第二十話目だけれど、公爵様の妹さんを紹介されました!
私の意思を確認せずに、自分の家につれてくるなんて!
恐ろしくて、窓の外の景色なんて確認できるわけもなく。
「妹が、待っています」
「ちょっと! 問答無用で連れてくるとは。わたくしの都合を、まったく考えていないのでは?」
「忙しいのですか?」
「ええ、とっても!!」
「ならば、五分で済ませます」
そこまでして、私を妹に会わせたいのか。
「以前も話しましたが妹は病弱で、社交界にも知り合いが少ないので、話し相手になっていただけたらと考えていたのですが」
“病弱”なという言葉に、フロランスの姿を重ね合わせてしまう。
具合が悪い日は起き上がることもできず、ただただ天井を眺めて過ごしていた、なんて話も聞いた覚えがあった。
デュワリエ公爵の妹も、そんなふうに時間を過ごしているのか。
私が会うことで、少しでも気が紛れるかもしれない。
「わかりましたわ。少しだけなら」
「ありがとうございます」
あろうことか、デュワリエ公爵は深々と頭を下げたのだ。あの、天下のデュワリエ公爵が、小娘ひとりにつむじを見せるなんて。
おそらく、国王陛下をはじめとする王族以外で、デュワリエ公爵のつむじを見たのは、私以外いないだろう。
ちなみに、きれいな左巻きでした。
「こんなことになるのなら、お近づきの印くらい、用意したかったのですが」
「お気遣いなく。あなたが来てくれただけでも、十分喜ぶかと」
「だとよろしいのですが」
デュワリエ公爵の妹は、どんな人なのか。あまり、夜会にも参加していないらしい。
会う前に、軽く話を聞いてみる。
「妹さんは、どんなお方ですの?」
「控えめで、とても、大人しいです」
「そう。どんなものが、好きなのです?」
「好きなもの……。ああ、“エール”の宝飾品を、とても、気に入っています」
「でしたら、話が合いそうですわ! よかった、わたくし、人見知りするから、心配で」
「夜会で、大勢の人を連れ歩いていた人が、人見知り?」
「そ、それは!」
そうだ、アナベル様は社交性に優れている。社交界デビューで、壁の花をしていた私とは違うのだ。うっかりしていた。自分語りをしてしまうなんて。
「夜会のときは、わたくしが呼び寄せたのではなく、自然と、集まった方ですので」
「そうですか」
「それよりも、早く行きましょう! 妹さんが、待っているはずですわ」
馬車から降りて、一刻も早く妹のもとへ連れて行くよう急かした。
デュワリエ公爵家の扉は、見上げるほどに大きく、重厚なものだった。何も言わずとも、使用人が開いてくれる。
玄関はピカピカに磨かれた大理石が敷き詰めてあり、鏡のように姿を映してしまいそうなほどきれいだ。
天井からは、大粒の水晶があしらわれたシャンデリアがつり下がっている。
見とれていたら、白亜の螺旋階段から、ひとりの女性がゆっくりと下りてきた。
「お兄様、おかえりなさいませ」
リンと、鈴の音のような美しい声が聞こえた。私の体が、ぶるりと震える。
なぜかと言えば、その声は聞き覚えがあったから。
トン、トンと軽やかな足音を鳴らし、デュワリエ公爵を「お兄様」と呼んだ女性が下りてくる。
絹のような銀色の髪をサイドに編み込みを入れてリボンで結んだ、紫色の瞳の美少女だ。
その姿にも、見覚えがあった。
彼女は、私の大親友、フロランスだ。
フロランスが、デュワリエ公爵の妹!?
そういえば、髪色と瞳の色が同じだ。
銀色の髪なんて珍しいのに、どうして気付かなかったのか。
フロランスの髪色は白に近く、デュワリエ公爵の髪色は灰色に近い。
瞳の色だって、フロランスは薄い紫色で、デュワリエ公爵は濃い紫色だ。印象が、まるで異なる。
驚いている場合ではない。私はミラベル・ド・モンテスパンとしてではなく、アナベル・ド・モンテスパンとしてここにいるのだ。早急に手を打たないといけない。
「ごきげんよう」
「あ、えっと、ごきげんよう」
フロランスは私を見て、少しだけ怯えた様子で言葉を返す。
アナベルの濃い化粧のおかげで、ミラベルだと気付いていないようだ。その辺は、ホッと胸をなで下ろす。
「はじめまして、わたくしは、アナベル・ド・モンテスパンですわ」
「はじめまして。私は、フロランス・ド・ボートリアール、と申します」
手を差し出すと、フロランスは恐る恐るといった様子で握り返してくれた。
心の中で、百万回謝る。大親友に嘘を吐かないといけないなんて、胸がズキズキと痛んだ。
バレないか心配だったが、フロランスは私を見ようとしない。
怖いよね、アナベル……。思わず同情してしまう。なるべく、怖くないような演技をしなければ。
くらくらしてしまいそうな豪奢な部屋に通され、お茶とお菓子をいただく。緊張で、味なんかわかったものではない。
フロランスは緊張しているようで、ほとんど喋らなかった。デュワリエ公爵が話題を振っても、一言、二言喋るだけ。頬を染め、恥ずかしそうに俯くばかりである。
ここで、気付く。フロランスが、“エール”の新作の首飾りを付けていることに。
そういえば、この前もうすぐ新作が手に入ると話していたような。
ハート型にカットしたサファイアに、パールの王冠を付けた可愛らしい一品である。思わず、身を乗り出して見てしまった。
「あ、あの、アナベル様?」
「フロランス様のその首飾り、“エール”の新作ですわね?」
「え、ええ」
「とってもすてき! すごくお似合いですわ!」
「あ、ありがとう、ございます」
フロランスは顔を上げ、にっこり微笑んでくれる。苦笑いではなく、愛想笑いでもなく。心からの微笑みだった。
「まるで、あなたのために作ったもののようですわ」
「嬉しいです」
最後に少しだけ“エール”の話をしてから、お茶会はお開きとなった。
正直、アナベルとフロランスの相性は悪そうだ。けれど、彼女は一生懸命歩み寄る勇気を見せてくれた。
その辺はきちんと、アナベルに引き継いでおかなければ。
次回、アナベルと会ったときに混乱しないように。
デュワリエ公爵は私を家まで送ってくれた。
「アナベル嬢、今日は、ありがとうございました」
「いいえ。それよりもフロランス様、わたくしに怯えていたけれど、大丈夫でしたの?」
「どうかお気になさらず。最後は、自分から話しかけていたので、問題ないでしょう」
確かに、最後ら辺はいつものフロランスだったような。“エール”の話題だったので、知らない人相手でも話せたのだろう。
「また、妹の話し相手になっていただけますか?」
「それは――」
これから婚約破棄をするのに、話し相手になんかなれないだろう。
だから、やんわりとした言葉を返しておく。
「気が向いたら」
それでも、デュワリエ公爵は「ありがとうございます」と言って、頭を下げて私に左回りのつむじを見せてくれたのだった。




