第十二話目だけれど、公爵の予想不可のムーブに戸惑っています
“エール”の本店は、女性の夢を詰め込んだ内装となっている。
天井からは美しくも優美なクリスタル・シャンデリアがぶら下がっており、床は大理石で、壁は金縁に美しい薔薇の壁紙が貼られていた。
豪奢な宝石が使われた対のイヤリングは、ガラスケースに入れられておらず、ごちそうのように白磁のお皿の上に置かれている。
いくつか置かれたテーブルによって、さまざまな陳列のテーマがありそうだ。目の前のテーブルは、晩餐会。隣は社交界デビュー、奥はサロンへの招待、といったところだろうか。
店員は、ドレスにエプロンをまとった姿で出迎えてくれた。年頃は三十前後か。どこぞの貴族出身の奥様だろう。こういう場所の店員は、たいていおじさんだ。なんだか新鮮である。
それにしても、すごい。見渡す限り、“エール”の装身具で彩られていた。幸せな気分に浸っていたが、店内のピンと張り詰めた空気に気付いてしまった。店員の表情が、妙に強ばっている。原因は探らずともわかる。暴風雪閣下が来店されたからだろう。長居なんてしていたら、店員が凍死してしまう。早めに切り上げなければ。
「気になる品があれば、手に取って触れてもかまいません」
「え、いや、そんな」
「これなんか、あなたに似合うのでは?」
そう言って手に取ったのは、大粒のサファイアがあしらわれた首飾りだ。あろうことか、デュワリエ公爵はそれを手に取って、私にかけてくれたのだ。
金のチェーンが首に触れ、ひやりと冷たい。首から提げられたサファイアは、ずっしりと重かった。
店員が、姿見を持ってきてくれる。これは、あれだ。一年前に発表された、“エレガント・リリィ”の首飾りだ。アナベルも欲しがっていたが、売り切れて買えなかったとぼやいていたのを覚えている。
お値段は、高級な馬車一台と馬が買えるレベルだと小耳に挟んでいた。とんでもなく高い首飾りが、私の胸で輝いているというわけである。
確かに、アナベルの派手な化粧をしている私によく似合っている。けれど、軽い気持ちで「買って」とねだれる品ではない。
「こ、これは、わたくしには、あまり、似合っていないような?」
そう言ったら、デュワリエ公爵が私の前に回り込んでくる。じっと、見つめていた。
恥ずかしいので、あまり見ないでほしい。今の私はアナベルなので、言えるわけがないが。
「けっこう、似合っているように思えるのですが」
「お言葉だけ、受け取っておくわ。とにかく、この首飾りは却下」
近くにいた店員に命じて、外してもらった。触れて確認したい気持ちはおおいにあったが、私の指紋で宝石の色合いがくすんだら大変だ。
サファイアが私の肌から離れた瞬間、安堵の息をはく。
しかし、ホッとしたのもつかの間のこと。今度は、きんきら輝くダイヤモンドの腕輪を差し出してきたのだ。
「アナベル嬢は色白なので、ダイヤモンドの輝きがよく映えるかと」
思いがけない言葉に、顔がカーッと熱くなっていくのを感じた。色白だなんて、初めて言われた気がする。アナベルは、よく褒められているのを聞いたことがあるけれど。
両親はともに双子で、遺伝子はほぼ同じ。ならば、私も同じくらい色白なのだろう。その辺はあまり意識していなかったが。
私がたじろいている間に、デュワリエ公爵は腕輪を手首にはめる。指先が触れただけで、心臓がバクバク高鳴ってしまった。
何を隠そう、父や兄以外の男性と十八年間触れ合う経験など一度もなかった。そのため、ほんのちょっと触られただけでも、盛大に照れてしまう。
「いかがです?」
「……」
「お気に召しませんか?」
デュワリエ公爵に顔を覗き込まれた途端、思考の中にいたのにすべて内容が吹っ飛んだ。それほど、目の前でさらされた美貌が衝撃的だったから。
現実に生きている人間とは思えない、顔の良さである。おかげで、大好きな“エール”の装身具を身に着けているのに、なかなか堪能できない。
その後も、デュワリエ公爵は装身具を私に纏わせ、じっと確認してくれる。見つめられる度にドキドキして、断るたびにチクチクと心が痛んでいた。
“エール”のパンフレットを穴が空くほど見つめていた故に、ほぼすべて値段を把握しているのだ。どれも、おいそれと買ってもらえる代物ではない。
なんとか何も買わないまま帰りたい。アナベル様語録の中から、言葉をひねり出した。
「もう、疲れたわ。今日はけっこうよ」
デュワリエ公爵は悔しそうな表情で、私を睨んでいる。そんな顔で見られましても。
この中から選べだなんて、お詫びというレベルではない。もっと、一輪の薔薇とか、ひと箱のチョコレートとか、ささいな品でいいのに。
「まさか、どれも、気に入らなかったなんて……!」
その言葉に、ぎょっとしてしまう。周囲にいた店員も、顔を青くし、ガクブルと震えていた。
「別に、気に入らなかったわけではないわ。ただ、わたくしには、似合わなかっただけで」
店員も、私の言葉にコクコクと頷いている。けれど、デュワリエ公爵の眉間の皺が解れることはない。
「わかりました。一ヶ月……いいえ、一週間後に、あなたに似合う装身具を、用意してみましょう」
「いらないわ!!」
「なぜ!?」
凄み顔で聞かれましても。なんだか、装身具を贈ることに自棄になっているようにも見える。いや、自棄ではなく、意地か。自尊心が、許さないのだろう。
「とにかく、高価なお詫びなんて、わたくしには必要ないわ。あの日のことは、忘れてくれるだけでいいから」
「しかし――」
「強引に何かを贈るというのならば、もう二度と会わないわ」
「なっ!?」
言い切ってから、「何を言っているんだ、私は!?」と気付いてしまう。これをするのは、アナベルのお楽しみだったのに。
だが、もう引き下がれない。私にも、多少なりとも意地がある。
「ごきげんよう」
優雅に見えるよう会釈し、“エール”を去る。乱暴に扉を開き、大通りへ一歩踏み出した。ここから歩いて家まで帰るのは、若干しんどい。けれど、振り返ってデュワリエ公爵にお願いはしたくなかった。
気合いを入れ、家路に就こうとした瞬間、背後より腕を取られる。
「待ってください」
デュワリエ公爵の引き留めに対し、振り返って言葉を返す。
「その台詞は、相手の腕を握りながら言うものではないわ!」
これで手を離すと思いきや、デュワリエ公爵はとんでもない行動に出る。
私の腕を引いて胸の中に閉じ込め、ぎゅっと抱きしめたのだ。




