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Sick syndrome ⑩  作者: AKIRU
1/1

真実

前回の⑨を

誤って15Rにしてしまった…


困ってます(泣)

                         *


 ユヅとサトルは、エレベーターではなく階段を踏みしめて上を目指す七海の後を追った。病院関係者の大半は、移動にエレベーターを使わない。それは患者や外部の輩へ対する気遣いだったり、省エネの一環であったり、個人の運動的な意味合いがあったりもする。

「まだ面会時間じゃないよ」

呟いたユヅの鼻口を、サトルの大きな手が塞ぐ。

「~~~!!」

ユヅは目を見開き、コクコク頷いた。

病院の階段は声が響くのだ。足音を忍ばせる意味がない。幸い、先を歩く七海には聞こえなかったらしく、規則正しい彼の靴音は止まなかった。三階を越えても足音は途切れない。

ふたりは二階の踊場で、口パクにジェスチャーを交え、何階へ向かっているのか首を捻った。

「こんなところで何をしてるの?」

「っ!!!!!!」

「!」

背後からの声に、ユヅは悲鳴をあげそうになった。と、サトルの手が口元を押さえつけた。

声の主は赤羽雅子だった。

長躯の雅子は、さながら白衣の大天使(ガブリエル)だ。

サトルは、聞こえなくなった靴音に舌打ちした。

「今日は日勤かよ」

「事情も説明なしの不審者バカップルが、何を偉そうに」

雅子に促されて、ふたりは三階のカンファレンス室へ入った。サトルは彼女がこの病院で看護師をしていることを知っていた。まさか朝から遭遇するとは思ってもいなかったが。

「時間ないの、手短にお願い」

PHSを確認し、赤いストラップごとポケットに仕舞う。

「叔父きから聞いて知ってんだろ?」

「大筋だけね」

サトルと雅子を見ながら、ユヅは目をしばたかせていた。

「こいつの弟を尾行してたらここに着いた。どこへ向かったかは見当もつかない」

「入院患者に用があって来たんでしょ」

「この時間って、親近者以外は入室させないんだよな?」

サトルは、ほぼ同じ目の高さの雅子を、極力優しいさを込めて見つめる。

「もぉ~、わかったわよ、調べてあげるからさっさと帰りなさい」

頬を赤らめ身を捩る雅子に、サトルはぎこちない作り笑いを返す。身震い、傍らで突っ立つユヅの頭を、帽子の上から軽くはたいた。

「行くぞ」

「ごきげんよう!」

ユヅは雅子に深々とお辞儀をしたまま、サトルにがっしり手首を掴まれ、救急外来だけが(せわ)しない病院を後にした。



 まだ九時を過ぎて間もないというのに、外の気温掲示板は【30℃】だった。黒いTシャツ姿のサトルは、額の汗を手の甲で拭い、涼しげな顔をしているユヅを見据えた。

「サトル君って、もしかして視力弱いの?」

ユヅはアクトレスハットのつばを持ち上げる。陽光を遮るものがなくなり、視界が開けた。

「多少な。講義中や操縦するときは眼鏡かけてる」

「操縦?」

何の?と、聞く前に信号が変わった。ユヅは歩幅の広いサトルを、早足で追いかける。

横断歩道を渡りきる寸前に、サトルの歩調が緩やかになった。

「ドローンとかヘリとか」

ふーん、と聞き流しそうになったユヅは、立ち止まったサトルの背中に顔面ごと追突した。

「奢るから付き合え」

返事も聞かず、サトルはコーヒーチェーン店の半自動ドアを開けた。

「私、ソイラテのトール」

「しっかり決まってんじゃねーか」

サトルは、笑顔で奥のテーブル席へ向かうユヅに毒づき、注文カウンターの男性店員を見やった。

「ソイ・ラテとアイスコーヒー、トールで」

「かしこま…え、三浦!?」

「何だ、生田(いくた)か」

一般教養で同じゼミの生田。サトルは名字しか覚えていない、その程度の認識なのだが。

「可愛い清楚系女子かよ~、いいなぁ、俺もカノジョほしいなぁ~」

「カノジョじゃねーし。加賀のお姫様だ」

「親戚かなんか?だったら頼む、紹介してくれ!」

サトルは煩わしげに視線をそらし、肩に掛けていたリュックのポケットからカードケースを引き抜いた。

「誘ってみれば?」

電子マネー決済をして、番号が表記されたレシートを受け取った。ユヅの待つ席へ行くと、彼女は夜の猫のように瞳を輝かせている。

「ね、ね、私、サトル君のカノジョに見えるのかな?」

「じゃねーの?白ワンピと黒Tが一緒だと、葬式っぽくて似合いだろ」

「そういう意味じゃなくて」

