未来から来た自分の娘って信じますか?
未来から来た自分の娘って信じますか?
1日目
いつもと変わらない、どこか退屈でまるで何かがすっぽり抜けたような土曜日。俺に言わせれば学校もなく家にいるというだけのいつも通りのただぼんやりとした日ともいえる。周りからはとりあえずついているというだけのテレビの音しか聞こえない。そのテレビからは『タイムマシーンは可能か!?』というまるで意味のない番組がやっている。可能か不可能か。そんなこと俺には関係ないしどうでもいい。
もう午後になっただろうか。本当に退屈な時というのは時間の感覚すらない。よく楽しい時間は時を忘れると聞くが逆もそうなんだと教えてやりたい。外にある木が揺れているのが見えるがだからといって俺には影響はない。
どうせやることもないので、寝転がりながらこの一人で暮らすアパートの一室をぐるりと眺める。自分で言うのもあれだが何もない。今どきの高校生スタイル、とかよくテレビでやっているけど何一つ当てはまった覚えもない。俺みたいなやつは脱・高校生とでも言うのだろうか。
よく暇つぶしに使うスマホのゲームはいまスタミナないし、本も最近買っていないので読むものもないし、外に出るのは面倒くさい。これらを総括してだした結論は『何もしない』だ。
これが実家だったら俺は外につまみ出されていただろう。いや、リビングに連れ出されていたか。どっちにしろ俺が望まないことをされていたことは確かだ。しゃべらない父に口うるさい母。そして、何に対しても優秀で常に親にも褒められる弟。劣等感から、家族に何も言われたことはなかったが俺には居場所はなかった。だからこうして高校入学を機に県外にきて一人暮らしをした。でも、ある意味ここでも居場所はない。
とりあえず布団から起きる。今日もまた、退屈な一日の始まりだ。
『 コン コン 』
ふいに聞こえた、ドアがノックされる音。一間のこの家では玄関が近いため、こうしたノックもよく聞こえる。少ししてまたノックの音が聞こえる。なぜベルを使わないのか不思議だが、まあどうでもいい。俺に用がある=俺を知らないやつ、だからな。スマホで時間を見て少しいじっている間もノックは繰り返される。段々強くなってきた。しょうがない、どうせ勧誘かなんかだろう。あっちも商売だし、きちんと断るだけはしてあげよう。大して使うことのない足を動かし、ドアの前に立つ。鍵をあけ、ドアを半分開ける。新聞か、それとも辞書か。まあ断りやすそうな人ならどちらでもよいが。
「あ、やっと開いた!えっと、私は未来からきたあなたの娘です!」
「……え?」
今日の勧誘は、俺の退屈を壊しにきた。
ドアの目の前に立つ俺と同じ年位の女子。髪は俺と同じ紺色で、長く伸びている。顔だちはとてもよい。くまはすごいが目はぱっちりとしている。それに、どこかで見たことのあるような気さえしてしまう。だが、そんなに沢山の人とそもそも関わったことがないので思いだせるわけもない。服もどこか見たことのある黒いパーカーな気がするがどこにでも売ってるもんな。
とりあえずはっきりさせたいのはこの勧誘の手口は聞いたことがない。俺にも断る方法というかそもそも何を勧誘されているかがわからない。しょうがない。正直に聞こう。
「あの、なんの勧誘ですか?」
「私は佐伯征也の娘の、佐伯万里奈です!」
佐伯征也。俺の名前。佐伯万里奈。聞いたことない。……だめだ。これはきっと新手の詐欺に違いない。早めに帰ってもらおう。
「あの、すいません俺万里奈なんて知らないんで、勘弁してください」
「お父さん!そんなこと言っている暇はないの!大変なのとにかく家に入らせて!」
俺が話そうとすることすらも遮るようにこの佐伯万里奈を(俺の娘を)名乗る少女は強く話してくる。表情も必死で嘘をついているようには見えない。だが、俺の娘というこおは絶対嘘だ。理由はただ一つ。俺が結婚できるわけがない。
とりあえず家に上がってもらおう。悪い人ではないだろうからな。……少なくとも、いい人でもないと思うが。
とりあえず家にあがってもらいいつもは使うことのない小さな折り畳みテーブルを出して一人暮らし用の冷蔵庫にはいっていたお茶をだす。彼女は疲れていたのかそれを一気に飲み、あっという間にお茶のはいっていたペットボトルは空っぽになっていく。一応と思い、テーブルにだしたクッキーもすぐに全部なくなる。
「とりあえずあなたの言っていたその、未来からきたとかどうとかっていう……」
「うん、お父さんの娘だよ。私は佐伯万里奈」
「お、おう……」
まあ信じられるわけがないが。ともかく少ししてから話を聞くと彼女は未来で自分の居場所がなくなるのと、俺の不幸になる未来を変えにきたという。
「俺の不幸、ね……」
不幸とかではないが今は退屈だ。しかし1000000歩譲って彼女が俺の娘だとしよう。その子が未来で居場所がなくなる、というのはどういうことなのかはよくわからないが俺のせいでもあるということだ。
「あの、さ。信じる信じないは別として、俺の娘であるっていう証拠とかはあるのか?」
彼女はタオルで手をふくと、話し出す。
「えっと、お父さんが中学校二年生の時、公園でハンカチ落とした女の子がいて、気づかず行こうとしたから待ってって言おうとしたら『ちょまてよ』になったとか」
「え」
「あと教室に一人で残っていた女の子に声をかけようとしたら緊張して思わず『本日はよいお日柄で』って言い始めたとか」
「まてまてまてまて!」
なんでだ。そのことは誰も知らないはず。それこそくだらない&情けないので家族や数少ない友達にさえ言ったことのないことをなぜ、彼女が知っている。……それも二つも。
