第十八話目だけれど、大好きな親友に会いに行きました!
親友フロランスと会うのは、貴族女性に人気の喫茶店“ジョワイユーズ”。
驚いたことに、“ジョワイユーズ”は全て個室なのだ。
毎日予約でいっぱいだけれど、フロランスは難なく予約して部屋を確保してくれる。以前、私がアナベルと一緒にいくために予約しようとしたら三ヶ月待ちだった。
フロランスはいったい何者なのか!?
というのも、実は、私はフロランスの家名すら知らない。出会ったときに、「家名など関係なく仲良くしてください」と言われたために、互いに名乗っていないのだ。
まあ、相手の家名を知らなくても、今まで困ったことなど一度もない。毎回、楽しくお喋りをするまでだ。
時間ぴったりに“ジョワイユーズ”に到着した。
白亜の壁に、青い屋根が特徴の、可愛らしい外観を見上げる。青空に映えるお店だ。
店内に入ると、名乗らずとも「ミラベル様、いらっしゃいませ」と声が掛かり、フロランスの待つ部屋まで案内された。
扉が開いた瞬間、フロランスが立ち上がって春の訪れを告げるミモザのような微笑みを浮かべてくれる。
「ミラベル、お久しぶりです!」
鈴の音のような、澄んだ美しい声で話しかけてくる。私はどちらかといえば地声は低いので、羨ましくなってしまうのだ。
絹のような銀色の髪は、サイドに編み込みを入れてリボンで結んでいた。紫色の瞳は、吸い込まれそうなほどきれいだ。背は私よりも小さく、守ってあげたいタイプである。
そんなフロランスは、感極まったように言った。
「会いたかったです!」
フロランスのもとへと駆け寄り、腕を広げた彼女をぎゅうっと抱きしめる。
これまで心配になるほど痩せていたが、少しふっくらしてきているのか。顔色も、すこぶるよい。
「フロランス、よかった。元気そうね」
「はい! 最近は、体の調子がよくて」
目の下のくまも、今日は目立たない。以前会ったときは、顔は真っ青で、唇は紫がかり、頬は痩けていた。今日のフロランスとは、同一人物には見えない。
「病って気から起きるっていうのは、本当なのですね。最近、家が明るくなったんです。その効果か、体調もどんどんよくなって」
「まあ、そうなのね。よかったわ」
「ありがとうございます、ミラベル」
フロランスは幼い頃から病弱だったようだが、ご両親が事故で亡くなったのをきっかけに、体調を崩しやすくなった。
家族は五つ年上のお兄さんだけ。伏せりがちなフロランスを心配するあまり、自分まで塞ぎ込んでしまうような繊細な人らしい。
家の中は年がら年中喪中なのかと思うくらい、暗かったようだ。そんなフロランスの家が、明るくなったと。ついでにフロランスの体調もいいので、いいこと尽くめだろう。
「何か、きっかけがあったの?」
「お兄様の婚約が決まったのです」
「あら、そうなの? おめでとう!」
「ありがとうございます。家と家の関係を結ぶ政略結婚ですけれど、お兄様は婚約者にぞっこんみたいで」
「それは、すばらしいわね」
「はい!」
政略結婚に、愛はない。たいてい、夫婦中は冷え切っている。子どもができたら、互いに愛人を作ってあとはご自由に、なんて夫婦も珍しくない。
「お兄様の表情も、ずいぶん優しく、明るくなりました。ずっと、表情が暗かったから、嬉しく思っています」
「すてきね」
政略的な結婚でも、相手を尊敬し、慈しみ、愛することができたら幸せだろう。
私は、いったい誰と結婚するのだろうか。
その前に、兄の結婚が先だろうが。父は兄の結婚相手探しすら、難航させている。私はいつ結婚できるのやら、という感じである。
「今度お兄様が、婚約者を紹介してくれるようで、とっても楽しみなんです」
「そう」
「でも、不安な面もありまして」
「どうして?」
「私を、お気に召してくださるかどうか……」
フロランスのお兄さんを明るくしてくれるような人だ。きっと、フロランスも可愛がってくれるだろう。
「嫌われるとか、好かれるとか、考えなくても大丈夫だから。ありのままのフロランスでいたら、きっと、大好きになってくれるはず」
「ミラベル……ありがとうございます」
フロランスのお兄さんだけではなく、フロランス自身も、幸せになってほしい。いつか、彼女に白馬の王子様が迎えに来てくれることを、心から願っていた。
「お兄様の結婚相手は、ミラベルがぴったりなんじゃないかって、思っていたんです」
「あら、光栄なことを考えてくれていたのね」
「はい! ミラベルと姉妹になって、一緒に暮らせるなんて、素敵でしょう?」
「毎日、楽しいと思うわ」
フロランスはかなり本気で、私とお兄さんの仲を取り持とうと思っていたらしい。
「元気になったら、と思っていたのですが、お兄様が運命の相手を見つけるほうが、早かったようで」
「きっと、フロランスのお兄様は私の運命の相手ではなかったのよ」
「そう、ですね」
前置きはこれくらいにして、先日もらった“エール”のパンフレットを広げて見せる。
「ねえ、フロランス、この新作、とってもすてきじゃない?」
「ええ! 私も、そう思っていたんです!」
お茶とお菓子、それから“エール”のパンフレットを囲み、私とフロランスは三時間も喋り倒したのだった。
最後に、フロランスから驚きの提案を受ける。
「あの、ミラベル」
「何?」
「今度、ミラベルを、お兄様に、私の大切な親友ですと、紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ」
「ありがとうございます!」
天使みたいに愛らしいフロランスのお兄さんだから、きっと同じように優しそうな人なのだろう。会えるのが、楽しみだ。
「では、また」
「ええ、ごきげんよう」
楽しいひとときは、あっという間に終わった。
帰宅すると、私室にアナベルが「私が主です!!」みたいな顔でどっかり座っていた。
「ちょっと、遅いじゃない! どこをほっつき歩いていたのよ!」
「す、すみません」
約束をしていたわけではないので、怒られる筋合いはまったくない。それなのに、なぜか謝ってしまう。これも、暴君アナベル様の絶対王権なのか。恐ろしや。
テーブルの上には、黄色いフリージアの花束と手紙が置いてあった。
「アナベル、それ、何?」
「デュワリエ公爵からのお手紙と花束よ。もちろん、あなた宛だから」
「へー……え!? な、なんで? まだ、返信を送っていないんだけれど?」
「あなたが手紙を返信しないから、催促の手紙ではなくて?」
「そ、そんな……。まだ、一日しか経っていないのに」
手紙の内容は、今すぐにでも妹を紹介したいので、会える日を指定してほしい、というものだった。
なんていうかデュワリエ公爵様、暇なのですか?




