第十五話目だけれど、本当の大事なものに気付きました!
また、アナベルの口車に乗せられてしまった。帰宅後、盛大に落ち込む。
しかし、身代わりを買って出て、実際にデュワリエ公爵を騙していたのは紛れもなく私自身。決着を付けるのも、私がしなければいけないのだろう。
なんとかしなければと言葉にするのは簡単だけれど、実際に行動に移すのは酷く骨が折れる。心の奥底から、憂鬱だ。
一日中ため息ばかりついていたら、父が“エール”の新作パンフレットを持ってきてくれた。また、知り合いに頼んで貰ってきてくれたらしい。しかし、しかしだ。パンフレットは用意してくれても、実際に買ってくれるわけではない。「同情するなら、“エール”のペンダントを買ってくれ!」と訴えた。けれど父は「母の馬を買ったばかりだから、お金がなくて……」と、いつもの言葉を返す。パンフレットだけ貰いにいく行為は、恥ずかしくないのだろうか、と怒ってしまった。それを聞いた父は、シュンと肩を落とす。
いつもだったら、“エール”のパンフレットで元気になるのに、効果がなかった。そう父から聞いたのだろう。母は私物のドレスを仕立て直したものを、持ってきてくれた。
私のドレスのほとんどは、母が昔着ていたお古である。毎シーズンドレスを買い換えるお金など、我が家にはない。
かつて母が着ていた薄紫色のドレスは、父との結婚が決まったときに仕立てたものだ。きれいな色合いで、ずっとこのドレスで仕立て直しをしてくれと、お願いしていたのだ。
しかし、母は「これは思い出のドレスだから」と言って、なかなか譲ってくれなかった一着である。
古くさい意匠だったものが、今風のフリルとリボンたっぷりのドレスに生まれ変わっていた。パッと見る限り、仕立て直した昔のドレスには見えないだろう。
けれど、荒んだ心を持て余していたので、ドレスを貰っても嬉しくなかった。
母は来月にあるアナベル主催のお茶会にでも着ていったらと勧めた。けれど、招待されていない。私がアナベルの身代わりを務めるからだ。誰も、私が参加していなくても、気付かないのである。それほど、アメルン伯爵家のミラベルは影が薄いのだ。
そうでなくても、このドレスを着ていったら、コソコソ陰口を叩かれてしまうだろう。最近の流行の色合いは原色だ。柔らかで淡い色合いのドレスは、時代遅れなのだ。いくら意匠を変えても、生地の色はどうにもならない。
ドレスを広げて見せる母を前に、ため息を返してしまった。
兄までも、私を心配してやってくる。くまのぬいぐるみと、お菓子を持ってやってきたのだ。給料日だから奮発したと、いつものおっとりした様子で語っている。
くまのぬいぐるみを喜んでいたのは、私が七歳とか八歳くらいのときだ。初任給を受け取った兄が買ってきてくれたのを、覚えている。そのとき大喜びしていたからだろうか。小さな子どもが喜びそうな、ふかふかのぬいぐるみを私に差し出してきた。
兄は私のことを、いったいいくつだと思っているのだろうか。受け取らずにぷいっと顔を逸らしたら、兄はシュンとしたような声で「気に入らなかったか」と呟いていた。
本日何度目かもわからないため息をついてしまう。私の家族は、盛大にズレているのだ。
こういうときは、構わずに放っておけば自然と元気になるのに。
兄は「何かほしいものがあるのかい?」と聞いてくる。私の欲しい物なんて、決まっている。“エール”の装身具だ。そう答えると、兄は困ったように眉尻を下げていた。
薄給の兄では、とても買える代物ではないだろう。
ひとりにしてと言うと、兄は黙って出て行った。
なんとなく罪悪感を覚え、胸がジクリと痛む。けれど、追いかけて謝る気にはなれなかった。
一時間後、シビルがやってきた。デュワリエ公爵から手紙が届いたらしい。私は彼女までも、追い返してしまう。
彼女にまで、きつい言葉をぶつけてしまいそうだったから。
今日は一日部屋に引きこもっておこう。そう決意していたのに、アナベルの襲撃を受けてしまう。
「ミラベルッ!!」
「ヒエエッ!!」
どすの利いた声で名前を叫ばれ、恐怖から全身に鳥肌が立った。
鍵をかけていたのに解錠され、アナベルは私の部屋にドスドスと大股で接近してくる。
「あなた、何様なの!?」
「何様でも、ないけれど」
デュワリエ公爵からの手紙を受け取らなかったことを、怒っているのだろう。私にだって、アナベルの身代わりをしたくない日もある。そう訴えたが、「違う!」と怒られてしまった。
「あなたはどうして、家族をないがしろにするの!?」
「へ?」
「さっき、ベルノルトがしょんぼりしていたわ。ミラベルは、家族総出で機嫌を取っても、元気にならなかったと!」
「いや、だって、私にも機嫌が悪い日はあるし」
「でも、家族に対して怒っているわけではないでしょう?」
「それは、まあ、そうだけれど」
「だったら、八つ当たりなんて馬鹿げたことをしないでちょうだい!」
胸が、ズキリと痛んだ。みんな、私を心配して、いろいろしてくれたのに。アナベルの言う通り、八つ当たりをしてしまった。
どうして、素直に「ありがとう」と言えなかったのか。涙が、じんわりと溢れてくる。
「だいたいね、ミラベルは、自分勝手なのよ! 家族の愛を、当たり前のように思っているところがあるわ!」
「家族の愛は、当たり前にあるものでしょう?」
「違うわ!!」
アナベルはヒステリックに叫ぶように、激しく否定した。
「お父様は、わたくしを政治の駒としか思っていないわ。お母様も、お父様の機嫌を取ることに忙しくて、わたくしをほとんど無視しているし……。誰も、本当のわたくしを、見ていないのよ」
「アナベル……」
知らなかった。アメルン伯爵家の本家が、そんな状況だなんて。てっきり、アナベルも私と同じように、家族に愛されて育ったのだと決めつけていた。
「ベルトルトは、ずっとあなたのことばかり気にしているのよ? いっつもいっつも、ミラベルミラベルって言って、鬱陶しいったらないわ!!」
「お兄様……」
「あなたはね、贅沢なのよ!」
指摘されて気付いた。私達は、ないものねだりをしていたのだろう。
私はアメルン伯爵家の本家の財力を羨ましく思い、アナベルはアメルン伯爵家の分家の家族愛を羨ましく思っていた。
「ミラベル。あなたも、わたくしのことを、馬鹿にしているのでしょう?」
「え?」
「わたくしの振りをするのを、猿まねか何かだと、思っているんでしょう?」
あろうことか、アナベルは涙を流しながら、問いかけてくる。
アナベル様の目にも涙……ではなくて。 まさか、そんなふうに思っていたなんて。
私はすぐさま、アナベルを抱きしめる。
「そんなわけないじゃない! 私は、アナベルが大好きだから」
「嘘よ!」
「嘘じゃない!! 大好きだから、アナベルの真似を、したくなるの!!」
以降は、会話にならなかった。ふたりして、大泣きしてしまったからである。