……信じたくないが、とりあえず信じてみる必要があるようだな。
「とりあえず、あなたの言うことはわかったよ」
「お父さん!あなたじゃなくて万里奈!でも、わかってくれて嬉しい。じゃあ、私ここに住むね」
「……え?」
「だって、私未来を変えるまで帰れないから。お父さん、よろしくね!」
「……マジで?」
俺の家は、さっそくだが謎の少女に占拠された。
その日はとりあえず俺は二人分の食事をつくった。着替えやらなんやらは何着かはしょっていたバッグに入っているそうで、まあそのへんは今のところは気にしなくてよさそうだ。しかしまあ、携帯電話一つ持たず未来から来たって、まあ切羽詰まってたんだな。
「今日はもう疲れちゃったから、寝るね」
風呂に先に入り、夕飯をとことん食べて彼女はまるで自分の家のように振る舞いながら夜を向かえ、そう言った。
「ああ。じゃあこのベット使ってくれ」
「一緒に?」
「なぜそうなる。俺は下で寝る」
「ええーなんなら一緒に寝て夜中に襲ってきてもいいのにー」
何を言っているんだ。自分の娘?だというのに襲うわけがないだろう。まあ記憶にはないが……
彼女は布団をがばっとかぶって寝たので、俺も寝ることにした。……かなり離れた場所で。
2日目
今日は家の中からでもわかるような快晴だった。
「おいしーい」
俺のいつも一人で食べていた静かな日曜日の朝食はもうなかった。目の前には好物だという目玉焼きを嬉しそうに食べる彼女、佐伯万里奈がいた。
「そんなに好きなら俺のやる」
「ほんと!?ありがとうお父さん!」
「だからそのお父さんってやめあーわりわり!」
お父さんってやめろというと彼女は悲しそうな顔をする。そうされると俺も強くは言えない。
「お父さんもいい加減、万里奈って呼んでよね!未来でもそうなんだから」
「あ、ああ……」
万里奈、ね。俺とその俺と結婚したであろう奥さんは『万里奈』という名前にどのような思いを込めたのだろうか。見当がつかない。そんな俺の疑問をよそに目の前の彼女、万里奈は黙々と目玉焼きを平らげていく。凄い幸せそうだなおい。
「そんでまあ、本題に入りたいんだけどさ。昨日言ってた、俺の不幸になる未来を変えにきたっのはどうやって変えられるんだ?」
俺は率直に疑問をぶつける。そうだ。いくら未来から来たとはいえ俺に何時何分に不幸が訪れるかまではわからない。だとすると、万里奈はどうやって俺を救ってくれるのか。
「んーと。じゃあ今日は日曜日だよね?」
「ああ」
「一緒にデートしてくれたら教えてあげる、お父さん」
結局そう言われた俺は完全に押し切られてしまった。第一、父親とデートって……まあ同年齢くらいだろうけどさ、いまなら。それじゃあと俺は海の近くのカフェを提案するが、
そんなのデートじゃないと断られる。知るかよ。したことないし。すると万里奈が、お父さんの住んでいた地元がどんなところか知りたいと言ってきた。
「俺の地元?」
「うん。お父さんの昔を、もっと知りたいの!」
「昔、ね……」
かくして俺の日曜日は初めてといっていいほど、外に出るということになった。でもなんだろう。女子とデート、なんて完全に浮足立つはずなのに可愛いとはいえ娘となるとなんだか家族サービス的なものに感じてしまう。
結局それなりに外行きの服装に互いに着替え、近くの駅の電車に乗り込む。それだけで万里奈はおおはしゃぎだ。
「お父さんとデート、デート」
「いやそれはわかったからその未来を変えるってのはどうって寝てるよ……」
電車に乗って話を聞こうとしたその瞬間、既に疲れていたのか万里奈は俺に寄りかかって寝ている。でも、こう見ると起きているときは騒がしいけど、可愛いな。この子の母親って誰だろう、いや、でもそれはイコール俺の奥さんになるわけで……考えるのをやめよう。ついにやけちゃうからな。
電車に乗って目的の駅に到着するところで、万里奈はまるでわかっていたかのようにパッと起きる。
「ねえねえ、お昼はどうする?」
「お前食べることばっかりだな……」
傍から見たらカップルとかに見えるのかね、と思うが実は親子なんですと言われても誰も信じないだろう。まあ俺もさすがに全部を信じきることはまだ出来ていない。
電車から降りて改札を出て、久しぶりの地元に戻る。改札のところには大きく地元のサッカーチームの応援ポスターみたいのが貼ってある。
とりあえず家には戻りたくないので、方向の違う総合公園に行くことにする。ここから歩いて30分かからないし、いいだろう。万里奈もそれで納得してくれた。
日曜日の騒がしい駅前の商店街や静かな工業地帯を一緒に歩く。万里奈の要望で手も繋がされて、俺には恥ずかしい限りだ。
途中あるコンビニによって弁当を買い、総合公園に入っていく。日曜ということもあって芝生ではサッカーやキャッチボールをする家族連れが目立つ。みんなこうして日曜日は外に出ているんだな。俺はそういうの理解できなかったけど、まあこういうのもいいかもな。万里奈は芝生に座ると、さっき買ったお茶を飲む。
「もう弁当かよ。まあ確かに朝食はやかったけどさ」
「お父さん一緒に食べよ!」
こうも屈託のない笑顔で言われるとこっちも断りづらい。俺は先ほど買ったのり弁と一緒に食べようと買ったサラダをあける。万里奈はがっつりというかからあげ弁当だ。そういえばよく見ると座った芝生の真上は満開の桜だ。他の桜もきれいに咲いていて、ピンク色の花が時折風にゆられ飛んでいる。まだ時間がはやいからあれだが、そろそろお花見をする家族も増えるだろう。ある意味先にいい場所をもらったのかもしれない。まあそんなことそっちのけで万里奈はからあげを食べているが。
