第十話目だけれど、暴風雪閣下から尋問を受けています
先ほどから、胸がドキドキとうるさい。デュワリエ公爵にじっと見つめられているからだろう。
このドキドキは、決してときめきから湧き起こるものではない。命の危機から感じるドキドキだ。
デュワリエ公爵は私の言葉を待たずに、続けて喋る。
「壁に、ぽつんとひとりでいて、どこか居場所がないように見えましたので」
間違いない。壁際で首飾りに触れながらひとりぼっちを決め込んでいたのは、まぎれなく私である。アナベルが孤立なんてするわけがない。
まさか、デュワリエ公爵に見られていたなんて。顔が、カーッと熱くなっていくように感じる。
「熱い、ですか?」
「え!?」
「顔が、真っ赤なので」
「き、気のせいよ! わたくしは、寒くも暑くもないんだから!」
シビルのほうを見ながら、大丈夫よね? と声をかける。シビルは目を泳がせながら、「だ、大丈夫です」と言っていた。きっと、今の私は大丈夫ではないのだろう。
「同じだと、思ったのです」
「同じ、とは?」
「私も社交界に、居場所がないように思っていたので」
驚いた。デュワリエ公爵が、夜会みたいな華やかな場所に居場所を見つけられないなんて。
そっと顔を見てみると、アイスブルーの瞳に孤独な色が滲んでいるような気がした。それはまるで、鏡を覗き込んだ先にある私みたいだ。
アナベルはたくさんの人に囲まれ、愛される。一方で、同じ家に生まれた私は、誰からも見向きもされず、愛されることはない。
家族は私を可愛がり、愛してくれる。けれど、そんなの当たり前である。“家族”なのだから。
アナベルと自分の境遇を比べ、愕然とし、落ち込んでしまう。それ故に、私の瞳は曇ってしまうのかもしれない。
デュワリエ公爵も、誰にも理解されず他人に劣等感を抱く中で生きているのだろか? そうであるのならば、親近感を抱いてしまう。
「けれど」
急に、声が冷たくなる。車内の温度が、ぐっと下がったのは気のせいではないだろう。
デュワリエ公爵は眉間に皺を寄せ、責めるような口調で語りかける。
「一年ぶりにあなたを見かけた瞬間、あのときの女性だと気付いたのですが――別人のようでした」
それは、当たり前だろう。最初に見かけたのは私で、次に見かけたのはアナベルだから。
「大勢の取り巻きを引き連れ、女王然としていました。なぜ?」
勢いよく、扇を広げる。バサリ、と大きな音が鳴った。単なる時間稼ぎである。余裕たっぷりに見えますようにと願いながら、微笑みを浮かべた。
こういうとき、アナベルだったらどう返すか。脳内にあるアナベル様語録から適切な言葉を選んで言った。
「女には、さまざまな顔があるのよ」
それで納得してくれたのか。デュワリエ公爵の眉間の皺は解れ、鋭い目つきも和らいでいく。
「つまりあなたは、ふたつの顔があると?」
「まあ、言ってしまえば、そうね」
嘘は言っていない。嘘は。
胸の鼓動はドキドキから、バクンバクンと大きく鼓動していた。動悸が激しすぎる。暴風雪にさらされ、命の危機を感じているからだろう。
「どうして、そのようなことをしているのですか?」
デュワリエ公爵の追求は容赦ない。「女には、さまざまな顔があるのよ」という意味深に聞こえる言葉では、納得してくれなかったようだ。
肩から胸に流れる、金の巻き髪を指先で払う。 熱いコテで巻かれた縦ロールは、どれだけ激しく動いても形が崩れないようになっているのだ。
もちろん、この余裕たっぷりに見える動作も、時間稼ぎだった。脳内では必死に、アナベル様語録から言葉を探している。
「それは――アメルン伯爵家のためよ」
「具体的には?」
「交友関係を広めることは、貴族女性として当たり前のこと。正直、進んでしたくはないのだけれど。素の自分では、馬鹿馬鹿しくってできないわ。仮面のひとつやふたつかけないと、とてもやっていけないのよ」
「そう、だったのですね」
どうやら、納得してくれたようだ。ホッと胸をなで下ろす。
「一度目と三度目に会ったあなたは素の姿で、二回目に会ったあなたは社交界で生きていくために作った仮面を被っていたと?」
「まあ、そんなところね」
デュワリエ公爵が一度目と三度目に見たのは私で、二度目はアナベルである。いい感じの解釈をしてくれたので、そういうことにしておいた。
それにしても、本当に驚いた。私とアナベルを見分ける人がいたなんて。
アナベルが化粧を覚える前の私達は、ほんとうにそっくりだった。服を入れ替えて両親のところに行ったら、気付かなかったくらいである。
そのとき、アナベルの真似がそっくりだと褒められた。以降、私は彼女を観察し、より上手くアナベルを演じられるように研究していたのだ。
両親は騙せても、長い時間一緒に遊んでいた兄だけは騙せなかったが。ぽややんとしているようで、私とアナベルを見極める能力は天才的だったのだ。
長々と話をしているうちに、馬車が停まる。窓の外を覗き込むと、赤煉瓦の建物の上部に“エール”の看板が見えた。
「ここ、エールの本店!?」
「ええ」
本店は招待制で、誰も彼も入れるわけではない。デュワリエ公爵はさまざまなコネクションを持っているようだ。
「デュワリエ公爵、もしかして、エールの装身具を買ってくれるの?」
「はい」
両手を挙げて、「ヤッター!」と叫んでしまった。




