嘘をついているときの癖を指摘されたばかりなのに。
「なるほど。あなたは、私との婚約を破棄して、フライターク侯爵と婚約を結ぶと」
「いいえ、そんなつもりはまったくありません!!」
今度は、目を見て主張することができた。
「フライターク侯爵と婚約したい、というわけではないようですね」
「はい……」
シン、と静まりかえる。気まずさが、半端ではない。
ここにいるのがアナベルならば、もっと上手く立ち回っただろう。
私は所詮、アナベルのものまねしかできないのだ。
「だいたい、わかりました。アナベル嬢、あなたは、父親からデュワリエ公爵家との婚約を破棄を申し出る旨と、フライターク侯爵との婚約をする意向であると聞かされていたのでしょう。しかし、それをした場合、私の心証を悪くするのでは、と思ったのでは?」
大正解である。しかしこれは、アナベルと私だけの秘密だ。
まっすぐ目を見て、「違います」と答えたかったが、強すぎる眼差しを見続けることができなかった。
「アメルン伯爵家から婚約破棄がある前に、あなたは私に嫌われるか、何かをして、穏便に婚約破棄をしようとした、ということで、合っていますね?」
そうですとも、違いますとも答えられず、「うう……!」という呻き声しか発せなかった。もう、肯定しているようなものだろう。
「なぜ、私に相談をしてくれなかったのです?」
「それは……」
もう、言い逃れはできないだろう。デュワリエ公爵と真っ正面から、向かい合わないといけない。
「アメルン伯爵家の問題なので、自分達の力だけで、どうにかしたいと、思ったのです」
デュワリエ公爵は言葉を返さず、呆れたようなため息を零した。
「私が、怖いのですか?」
「こ、怖いです!」
思わず、早口で答えてしまった。デュワリエ公爵ははっきり怖いと返されるとは思わなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せてくれる。
が、次の瞬間には、笑い始めた。
「あなたの、そういう正直なところは、嫌いではありません」
「そ、そう、ですか」
それにしても、ここまで見破られているのに、私とアナベルの入れ替わりには気付いていないとは。これも、時間の問題だろうが。
ここで、言ったほうがいいのか。それとも、止めたほうがいいのか。
「私に助けを求めなかったのは愚かな行為でしたが、フライターク侯爵を警戒するのは正しい行動です」
王太子ではなく、第二王子を次期国王として推すフライターク侯爵の行動は、国王派の中で危険視されているようだ。
そもそも、なぜ第二王子を推すのか。
アナベルに教えてもらったのだが、理由がある。
御年二十歳になる王太子は病弱で、公務もまともにできないと囁かれているようだ。
体が弱い王太子よりも、健康な第二王子を次期国王として据えたほうがいいのではという声は、王宮内でも少なくはないらしい。
もしもフライターク侯爵と結婚し、第二王子が次期国王となれば、アメルン伯爵家はさらなる地位と財産、そして名声を得るだろう。
伯父は第二王子が国王になることを信じて、賭けに出ようとしているみたいだ。
「何も、心配はいりません。あなたのことは、私が守ります」
力強い言葉に、胸がドキンと高鳴る。
胸が切なくなって、顔がじわじわ熱くなっていくのを感じていた。
私は、どうしてしまったのか。
「アメルン伯爵は、私が説得します。あなたは何も行動を起こさず、大人しくしといてください」
このままでは、絶対にダメなのに。デュワリエ公爵に見つめられたら、どうしてか抗えないのだ。
デュワリエ公爵は立ち上がり、ツカツカと歩いてきて私の傍で膝を突く。
私の手をそっと握りしめ、真剣な眼差しを向けながら言った。
「私を信じて、安心して嫁いできてください」
その言葉に、私はコクンと頷いてしまった。
結婚するのは私ではなく、アナベルなのに。そう気付いたときには、遅かった。
デュワリエ公爵は私の手の甲に、口づけする。
息ができなくなるくらい、胸がぎゅっと苦しくなった。
この感情は、本当になんなのか。
一生懸命探したが、相応しい言葉が思いつかなかった。
◇◇◇
一時間後、デュワリエ公爵に家まで送ってもらった。
その間、私はふにゃふにゃの抜け殻状態である。ずっと、デュワリエ公爵が私の手を握っていたからだ。
別れ際に、デュワリエ公爵はとんでもないことをしてくれる。
私の額に、優しくキスをしたのだ。
あの“暴風雪閣下”が、こんなことをするなんて。ますます、混乱状態になる。
デュワリエ公爵は、甘い微笑みを浮かべながら、帰っていった。
あの人誰? と聞きたかったが、「デュワリエ公爵ですが?」としか返ってこないだろう。
ダメだ。気力が持たない。ふらふらの状態で、アメルン伯爵家の玄関をくぐる。
シビルが私の体を支え、耳元で囁いてくれた。
アナベルが部屋で待っていると。
一瞬で、私のふわふわしていた気持ちは、空の彼方へとぶっ飛んだ。