しばらく無言の時間が続く、が急に万里奈がお茶を飲みながらしんみりした顔をする。
「小さいときはよくお父さんとお母さんとお花見行ったな……」
「そうなのか?」
「うん。とっても楽しかった。私の、大切な思い出」
そう言って万里奈はどこか遠い目をして嬉しそうに懐かしんでいた。俺はそれ以上何も聞くことができなかった。
「ねえねえ、お父さんは家族の思い出とかないの?」
「家族の思い出ね……まあ昔は父さんと母さん、弟と一緒に毎年旅行とか行ってたな。あの頃は特に何も考えず楽しかった覚えはあるよ」
「いいねー」
万里奈は俺の隣に座りニコニコしている。俺のこんな話聞いて何が楽しいんだか。でも万里奈にとって俺の両親は祖父、祖母になるのか?なんだか実感がわかん。
「ねえねえお父さん、食後のキャッチボールしない?」
「キャッチボール?んたってグローブもねえし……」
「ここで貸してくれるらしいよ」
見るとグローブとボールのセットで貸し出しがある。どうやらおばあさん一人でその店というか売店らしきものをしているらしい。万里奈がやろうやろううるさいので俺は一式借り、ある程度距離をとって万里奈とキャッチボールを始める。
「お父さん小学校の時は野球やってたんだもんね。サッカーもだけど」
「よく知ってるな。あの時はどっちやろうか悩んだもんさ」
万里奈は意外にもかなりいいボールをビュンビュン投げ込んでくる。俺も手加減しながらコントロール重視で返していく。
「私もね、お父さんの真似して野球とかサッカーやろうとしたけど女だから無理、って周りに言われちゃってたんだ。だから、お父さんが少し羨ましいな」
「……そうか」
女子だから。よく聞いた言葉だ。俺は関係ないと思っていたし言ったことも言われたこともないからよくわかんないけど、それが家族だったら、と考えると万里奈にこうした顔はしてほしくない。それにしても、見た目的に高校生くらいな気がするが昔はどんなだったんだか。予想するに更にお転婆……
1時間くらいだろうか。なんだかんだかなりの時間二人でキャッチボールをした。その間にお互いの好きなもの、嫌いなもの。色々話をした気がする。よくテレビとかで息子とキャッチボールとか聞くけど、俺はその感覚を味わっているということでいいのだろうか。
とりあえず俺は疲れたのでご飯を作るのが面倒だ。ということで駅前のファミレスで済ませることを万里奈に提案する。万里奈は少し渋ったが承諾してくれた。
ファミレスでは互いに肉を頼んだ。なんだか疲れた時は肉!ということで意見が合致していたようだ。
「ここの店員さんの制服可愛いね。ねえお父さん、私バイトするとしたらどんなのが似合うと思う?」
「バイト?……それこそカフェとかの接客業じゃね」
「ふーん。なんで?」
「なんだかんだ笑顔が素敵だからな」
途端にパアッ!と表情が明るくなる万里奈。俺、娘の性格がわかってきたかも。
おかげで?万里奈は終始ごきげんだった。
帰りの電車で万里奈はポツリポツリとだが話をしてくれた。
「あのね、未来のお父さんとは私はあまり話せていないの。だから、こうやっていっぱい話せて嬉しいな」
「そうなのか」
俺と話せていない、か。まあ理由は聞かないでおこう。
「だから、いっぱい話したかった。でもデートに行く口実をつくったのはごめんなさい。お父さんと出かけたかったから……その、こう言えば来てくれると思って……」
「いや、別にいいぞ。俺も外に出れたわけだし。意外とよかった」
電車の恒例のガタンゴトンという音が響く。周りは日曜日の夜ということもあって家族連れの人たちがそれなりに乗っている。隣に座る万里奈はそれで、と話し出す。
「でも、本題を話すと未来からどうやってきたかは……覚えていないの。それで……未来からきた理由は、お父さんが本当に好きな人と付き合えるように。来るべきその時にある人を救えるようにということなの。私は、そのために来た」
来るべきその時。俺にはよくわからないが少なくとも万里奈は俺の娘であるような気がしてきた。
俺と娘の共同生活は、まだ続く。
3日目
俺はいつものように特に何も考えることなく学校に行く。しかし、俺の家には今日玄関で見送ってくれた娘こと万里奈がいる。万里奈は一人では外に出たくないということで、家にいるそうだ。そのため、何かやらかさないか俺は心配で仕方がない。こんなにも他人のことを考えたのはもしかしたら初めてかもな。
「よーせいちゃん。どうした心ここにあらずって感じじゃん?女でもできた?」
「お前じゃねえんだからそんなわけねーだろ。いつも通りだ」
「そっかなーなんか雰囲気トゲトゲしさないっていうか柔らかい感じがするんだよねー」
昼休み一人でいた俺に声をかけてきたのは俺の唯一の友達で親友に等しい境だ。長い茶髪にサバサバした性格のイケメン。だが、残念系イケメンの異名をもち彼女はいない。俺がこいつとこうやって関われているのも小学校からの友達ということがなければ普通に会話すらしてないだろう。
……とはいえ心ここにあらずってのは当たってるな。さっさと今日は帰って万里菜と過ごすか。
そう思っていると俺ら二人のところにクラスメイトの女子が近づいてくる。
「あの、佐伯君。聞きたいんだけど、昨日公園に女の子といなかった?」
「……へ?」
「マジで!?おいせいちゃん。どんな子だよ!」
マズイ。非常にマズイ。未来から来た娘なんて言えるわけないしでもごまかしの方法が思いつかない。考えろ!考えろ!
