第二十三話目だけれど、夜会に参加します!
夜会当日、アナベルの「わたくしが主役!!」と言わんばかりの深紅のドレスをまとう。それに会わせて、アナベルは“エール”の新作の首飾りを用意してくれていた。
この前、フロランスがかけていたものと、同じハートを模った首飾りである。
「喜びなさい。昨日発売したばかりの、“エール”の首飾りよ。わたくしも、まだかけていないものを、貸してあげるわ」
「昨日、発売だったの?」
「ええ」
しかし、フロランスは昨日以前にこの首飾りをかけていた。
おそらく、デュワリエ公爵家が“エール”となんらかの付き合いがあり、発売日より先に販売したのだろう。
アナベルが差し出した首飾りを、そっと摘まむ。
「きれい……」
「でしょう? これが、もうすぐあなたの物になるのよ」
以前までは、アナベルのこの言葉に心ときめいていた。
しかし、デュワリエ公爵家の事情を知った今は、まったく、これっぽっちも嬉しくない。
「アナベル、やっぱり、“エール”の装身具は、いらないわ」
「まあ! どうして?」
「努力もなしに手にしたら、“エール”の輝きまで、くすんでしまうような気がして」
それに、身代わりをして得た“エール”の装身具を見るたびに、私はデュワリエ公爵やフロランスについて思い出してしまう。
「私は、一生懸命努力をして、“エール”の装身具を得ることにするわ。安心して、婚約破棄は、きちんとこなすから」
「ミラベル……」
「アメルン伯爵家の輝かしい将来のために、頑張りましょう」
差し出した手を、アナベルは力強く握ってくれた。
◇◇◇
アナベルと共に、初めて夜会へ赴く。私に扮するアナベルと共に。
「アナベル、今日くらいの薄化粧のほうが、似合っているわ」
「この化粧だと、あなたとわたくしの見分けがつかなくなるでしょう?」
「まあ、そうだけれど」
改めて、私達の素顔は双子だと見まがうほどそっくりだと思う。まあ、両親が二組の双子同士のカップルなので、不思議な話ではないが。
「デュワリエ公爵と婚約破棄できたら、アナベルはフライターク侯爵と結婚するの?」
「いいえ、そのつもりはまったくないわ」
「だったら、どうするの?」
「父が結婚を強要するようであれば、修道院にでも駆け込むわ」
そこまでするには、理由があるらしい。
「フライターク侯爵は、何か、怪しい組織と繋がりがあるようなの。関係を持つのは、危険だわ」
「そう、だったんだ」
私の知らないところで、アナベルもいろいろと動いているらしい。
もしも、フライターク侯爵の悪事に巻き込まれたら、アメルン伯爵家は大変なことになるだろう。
「でも、修道院に行かなくても」
「そうでもしないと、お父様は諦めないわ」
「アナベル……」
アナベルだけが犠牲になるなんて、見過ごせない。
もしも、アナベルが修道院に行くことになったら、私も付いていこう。
今回の騒ぎで、結婚できるとはとても思わないし。両親も、私の結婚の心配がなくなれば、肩の荷が下りるだろう。
今は、言わないでおく。絶対に、反対すると思うから。
アナベルが修道院に行く、出発間際に言えばいいだろう。
「ミラベル」
「ん、何?」
「ずっと言っていなかったけれど、わたくし、あなたのことが、わりと好きよ」
「ええっ!?」
「何よ、その反応は」
「だって、アナベルったら、私のことをいつも、愚民その一、みたいな感じで見ているでしょう?」
「見ていないわよ」
知らなかった。アナベルが、私を好いていたなんて。普段は私に対してツンツンしているけれど、心の中ではデレデレだったわけだ。
愛い奴めと、頭を撫でたくなる。
「だからね、これから大喧嘩をしなければいけないけれど、全部演技だから、覚えていて」
そう言って、アナベルは暴君の微笑みを浮かべていた。
なんだ……あれだ。愛い奴め、というのは撤回する。
アナベルは、やっぱりいつものアナベルであった。
夜会の会場である王宮に到着する。まずは、別行動だ。
すぐさま、私はアナベル・ド・モンテスパンの仮面を被る。
私が主役だとばかりに、シビルを引き連れ堂々たる足取りで大広間に一歩足を踏み入れた。
すぐさま、注目が集まり、大勢の人達に取り囲まれる。
さすが、“社交界の赤薔薇”様だ。皆が皆、羨望の眼差しを向けてくる。
「ごきげんよう、アナベル様。今日も、おきれいですわ」
「ありがとう。あなたのドレスも、お似合いですわ」
「そんな……ありがとうございます」
本日もアナベルは大人気。ひっきりなしに、人が挨拶にやってくる。このチヤホヤされる空気が、たまらない。なぜ、アナベルはこの空気感を楽しめないのか。とっても不思議だ。
まだ、デュワリエ公爵は来ていないようである。
ソワソワしていたら、国王陛下がおなりになる前にデュワリエ公爵がやってきた。会場がざわついていた。美貌の公爵を前に、熱いため息も聞こえる。
ここだ、このタイミングだ。
デュワリエ公爵がいる空間で、大喧嘩を始める。それが、私とアナベルの作戦であった。
アナベル扮するミラベルは、いったいどこにいるのか。
見回していたら、すぐ近くで発見した。
「いやはや、ミラベル嬢、久しぶりに参加されていたのですね」
「お美しくなっていて、驚きました」
「よろしかったら、あちらでお話でも」
なぜか、大勢の男に囲まれている。
今まで見向きもされなかったのに、アナベル扮するミラベルには興味があると。
姿形は普段のミラベル・ド・モンテスパンそのものである。
しかし、アナベルが扮すると、品があって色気もあり、どこか儚げな雰囲気があった。これが、アナベル自身が持つ、カリスマなのだろう。
そんなわけで、アナベルは大勢の男性に囲まれ、身動きが取れなくなっているようだ。
どうしてそうなったのか。
視線で早く来てくれと助けを求めるも、強引な男性がアナベルを引き留める。
気弱な演技をしているのに、人という人を惹きつけてならないようだ。
さすが、アナベル様である。
そんな中で、私はとんでもないトラブルに巻き込まれてしまった。
「この、泥棒猫がっ!!」
私と同じくらいの年頃の、美人なご令嬢がワインをかけてきた。
顔にはかからず、ドレスにワインが付着する。
深紅のドレスなので、ワインの色はまったく目立たない。よかった、などと考えている場合ではなかった。
私はアナベル・ド・モンテスパンだ。こういう場合、どういう反応をすればいいのか、よくわかっている。
相手をジロリと睨みつけ、地を這うような低い声で問いかけた。
「あなた、正気ですの?」
「あなたのほうこそ、正気とは思えないわ!! デュワリエ公爵の婚約者でありながら、フライターク侯爵にも色目を使っていたなんて!!」
ご令嬢の叫びを耳にした瞬間、脳内にいる私が頭を抱えて「どうしてこうなった!!」と大声で叫んだ。
 




