第二十二話目だけれど、私の繊細なメンタルはズタボロです
デュワリエ公爵及びその妹フロランスの面会から二日後――フロランスから手紙がアナベルの手によって運ばれる。
手紙には人見知りをしてしまい申し訳なかったと、丁寧に書き綴られていた。“エール”の話ができて、楽しかったとも。また会って話をしたい。そんな感じの内容だった。
フロランスからの手紙を前に、頭を抱え込んでしまう。罪悪感が、嵐のように私の中で渦巻いていた。
「はあ……」
一刻も早く、婚約破棄をしなくては。今の状況は、大変よろしくない。
善良で小心者の私には、身代わりなんて無理だったのだ。
このような恐ろしい作戦を思いつく、暴君アナベル様が恐ろしい。
「もう一通、お手紙が届いていたわ。これは、昨日受け取っていたものみたいだけれど」
あろうことか、アナベルが差し出して見せたのはデュワリエ公爵からの手紙だったのだ。
まさか、会った翌日に手紙を送るなんて。
もちろん、未開封である。アナベルはデュワリエ公爵からの手紙を確認せずに、私に渡してくるのだ。
「な、なんで、昨日、持ってきてくれなかったの?」
「あなたの家とわたくしの家が徒歩十分の間にあるとはいえ、わたくしも、あなたほど暇ではないのよ」
「デ、デスヨネ」
ため息をつきつつ、デュワリエ公爵の手紙を開封する。
そこには、フロランスとの面会を感謝する言葉が、びっしりと書かれていた。
デュワリエ公爵は、心からフロランスを大事に思っているのだろう。手紙から、それでもかと愛を感じてしまった。
社交界では“暴風雪閣下”と恐れられているが、実際は心優しい男性なのだろう。
口数が少なく、表情筋もほとんど動かないので、冷たい人だと思われているようだが。
「それにしても、よく彼女と仲良くなれたわね」
「デュワリエ公爵の妹だと知らなかったのが、よかったのかも?」
「でしょうね」
ひとまず、返事は今日中に書いて送らなければ。
これにて解散だと思いきや、ここからが本題だという。
「夜会で行う大喧嘩の、打ち合わせをするわよ」
「あ……はい」
アナベルはシビルに目配せして、指示を出す。シビルは廊下から、手押し車を押して入ってきた。積み上がった箱の中身は、ドレスだろう。
「夜会用のドレスが完成したの」
「お、おお……!」
アナベルの夜会用のドレスは、紅色の派手なドレスであった。どこにいても、目立ちそうな一着である。
「今回のは、一段と派手派手しい……ではなく、華やかね」
「あなたが着るのよ」
そうだった。思わず、頭を抱え込んでしまう。
二箱目に収められていたのは、地味な生成り色のドレス。
「こっちはまた、地味地味……ではなくて、控えめなドレスね」
「こちらは、ミラベルに変装するわたくしのドレスよ」
「あ、そっか」
「あなたのために作った一着だったんだけれど、まさか変装に使うことになるとは思いもしなかったわ」
「え、それってどういうこと?」
「ミラベル。あなたを、国王陛下の夜会に誘おうと思っていたの」
「えー!!」
知らなかった。アナベルが、私にドレスを用意して、夜会に誘ってくれようとしていたなんて。
「でも、なんで?」
「夜会の日が誕生日でしょう?」
「あ!!」
バタバタしていたのですっかり忘れていたけれど、もうすぐ十八歳の誕生日だった。
ふと思い出す。家族が私に“エール”の装身具を購入する計画を立てていたことを。あのときは同情からかと思っていたが、単に誕生日だからだったようだ。
「誕生日に、アナベルと大乱闘をしないといけないなんて」
「しかたがないでしょう? アメルン伯爵家存続のためよ」
その後、渋々と打ち合わせをした。アナベルが私の真似が上手で、笑ってしまってあまり練習にならなかったけれど。
真面目にしろと、怒られたのは言うまでもない。
◇◇◇
翌日、フロランスと再び“ジョワイユーズ”で会う。
彼女は興奮した様子で、兄の婚約者について語っていた。
「ミラベル、この前、ついにお兄様の婚約者とお会いしました」
「ええ」
知っている、という言葉をなんとか呑み込んだ。