「俺は昨日家から出ていないから、人違いだろう」
「そうか。ごめんねー急に聞いちゃって。ほらーじゅり違うってー」
……あっぶねー万が一ピンチだったら買い物をするのが好きな親戚の子とでも言うつもりだったが人違いでなんとか切り抜けられたようだ。
「なあせいちゃん。せいちゃんに彼女出来たら、教えてくれよな!」
「あ、ああ……」
俺は親友と、変な約束をしてしまった。
さて、今日は帰って家にいよう。変に外とか出るとまた見つかるかもしれないからな。
つまらない学校を終え、玄関をあける。
「お父さん!お出かけ!お出かけ!」
「うげ!?」
玄関をあけると万里奈が待っていましたとばかりに出かける服装で玄関に座って待っていた。そして俺は万里奈に押され外に出される。
「今日はどこに行く?お父さん」
「どこに行くも何も出かける気はなかったんだがな。まあ、博物館とか?」
「お父さんらしいね!ほら、早く行こ!」
らしい、か。一体俺はどんな父親に見られているんだか。少なくともお転婆だが可愛い娘がいることだし、酒とかにおぼれていなければいいんだが。
万里奈と学校とは反対側の道を歩き博物館に向かう。博物館を提案したのはそのためだ。なるべく誰も知り合いがいないような、それで安くすんで更にこいつが飽きやすそうなところを選んだ。そういうセンスは俺はあるかもしれない。またまた万里奈とは手を繋がされ博物館に行く。
「あ、お父さんプラネタリウムだって!一緒に見よ!」
「げ」
おっと、聞こえていないようでよかった。プラネタリウムか……まあその間は楽だし、そうするか。じゃあそうしようと言うと万里奈は飛び跳ねて喜ぶのだった。
プラネタリウムは平日ということもあって周りは高齢の夫婦しかいなかった。なんか俺らのこと微笑んで見てたけど、こっちは親子ですからね。
でも、こうして隣で星に目を輝かせている万里菜の姿を見ると俺自身居場所のようなものを感じる。今までは自分の人生と割り切っていたけれど、こうして家族があるんだと改めて知らされると意識が変わりつつある自分がある。
「星きれいだったなーそれにお父さん、この星のキーホルダー、ありがとう!」
「ああ、別にいいぞ」
万里奈と二人帰る夜の道。とはいえ国道沿いだから近くでは車がビュンビュンと走っている。車のライトに時折照らされる俺と万里奈の姿。そのライトに先ほど買ってあげたキーホルダーも反射する。
「とりあえず今日はスーパーに行って食材を買おう。夕飯もあるし」
「あ、私夕飯作る!お父さんに食べてもらう!」
そう言うと万里奈はスーパーに駆け込んでいった。
「……美味い!」
「でしょでしょ!お父さんのために頑張っちゃった!」
家に帰り万里奈がつくってくれたのは肉じゃがだった。よく奥さんがつくるの上手いランキング的なのにのっているような気がするけどまあ今はそんなことはどうでもいい。
でも本当においしい。じゃがいもは柔らかいし肉はきちんと汁がとけこんでいて、それでいて全体はしょっぱくない。おかげでご飯がすすむ。
「どう?どう?」
俺が一口食べるごとに万里奈はニコニコしながら聞いてくる。俺はその都度おいしいと返してやる。なんか言わないとかわいそうになってくるからな……
「それじゃあ、お風呂入ってくるね」
「ああ」
万里奈がリビングを出て脱衣所に行く。俺はテレビをつけてニュースを見る。意外かもしれないがニュースは情報を知るうえで本当に有効だと自負している。まあ基本地元以外のニュースは注視しないけどな。
10分位夕飯を食べながらニュースを見ていると、女性不審死のニュースが流れる。詳しく聞いていくと、どうやら俺の実家のあるほうの話らしい。年齢は40歳。名前は黒川静。そしてこの家の一人娘がどうやら行方不明で警察が探しているらしい。俺は少しドキッとする。どうやらその女の子は中学卒業後母親と二人暮らしとある。
よく聞くとその行方不明の時期も万里奈がきた時と重なる。
もしや……俺は目を閉じる。
『万里奈は俺の娘なんかではなく、母親殺しの犯人なのか?それから逃れるために俺のところに娘を名乗り隠れている?だが自分から外に出たいということが多い。隠しているのか?』
沢山の疑問が俺の脳内をかけめぐる。すると、その時に俺の携帯がなる。俺は体をドキッと震わせる。見ると、クラスメイトの西島朱里だった。西島とは時折話す。別に特段仲がいいわけでもないが。俺は携帯にでる。
「……もしもし」
「あ、もしもし佐伯?あの、さ。今日夜スーパーで青髪の女の子と買い物してたじゃん?」
「あ、ああ」
見てたのか。これはまずいな……ついああって答えちゃったし何しろ西島はクラスメイト。万里奈のことがばれるのは非常にマズイ。それに、信じたくはないが万里奈は母親殺しの犯人とかいう可能性だってなくはない。
「そのさ、えっと!その子と友達になりたいんだよね、私!だから明日放課後会おうよ!ね、いいでしょ?」
なんだなんだ。展開がまるでよめない。万里奈と友達になりたいから西島が万里奈と会う?……いや、マズいだろ。万里奈に限っては「この人、お父さんです!」なんて言いかねない。
「いや、悪いが断w」
「また明日!」
俺の耳元では電話を切られた音がなるだけだった……
「あれ、お父さん電話してたのー?誰々ー?」
まだ水滴ののこる髪をバスタオルでふきながらくる万里奈。そのなんというかいつも通りの万里奈を見ると、こいつ限ってそんな殺しなんてことはないなと思った。
というか冷静になってみるとこいつはこの時代の人間じゃない。
俺の未来の娘なんだ。
俺がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。だが、俺には万里奈の言うことを疑うことはもうできなかった。