「ひと息ついたら、猫のミルクとか買いに行くぞ」

と、マグカップとグラスをトレイに乗せた女性店員が笑顔で現れた。

「お待たせしました。他のお客様のご注文が入っていないのでお持ちしました」

「ありがとうございます」

トレイごと受け取り、ユヅは満面の笑みを返す。

「うちの生田に色目使わないでね」

ふたりより年上らしい女性店員は、ユヅに威圧的な笑みを向け、カウンターへ戻った。

「…女って、やっぱりこぇーな」

サトルは肩をすくめ、アイスコーヒーで渇いた喉を湿らせる。いちいちストローは使わない。

ユヅは気にした風もなく、嬉々としてラテにハチミツをたっぷり垂らした。

「七海、顔見ても思い出さなかったのか?」

「ん…見たことない」

「そっか。住んでる場所は確かに別々だけど、実家の住所は一緒だぞ。年子だし」

「ん~、彼の方がガタイもいいし、大人っぽかったね。似てないと思うけど?」

「確かに、顔つきも雰囲気も違ったな…」

サトルはアイスコーヒーを飲み干し、眉間をしかめて氷をがりごり噛み砕く。

「…マジで調べるか」

「何を?」

大きなマグカップを両手で包み込み、しあわせそうにラテを飲むユヅだったが、突然席を立つサトルに慌て、まだ熱いラテを喉を鳴らし飲んだ。

サトルは眉間を寄せたまま、生田の前を通り過ぎた。ユヅはサトルのリュックを抱き抱え、お辞儀をする女性定員に小さく頭を下げて店を出た。

「生田、ご愁傷さま」

「ほぼほぼ先輩のせいじゃないすかぁ~」

客も少なくクーラーが効きすぎているためか、生田の熱気は急速に低下した。



 三浦の家から遠くない、この辺りでは大きなショッピングモール。そこのペットコーナーを見て回るユヅの足取りは軽やかだ。サトルはメールの着信があったことを伝え、エスカレーター近くのソファーベンチに腰かけた。

差出人は雅子だ。別れてまだ二時間と経っていない。

「……マジ、かよ」

長めの文章と付属の写真を見て、サトルの切れ長な目尻がつり上がった。


『枚方七海(19才)は、去年退職した元看護師長の一人息子

面会謝絶の個室には、入院三日目の枚方弦(二十才)が未だ昏睡状態でいる

バイタルなど異常なし

タクシーとの接触事故扱い

大きな怪我はしていない

入院手続き、面会者記録は弟のみ』

 

「交通事故…か」

笑ったり拗ねたり照れたり泣いたり。猫の目のようにくるくる表情を変えるユヅ。たった一日一緒にいただけなのに、実在する弦のことを思うと、不憫だとか同情などではなく、息苦しさを覚えた。

だが、問題はそこではない。弟しか意識不明の弦の元へ来ていないという、雅子の報告だ。事実なのか、それとも今は詳しくわからないだけなのか。

サトルはiPhoneをジーンズの後ろポケットに仕舞い、下唇を噛みしめた。

世間は夏休みだ。役所も銀行も病院も休みだ。ユヅの親も休みのはずだ。いや、命を預かる現場に、事実上の休みはない。だからといって、事故に遭った子どものもとへ三日も来ない、などということがあるだろうか。

やはり、七海と接触するのが手っ取り早い。素直に教えてくれるとは思えないが、悠長にかまえてもいられない。

「お待たせ」

頭上からの明るい声に、眉間をしかめて座っていたサトルは、ゆっくりと顔をあげた。

「他に買い物あるか?」

ユヅの荷物を預かり、サトルは立ち上がる。

「ないけど…図書館で調べたいことがあるくらいかな?」

「マジメか」

「だって、何科を目指すかも決められなくて…」

「やりたいことがあるから、医学部に入ったんだろ?」

「ん…祖父が心臓で祖母が婦人科で父が脳外科、叔父が消化器系、だからかな?」

「強制かよ」

「そういう空気」

ユヅはわざとらしく笑う。

ショッピングモールを出るとすぐ、サトルはペットショップの袋をユヅに渡した。

「猫の世話して待ってろ」

「え?」

「俺はWi-Fiエリアにいる」

「は?」

「冗談だ。とにかく、オマエは家でおとなしくしてろよ」

「うん…」

家の鍵を握らされ、ユヅは踵を返すサトルを見送った。ひとりになった不安感より、彼の背中が見えなくなった寂しさに、か細いため息がこぼれた。




 井戸を覗いてみると、大きなスイカが遊んでいた。朝、水撒きをしたときには入っていなかった。

「誰だろうね?」

井戸を眺めるユヅの足元には、赤い首輪をつけたばかりの子猫が行儀よく座っていた。そうかと思えば、いきなり木の周りを走ったりして、清んだ鈴の値を響かせるが、敷地から逃げ出す素振りはない。