「お兄様ったら、どなたと婚約したのか、名前すら教えてくれなくて、当日までのお楽しみだったのですが」
止めて差し上げろと、心の中でデュワリエ公爵に突っ込んでしまう。
もしも私がデュワリエ公爵の妹で、アナベルを婚約者として連れてきたら、驚きすぎて白目を剥いてしまうかもしれない。
フロランスは怯えていたが、きちんと二本の足で立っていた。本当に偉かったと、褒めてあげたい。
「なんと、お兄様の婚約者は、あの、“社交界の赤薔薇”、アナベル・ド・モンテスパン様だったのです!」
「ワー、ソウナンダー……」
思わず、棒読みになってしまった。興奮した様子で語るフロランスは、気付いていなかったようだが。
それにしても、アナベルにまで二つ名があったなんて。“社交界の赤薔薇”なんて、最高にお似合いだろう。
「本当に、驚きました。あの、夜会で大勢の人に囲まれていた高嶺の花と、兄様が婚約をしていたなんて」
「フロランスは、怖くなかったの?」
「アナベル様がですか?」
「ええ」
「いいえ、怖くありませんでした。心優しいお方でしたよ」
怖がっているように見えたが、そうではなかったようだ。単に、人見知りをしていただけだと。その辺は、ホッと胸をなで下ろす。
「お兄様ったら、ものすごく優しい瞳で、アナベル様を見つめていました。心から、愛していらっしゃるんだろうなと!」
口に含んでいた紅茶を噴き出しそうになる。なんとか飲み込んで、息を整えた。
デュワリエ公爵が優しい瞳を向けていたのは、私ではなくフロランスだ。心から愛しているのも、世界でたったひとりの妹、フロランスだろう。
彼はきっと、最愛の妹を安心させるために、真面目に婚約者とお付き合いをしているのだ。なんというか、健気な兄妹愛だ。
「私、やっと安心できたんです」
「安心?」
「ええ。ずっと、私はお兄様に、罪悪感を抱いていました……。私さえいなかったら、お兄様はもっともっと、早い段階で幸せになっていたのにって……」
病弱なフロランスが足かせとなり、結婚しないのではと思っていたらしい。
「そんなことないと思うわ。お兄様はきっと、今まで忙しかったのよ。それだけだわ」
「ミラベル……ありがとう、ございます」
フロランスがデュワリエ公爵の幸せを願うあまり、自分を責めていたなんて。ずっと仲良くしていたのに、気づけなかった。
「アナベル様とも、仲良くなれそうなので、早く結婚して、毎日お茶を飲めたらいいなと、思っています」
「フロランス……」
フロランスと毎日お茶を飲めたら、どんなにすてきか。
でも、私達がどれだけ望んでも、そんな日は来ない。
フロランスと出会ったアナベルは偽物で、私達はこの結婚を壊そうと画策している。
胸が、ズキンと痛んだ。
「アナベル様は、“社交界の赤薔薇”の名にふさわしく、高貴で、華やかで、美しいけれど、どこか棘のある物言いをなさるお方で」
本当に、アナベルは“社交界の赤薔薇”という二つ名がお似合いだ。
「最初に見かけたのは、一年前の夜会だったのですが、そのときは、どこか冷たい瞳が印象的でした」
アナベルは当時から、社交界の付き合いにうんざりしていたのだろう。瞳も、熱を失っていくのは仕方がないような気がする。
「けれど、先日のアナベル様は、温かな瞳を持つ、優しいお方でした。雰囲気も、一年前と比べて、柔らかくなったような気がします」
それは単純に、一年前のアナベルは本物で、先日のアナベルは偽物だからだろう。心から、申し訳なく思う。
「お兄様とアナベル様は、とてもお似合いでした」
そんなことはまったくないと言いそうになったが、喉から出る寸前でごくんと飲み込んだ。
「今度お会いするときは、勇気を出して積極的に話しかけようと思っているのです」
「が、頑張ってね」
「はい!!」
まさか、こんなにも気に入られているとは思いもせず。
やはり、デュワリエ公爵の妹とは会うべきではなかったのだ。今更気付いても、遅いのだけれど。
強制的に連れて行かれたので、回避は不可能な状況にあったのだが。
私の心を苦しめるこの関係も、次の夜会には解消される。
気合いを入れて、アナベルと大喧嘩をしなければ。