とりあえず万里奈には西島と出かけることを言わなくてはいけない。万里奈がベットの脇に座ってお茶を飲んでいる。俺は近くの床に座り、話しだす。
「なあ万里奈。明日クラスメイトの西島っていう女子と出かけてほしいんだが……いいか?なんでも万里奈と友達になりたいんだってさ」
「にしじま……」
万里奈は初めてといっていいほど顔をみてわかるようないわゆる『嫌な顔』をする。まあそれもそうだろう。いきなり知らない人に会えっていうのもな……
「まあそのさ、ある意味息抜きも必要だろうし。それに一緒に出掛けることで何か得られるものもあるんじゃないか?」
「…………いや、だけど。でも、それは、お父さんのお願い?」
「え?」
「お父さんのお願いなら、私は聞くよ」
俺の願いね……はっきりいって半強制みたいなもんだったからな。違うことは違う。
「お願いではないから、嫌なら行かなくても全然いい。西島には俺から言っておく」
「そ、それなら私行く!でも、お父さんも一緒!」
万里奈は急にアタフタと叫んだかと思うと俺の腕をギュッとつかんでくる。腕から伝わる万里奈の温かさ。でもこうした日々もいつか終わるだろう。そう考えると、改めていまの現状は少し異常なのかという思いが出てくる。だって、未来の娘と同居してるんだもんな。家族、という形で見れば普通かもしれない。でも、未来の娘、なんだよな……
俺はわかった、と一言告げ学校の準備を始めた。
俺と娘の共同生活は、まだ続く。
4日目
俺は学校が終わった後いつものように一人で家に帰る。そして、玄関に入るとにはいつものように万里奈が待っている。そういや服のバリエーションが少ない。そうか、そんなに持っていないんだっけか。
「ほんとにいいのか万里奈?今からでも西島に断れるが」
「行くよ!お父さんと一緒に!」
「お、おう……」
万里奈はいつものようにテンション高めで外に出る。まあそれはいいことだとは思うが昨日の最初どうしようかといった感じが嘘みたいだ。
西島とは駅前の銀行の前で待ち合わせにしてある。なんだかんだそこはわかりやすいからな。駅に向かう間も万里奈はいつものようにご機嫌で、手も繋ごうとうるさいくらいだ。
駅前の待ち合わせの銀行に行くと、遠目からでも西島がいるのがわかった。外にはねるショートの黒髪は整っていて目立つし、更に赤色のコートを羽織っているのでよくわかる。
「あ、佐伯!それ、でその子が!ええっと、よろしくね!西島朱里です!」
西島はにかっと笑い万里奈に握手を求める。こういうサバサバしてるっついうかそんなところが西島にはある。俺みたいなやつと関われるくらいだからもちろんコミュ力は高い。だがクラスの中心、という感じではない。裏方だけど出来る奴、みたいな。
まあそれで万里奈の挨拶になるわけだが、実はきちんと対策は練っておいた。そう、万里奈を妹ということにしようということだ。これで全て上手くいくはず、だった。
「私は佐伯万里奈!お父さんの妹です!」
「「え?」」
お父さんの妹……
「おい万里奈、何を言っているんだ。それを言うならお兄ちゃんの妹、だろうが」
「え?だってお父さんの娘じゃないならお父さんの妹になるんじゃないの?」
「???」
万里奈よ。いま確実に言ったよな。西島も理解不能という顔をしているがそりゃそうだろうな。それが正しいよ、うん。
「ま、まあそれはさておき、どっか行かない?全然時間あるし、どっか行きたいとこある?」
「ああ、それなら……」
俺は駅の近くのデパートにある服屋を指さした。
「ここで万里奈に似合う服を一緒に選んであげてほしいんだ。西島センスあるし、それに俺にはよくわからないから頼んでいいか?」
「っと、うん!任せておいて!」
「………………」
万里奈に限ってはいつもの元気がない。まあ初対面に近いししょうがないけど、でもせっかくこうして女子同士の友達ができたわけだし、時代が違うとはいえよかったことだと思う。父親として、ではないが。
「じゃあ俺自分の見てくるから後で集合で」
「ええ!?お父さん来ないの!?」
「なんなのそのお父さん、って……」
「気にしないでくれ」
俺は逃げるように男ものの服を見に行く。あんまり万里奈と離れては危険だが西島なら安心だし何より同じフロアだから大丈夫だ。俺もたまにはこうして外で服選び、なんてのもいいような気もする。いつも通販で頼んで家に届けてもらっているだけだからな。平日は制服だし。しかしまあ色々言ったけれど、なんだかんだ不安で二人に気づかれないようにそうっと見守る。傍から見れば女物のコーナーをそうっと覗く変な奴だな。
「それで……えっと、佐伯万里奈、さん?」
「は、はい」
「じゃあせっかくだし服選ぼっか。よろしくね」
西島と万里奈がそう言って近くの服を一緒に見ていく。店内ということもあり声はよく聞こえないがなんだかんだ楽しそうにしているのが見ててうかがえる。とりあえずそれだけで俺は満足だ。
私、西島朱里は賭けにでていた。佐伯と一緒にいたこの女の子。佐伯万里奈と言っていたけど本当に妹なのかはよくわからない。でもそんなことはどうでもよかった。私にとっては佐伯が誰か女の人と一緒に歩いているということだけが問題だからだ。
私は佐伯にそれとなく近づいて遠くから見守るしかできない。でも、急に隣にいたのはこの万里奈という子だった。予定外だ。
私はこの子について聞かなくてはいけない。そして、決着をつけなければならない。
すうっと息を吸い、笑顔で話しかける。
「万里奈ちゃん、結構選べたし、試着室で試さない?」
「あ、はい」
私は万里奈ちゃんと一緒に試着室に入る。ここの試着室は珍しくスペースが大きい。普通に入れば5人は入れるのではと思うくらいだ。鏡も大きいし試着するには便利だ。