ユヅは縁側に腰掛けた。子猫も隣に落ち着き毛繕いを始める。

「私ね、ほんとは一昨日(おととい)、帰省する予定だったの」

白い仔猫は美しい脚を見せびらかすように高く伸ばし、ゆったり毛繕いを続けた。

「父さんが海外へ行ちゃったから、母さん寂しがってると思うんだぁ…」

聞いているのかいないのか、毛繕いが終わることはない。

「お母さんがいなくなって、お前も寂しいよね」

ユヅはたまらず猫を抱きしめた。寂しいのは、寧ろ自分の方である。

まだユヅが小学二年の頃、母は悪性貧血で入院した。父は単身赴任で、隣県の大学付属病院に勤務していた。ユヅは学校が終わると、その足で病院へ向かった。そこで宿題を済ませ、母のベッドに潜り込んでは甘えながら寝てしまった。入院した母が他界するのに、五十日とかからなかった。

「きゃっ!!」

ユヅの大声に、子猫が鈴を鳴らし飛び退いた。

瞬間、七海の悲痛な顔がスローモーションで見えたのだ。



 

 大学の図書館は静かだ。

実家へ帰省したり、旅行などを楽しんでいる輩も多いのだろうが、それでも涼を求めがてら使用する学生も少なくはない。

サトルは眼鏡を外してノートパソコンを閉じると、両手を上へ伸ばし背中を反らせた。昼過ぎくらいだろうと思い込んでいた目に、壁にかかる時計が映った。

「…二時四十分」

呟き席を立つ。

待ち合わせの時間、寸前だ。といっても、ここからすぐ近くなのだが。

 校内を通らず大学の外へ出た。数分歩き、サトルはためらうことなく小さな喫茶店のドアを開ける。薄暗い奥の席に、厚い本を眺める約束相手の姿があった。彼はサトルに気づいていないのか、黙々と活字を追っている。カウンター越しの老紳士(マスター)に頭を下げ、「本日のオススメ珈琲」を頼んだ。

四十年近く使われているアンティークな椅子を、静かに引き、腰を下ろした。

「突然呼び出してすみませんでした」

サトルの低くてもよく通る声に、彼はようやく顔をあげ、本を閉じた。専門の医学書のようだ。

「どうも、初めまして。ユヅとはかなり仲のいい三浦って言います」

「弦と、ですか」

サトルの自己紹介が気に入らないとでも言いたげに、枚方七海(ひらかたななみ)は右眉を少しあげ、サトルをなめるように見つめた。

「ユヅから弟クンの電話番号を聞いていたんで、失礼だとは思ったんですど、事故の件とか教えもらおうと思いましてね」

もちろん、嘘である。

「弦が事故…?」

何の冗談ですか。とシニカルな笑みを浮かべ、七海は冷めたカフェオレをひとくち含んだ。板張りの床が軋んだ音をたてる。マスターがサトルの前に珈琲を置き、会釈をしてカウンターへ引き返した。

「三日前、あんたの目の前でタクシーに跳ねられて入院したんだろ?」

サトルは七海を睨み付ける。

七海は心底驚いたらしく、唇を薄く開いて視線をさまよわせた。

「生きてたからいいものの、普通は即行で親に知らせるだろ。都合の悪いことでもあるのか?」

「そ、それは誤解だ!」

七海は声をうわずらせた。

「両親は旅行でヨーロッパへ行ってて、連絡したけど、飛行機のチケットが取れないから、俺に全部任せるって…」

七海は小刻みに震える膝の上で拳を握りしめ、三度、四度と唾を飲み込んだ。

「ま、せっかくの新婚旅行だもんな」

サトルは狼狽(うろた)える七海を一瞥し、珈琲を口にする。今朝、ユヅと飲んだ安いアイスコーヒーの方がよほど旨いと感じた。

「…どうして」

親の旅行。面会謝絶の個室。事故のことも入院していることも、他言していない。それなのに、目の前の男は電話一本で脅すように七海を呼び出し、脅迫紛いなことを口にした。

「俺がユヅのことを知ってるのが、そんなに不思議か?」

サトルはジーンズの後ろポケットからiPhoneを抜き取ると、電源を入れた。

今朝、縁側の廊下で何気なく撮った写真。楽しそうに庭木へ水を与えるユヅの横顔。これを見せたら、七海は何と言うだろう。信じない、いや、信じられないだろう。一般常識では説明のつかない事実。現に、叔父のタケルがいなければ、サトルも受け入れられなかったくらいだ。

「今から会わせろ」

サトルは目を細め、七海を見据えた。

目を覚まさない枚方弦と、女性になって現れたユヅを知る自分が向き合ったら、どんな現象が起きるのだろう。科学で証明できないことは信じなかったサトルを、真っ向から否定したユヅ。

「明日は、朝イチでバイトが入ってるんだ」

サトルは珈琲を飲み干すと、脇に置いていたリュックから財布を取り出し席を立った。

今の七海には、サトルを拒む気力もなかった。

過去の文章に、かなりの間違いがあったので、多少直してみました

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