第二十一話目だけれど、アナベルが怖い計画を立てています
なんとか無事に帰宅したら、アナベル様が再び我が物顔で私の部屋に陣取っていた。
腕と脚を組み、ふんぞり返った状態で私を迎えてくれる。
「ミラベル、どうだった?」
「いや、そんな簡単に婚約破棄なんてできるものじゃないから!」
「そうは言っても、時間がないのよ。お父様と喧嘩をしてフラウターク侯爵とのお見合いの日にちを延ばすのも、そろそろ無理があるわ」
「そ、そうだけれど」
「いい、ミラベル?」
ビシッと、鋭く指差される。アナベルは恐ろしい形相で、私に語って聞かせた。
「アメルン伯爵家の本家が傾くと、もれなく分家も傾くんだからね!」
「それは、重々承知しております」
父や兄は、国王を初めとする王族のお馬さん係を解任されてしまうだろう。それだけで終わればいいが、左遷される可能性もある。
「誰も住んでいないような廃れた土地で、天候観察係に任命される可能性もあるんだから。隙間風が吹き荒れる家で凍えながら、生活することになってもいいの?」
「い、嫌です」
「でしょう? アメルン伯爵家の運命は、ミラベル。あなたが握っていると言っても、過言ではないのよ」
それとなくわかっていたけれど、真っ正面から言われてしまうとゾッとしてしまう。
「で、でも、賑やかな喫茶店に連れて行ったり、ケーキを四つ食べたりしても、婚約破棄してくれなかったの」
「あなた、私の振りをして、なんてことをしているのよ」
「だって、これくらいしないと、婚約破棄してくれないと思って」
「もっと過激なことをしないとダメよ。そんなの、生ぬるいわ」
「ううう……」
いったいどうすればいいのか。その呟きと同時に、アナベルは一通の手紙を差し出す。
「これは?」
「国王陛下主催の夜会よ」
「そ、そんな催しが」
毎年あるようだが、招かれるのは国内でも限られた貴族である。それでも、会場には大勢の人達がいるようだ。デュワリエ公爵も、毎年参加しているとのこと。
「一ヶ月後にあるこの夜会で、デュワリエ公爵との関係を、決着をつけなさい」
「決着って、どうやって?」
自分で考えなさいと言うかと思いきや、アナベルは真面目に考える素振りを見せる。
「誰かと、大喧嘩するとか?」
それは、いい案かもしれない。デュワリエ公爵が青ざめるような、大乱闘を見せたら結婚したくなくなるだろう。
「でも、喧嘩する相手なんて、都合よく見つかるわけがないわ」
「それは、そうだけれど……あ」
「心当たりがあるの?」
アナベルは頷き、自らを指差す。
「え……もしかして、アナベルと私が、大喧嘩をするの?」
「他に、誰がいるっていうのよ」
何でも、招待状があれば、ひとりくらいは入場できるらしい。通常は、世話をさせる侍女や付添人を連れて行くためのものらしいけれど。
私がアナベルの恰好をして、アナベルがミラベルの恰好をする。
ミラベル役のアナベルが、私に喧嘩をふっかけるところから始まるらしい。
「喧嘩の理由は、そうね。本家のほうが扱いがいいと、激昂するのはいかが?」
「喧嘩の掴みとしてはいいかも。でも……」
「でも?」
「あんまり騒ぐと、その、私まで危ない人扱いされない?」
「されるに決まっているじゃない。一瞬にして、時の人になれるのよ?」
「な、なりたくない!!」
喧嘩をふっかけるのはアナベルだけれど、周囲にはミラベルが暴れているように見える。
私のほうが、社交界で危ない奴扱いされるだろう。
「この騒ぎがきっかけで、結婚できなかったらどうするの?」
「あら、結婚願望なんてあったのね」
「人並みにはあるんだから!」
涙目で抗議する私に、アナベルは優しい声で大丈夫だと言う。
「人の噂も七十五日という異国の言葉もあるから、大丈夫よ。そのうち、忘れるから」
「二ヶ月半も耐えなければいけないなんて、私には無理!」
「でも、一族がまとめて凋落するよりは、いいでしょう?」
「ううっ……!」
そもそも、大変な勝負の日に私達が入れ替わりをする必要があるのか。アナベルに問いかけると、すぐに答えが返ってくる。
「デュワリエ公爵に入れ替わりがバレたら大変でしょう?」
「そ、そうですね」
そんなわけで、私とアナベルの、『ドキドキ大乱闘作戦』が立てられた。
本当に上手くいくのか。不安しかない。
「アナベルの身代わりに、婚約破棄、それから親友がデュワリエ公爵の妹だった……! もう、情報が多すぎる!」
と、ここで思い出す。フロランスのことを、アナベルに話しておかなくては。
「そうそう! アナベル、私の親友のフロランスについて、覚えている?」
以前からアナベルに、フロランスについてちょこちょこ話していたのだ。
「ええ、覚えているけれど」
「よかった。そのフロランスが、デュワリエ公爵の妹だったのよ!!」
衝撃の情報を話したつもりだったが、アナベルは「だから?」という目で私を見る。
「え、びっくりしなかった?」
「社交界でフロランスと言えば、デュワリエ公爵家のフロランスしか、思いつかないけれど」
「し、知っていたの!?」
「彼女、有名人よ。“氷の紫水晶”と呼ばれていて、絶世の美少女だと」
「“氷の紫水晶”!?」
なんでも、誰にも心を開かず、ひとり佇んでいることが多かったので、そのように呼ばれていたらしい。
単に人見知りをしていただけだと思うが、冷たい印象はまったくないのだが。
その辺は、兄の二つ名である“暴風雪閣下”に引きずられたイメージなのかもしれない。
それにしても、初対面でいきなりフロランスと仲良くなれたのは、幸運としか言いようがないだろう。
まさか、フロランスが有名人だったなんてまったく知らなかった。
「あまりにもきれいだから、近寄りがたい人物としても有名よ。ほとんど、社交場にも出てこないし。不用意に近づこうものならば、“暴風雪閣下”も黙っていないとかで」
「そ、そうだったの」
デュワリエ公爵家の生まれとあれば、下心を持って近寄ってくる者も多いという。伯爵家生まれのアナベルでさえ、そういう人にうんざりしているくらいだ。
「家名を知らないで、付き合っていたのね」
「ええ。家名に関係なく、お付き合いしたいって言っていたから」
「そう」
一応、話した内容はすべて話しておく。頭が良いアナベルのことだ。完璧に記憶してくれるだろう。
そして、もしもフロランスと会ったときは、仲良くしてほしい。そう、アナベルにも伝えておいた。
アナベルは神妙な面持ちで、頷いてくれた。
これだから、私はアナベルのことが大好きなのだ。