「えへへーこれ可愛いかも」
「白色似合うね万里奈ちゃんは」
万里奈ちゃんとしばらく服選びをする。そしてタイミングを見計らい話し出す。
「ところでなんだけど……佐伯とはどういう関係なの?」
「お父さん」
「お父さん?だってあなたそんなに佐伯と年齢変わらないじゃん?そんな……」
未来からきたわけじゃあるまいし。そんなフィクションめいたセリフを私が言えるわけがなかった。
「んーと、私は未来からきて、お父さんの不幸を救いにきたって感じです」
「へ、へえ……それで、不幸は救えそうなの?」
「それはまだまだわからないですね」
佐伯万里奈。彼女は私のポジションを奪いに来ている。私自身予想しがたい事態だ。
万里奈ちゃんの気に入った服と私が似合うと思ったものを一着ずつかごに入れる。ではレジに行きますか、というところで私は万里奈ちゃんを引き留める。私は諭すように、いや簡潔に言おうと決めた。言葉だけでは人間はすべて伝えることはできない。もしできるのならば記録というものがひつようなくなってしまうから。だから遠回しにしか言えない。でも、思うことが遠回しでも、言葉では率直に伝えようと思う。
「万里奈ちゃん。私は、佐伯征也が好き」
私は伝えた。これに、万里奈ちゃんはにこりと反応する。
「私も、お父さんのこと、好きだよ」
彼女は父親としての佐伯征也が好きなのか。そんなこと言ったら私もそうなるのか。彼をどう見るか。私には判断できない。万里奈ちゃんが本当の娘とはわからないからね。
でも……私は一旦退こう。まだ私は、ジョーカーでいい。
「じゃあさ、万里奈ちゃん。お父さんにちゃんと好きっていいなよ」
「えええ!?そ、それは……」
みるみる顔が赤くなる万里奈ちゃん、私はそれを見て思わずふきだす。
随分と純粋だね。
言葉にはしなかったけど、記憶にとどめておいた。私は万里奈ちゃんの手をとると、走って佐伯のところに向かった。
「佐伯、お金!」
「あ、そうだった。わり」
俺は一緒にレジに並び、金を払う。店員に買った服を受け取り万里奈は嬉しそうにほほ笑んでいる。
「それでこの後はどうする?って言いたいところだったんだけど、ちょっと用事出来ちゃったんだよね。誘っておいてほんと申し訳ないんだけどまた今度ゆっくりお願い!」
「ああ、全然大丈夫だぜ。妹の万里奈の服選んでくれてありがとな」
「ばいばい」
西島は手を合わせて謝ったかと思うとすぐにいなくなる。忙しいんだな。
とはいえもう時間的に夜か。帰って夕飯の準備して……ある意味丁度いい時間になるかもしれない。
「じゃあ万里奈、帰ろう」
「ねえお父さん……」
万里奈がいつもになく真剣な顔つきでこちらを見てくる。これには俺も身構える。まさか……例の不幸とやらか。
「お父さんは、西島のこと、好き?」
「……は?」
突然の万里奈からの質問に俺は拍子抜けする。西島のことが好き?っておい。なんだそれは。こいつ質問がストレートすぎるだろ。
「……好きとかはよくわかんねーけど、でも、話していて楽しいやつだとは思う」
何を万里奈に言っているんだ俺は。
「ふーん」
万里奈はさぞ興味なさそうに反応した。
一緒に帰ってからも家に帰ってからもなんだか万里奈は不機嫌だった。こんな時にこそ父親として力になってあげたい気もするが、どうしてやればいいかわからない情けない自分がいた。室内で無言の時間が続く。そして寝る前になって突然万里奈が話し出す。
「お父さんは、娘としての万里奈が好きなんだもんね。女の子としては、好きじゃないんだもんね」
万里奈は一人納得させるようにつぶやいた後、布団をかぶって寝てしまった。
『お父さんは、娘としての万里奈が好きなんだもんね。女の子としては、好きじゃない』
俺にはその一言は予想以上に重かった。突然家に自分の娘を名乗ってやってきた女の子。いくら娘と突然言われても俺も理解できなかった。でもそんな中でこうして過ごして、娘として万里奈は好きだ。でも同時に、異性としても……俺にはそこを考えることはできない。だって、万里奈は俺のむす……
俺の脳内では考えることはできない。俺はいつのまにか手にとった携帯電話で境に電話をかけていた。誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。いや、境にこそ聞いてほしかったのかもしれない。俺は耳越しに携帯をあてながら静かに家の前に出る。
10秒くらいだろうか。わりかしはやく境が電話にでる。
「はいはいーっと。どうしたせいちゃん?明日の宿題についてとかー?」
「あ、いや。そういうのじゃなくて、な」
「あ、わりかし重要な案件やったやつだな。わりわり。それで、どうした?」
「えーと。まあ変に思わず聞いてくれ」
「元から変に思ってるから大丈夫よー」
俺はうっせ、と一言すませてから話し始める。
3日前、自分の娘を名乗る万里奈という少女が訪ねてきたこと。自分が不幸になる未来を変えに来たということ。西島と合わせて3人ででかけてきたこと。そして、今日最後に言われた一言。全部話した。
「……っと、そんな感じだ。まあ普通これを聞いて信じろというのもおかしな話だな」
「おかしいおかしくないは別としてさ、未来からきたってのが嘘だとしたらせいちゃんは誘拐犯になるかまたはそういう詐欺にあっているかだよね」
「最初は俺もそう思ったんだ。でも……万里奈を信じたい。それに、俺がここにいるための理由にもなったんだ。俺の……新しい居場所ができたと思ったんだ」
俺はところどこる絞り出すように言う。しばし沈黙が続く。
「せいちゃんがそう思うなら、きっと大丈夫さ。その人はせいちゃんの、本当の娘さんなんだと思うよ」
「そうなのかな?」
「うん。だって、親であるせいちゃんがそう言うんだ。信じてあげたいって。娘のことを信じてあげられるのはこの世界ではせいちゃんしかいないんだよ、もっと頑張らなきゃさ」
携帯から聞こえる境の声。俺はいつのまにか頬に涙がつたっていた。
「……ああ、頑張るわ!ありがとな、境」
「これくらいおやすいごよーだよーせいちゃん!いやーでも僕も娘さん見てみたいなーねーね可愛いのー?」
う。これを言われるとキツイ。
「あ、ああ……正直、今日最後に言われたことで気づいたが、異性として意識してる」
「でも、親子だから耐えてる、と」
「そんなところだ」
「まあ同年代の女の子と同じ屋根のしただもんね」
「でも、ちゃんと万里奈を未来に返してやりたい。そのためなら、別れは覚悟の上さ」
「電話だから顔見えないはずなのにせいちゃんが輝いて見えるよ!あ、そうそう今日デパートに可愛い女子大生らしき人が……」
ここからは境がよくするまあいわゆる男子トークというやつだ。俺はいつもしぶしぶ聞いているが今日はしっかり聞いてやった。今日は俺からしたようなものだからな。
何分くらいたっただろうか。切りのいいところということで終わりにしよう、ということになる。
「あ、そうそうせいちゃん」
「なんだ?」
「僕は、せいちゃんの気持ちを応援してるから」
俺の気持ち。俺は夜の星を見ながら自分の気持ち。万里奈について考えるのだった。
俺と娘の共同生活は、まだ続く。
5日目
次の日の朝。万里奈の機嫌が昨日の一件で悪いことは明確だったので俺は早く起きて目玉焼きをつくっておく。まあそんなんでよくなることもないと思うけど、気休めだ。
「お、おはようお父さん!」
「え!?あ、ああ。おは……よう」
いつものように布団から跳ね起きたまではよかったがその後覚悟してた機嫌の悪さがない。一体どういうことだ。寝て忘れた、というやつか。
「あ、あのさ。私、着替えたいからその、洗面所借りる!開けちゃダメ!」
ドタドタと洗面所に入っていく万里奈。しかしまあ……
「何があった?」
思わず声に出ていた。それもそのはずだ。今までは着替えなんて堂々としようとしていたし着替えたとしてもあらわな格好が多かった。それがどこか顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。ってそれが当たり前なのか。
今までは寝てる間に襲ってもオッケーとか言っていたが、着替えも洗面所で隠れてしてくれるとは。おそらく俺を父親であり男として見てくれたのだろう。ん、今まではそうじゃなかったのか。まあいいや。父親として娘が成長してくれているのは素直に嬉しい。
いつものように朝食を並べる。着替えて洗面所から出てきた万里奈はすぐ座り食べだす。
さぞおいしそうに食べてくれるのだが、機嫌のいいついでに一つ確認しておきたいことがある。
「なあ万里奈。一ついいか?」
「ん?もぐもぐ、なあに、お父さん?」
「お前、俺の不幸を変えるとかいってたけど、最近どうなんだ?」
「……あ。う、うんもちろん警戒しているよ!」
「そうか。悪いなわざわざ未来からきてまで」
「お父さんのためならどこまでも!」
そう言ってにこりと笑う万里奈は本当に可愛い娘であり女の子だ。
万里奈は昨日から同じように学校にいけないのを残念がっている。一緒に学校か……万里奈の制服姿。少しドキッとしてしまう。娘の制服姿を見るまで死ねないって本当かも。
とりあえず今日はおばさんとこでアルバイトだから、終わったら帰りに何か買っていってあげよう。
「万里奈。今日は俺バイトだから少し遅くなる。買い置きしたのとかあるけど食いすぎるなよ」
「はーい」
万里奈は聞いていたのか聞いていなかったのか。どこか心ここにあらずだった。
学校での昼休み。相変わらずサバサバしている西島が机をくっつけてお昼を一緒に食べようと急に言い出した。まあ断る理由もない。承諾する理由もないが。
「へえ、佐伯結構いいお弁当じゃない!自分でやってんの?それとも万里奈ちゃん?」
「万里奈は料理は上手いが朝起きれないからな。基本俺だ」
「へーやるじゃん」
「そういう西島こそなかなかな弁当だと思うが?」
「ああ、これ?へへーん私がつくってるの」
西島と久しぶりにこうしてゆっくりと話した。一人暮らしなのでお弁当を自分で作っていること、カフェでバイトをしていること、赤色が好きなこと。たわいもない話もした。
西島はいつも俺の話を深々と聞く。正直大した話じゃなくてもそうだ。まあ悪い気はしないからいいんだけどさ。
「そうそう、今日佐伯の家で万里奈ちゃんも入れて3人で鍋でも食べない?私材料とか持っていくし。それにちょいとはっきりさせたいこともあるのよね」
「あ、ああ。でもバイトだから夜に頼む」
「まっかせといてー」
これを断ると後が怖いというかまあ断れるわけないんだが。それになんだよはっきりって怖いな。なので犠牲者に境を誘おうと思ったのだが残念ながら今日は学校を休んでいた。あいつにしては珍しい。
俺は学校が終わったあとおばさんとこで片付けのアルバイトをしてそれを終え、夕方に帰宅する。いつもの道を歩き家が見えてきたところで、急に前を歩く黒髪ロングの女の人に話しかけられる。スーツ姿の綺麗な女性だ。
「ああ君、そのだな。率直に聞くが未来って変えられると思うかい?」
「え……その、どなたですか?」
「ああ別に怪しいものじゃないんだ。ただね、ちょっと研究に行き詰っていて、庶民の意見を聞こうと思って」
よく見るとこの人確かに研究者に見えなくはない。急に話しかけてきて未来がどうとかって言うから正直あせる。万里奈のこと、じゃないよな……?
「その……変えられると、思います」
「おおそうか、ありがとう!」
そう言って女性は歩いて去っていく。俺はよくわからなかったが万里奈を待たせているので特に考えることなく家に向かう。
いつものように玄関をあけると万里奈は待ってましたとばかりに目をキラキラと輝かせる。
「おかえりお父さん!」
「ああ、ただいま」
俺は反射的に万里奈の頭を撫でていた。父と娘の、何気ない生活。この生活が続けばいい。そう率直に、素直にそう思え始めていた。
『悪いが時間がないんだよね』
何か聞こえたような気がする。だが、万里奈は特に何も気にしていない。ということは気のせいか。俺は靴を脱ぎ西島がくるための用意をする。
「万里奈。今日の夕食なんだが西島が鍋をつくってくれるそうだ」
「西島。まあ、いいよ」
万里奈も少しづつ慣れてきたようでよかった。とそんなこと思っている間にすぐドアをたたく音がする。
「こんばんはー西島だよー」
「はいよ」
俺はドアを静かにあける。そしてその瞬間、ドアの前にいる西島はこう言った。
「私は未来からきたあなたの娘です」
5日目。 強制終了
拍手の音がする。
「ほう。5日で片付けるとはなかなかじゃないか」
「教授のおかげですよ。本当に助かりました」
木目のテーブルが特徴のカフェでスーツ姿の女性と長い茶髪の二人がテーブルを真ん中にお互いコーヒーを飲んでいる。この二人以外に客はいない。いや、正しくは二人が揃っている。
「しかしまあ、最後に西島君まで巻き込むとは。そうでもしなくてもことはすんだんじゃないのかい?」
「いえ、西島がいてこそ変わるのですよ教授。彼女の存在はとても大きい」
「まあいいがね。しかしまあ、佐伯君は5日目で決断を迫られるのだからな。どちらが本当の娘か、とね。フフフ。本当の娘はこちらにいるとも知らずに」
「それはいいんですよ。あくまで二人はジョーカーです。最も、西島に限ってはジョーカーではなくハートのエース。万里奈、いえ黒川真里に限ってはクイーンといったところでしょうか」
二人が同時にコーヒーを飲み微笑を浮かべる。
「しかしまあ、黒川真理。まあ私の母は本当にわかりやすい。自らの母を亡くし頼るところがない状況で佐伯征也、私の父に対し娘を偽ることを提案しただけで、ああも演じることができるとは。いやはや。娘の私から見ても恐ろしいですよ。いくら演劇をやっていたとはいえ、ね」
「そういえば君は女だったね。まあそんなことはどうでもいい。それで、使ったのは役割理論か?」
「ええ、まあ」
「私から見るに佐伯征也自体がそれにより役割理論に乗っ取られ始めていた。自分は佐伯万里奈の父親である、とね。学生としてではなく父親の考え方になっていったわけだ」
「その魔法を解かすためには西島の存在が必要だったわけです。西島も父親という存在を欲していました。そして、佐伯征也が好きだった。彼女が自分が佐伯征也の娘と思いこむまでに時間はかかりませんでしたね」
「それで、せっかくだ。今回は君に全て任せただろ?解説をしてくれないかい?」
「教授の頼みとあらば、喜んで」
彼女ら二人は、お互いの目を見る。茶髪の方が、口をひらく。
「私の母、佐伯真理。まあこの世界では黒川真理ですね。今では佐伯万里奈とかいいだすときりがないので母に統一しますが、母は父と中学まで同級生でした」
「だから佐伯征也の誰にも言ったことのないくだらない秘密を知っていたわけか」
「はい。あれは私が教えたわけではなく、母自身が父から受けたものですからね。知らないわけがありませんよ」
茶髪の女性だったか。コーヒーをすすると淡々と言う。
「そこからはせっかくだ。謎解きをさせてもらおうかな。問題を出してくれないかい?」
カウンターに立つ少女にコーヒーのおかわりを頼み、教授と呼ばれる女性は微笑む。
「では失礼します。そうですね、ではなぜ未来の娘と思い込ませる必要があったのでしょうか。娘でなくても彼女ではだめだったのか、ということです」
「フフ。簡単な話だ。将来守る家族がいるのだと佐伯征也に自覚させるのと、自分自身の居場所をつくるためだ」
「さすが教授ですね。満点ですよ。まああえて付け加えるならば他の女子に目を向けることをなくすということも狙いにありました」
「それにしても、黒川真理は完ぺきというほどに娘を演じきっていたな。私自身驚くよ」
「彼女には『父親』という存在が潜在的にありませんでした。なのでこうありたい、こんな父親が欲しいという理想像はあったわけです。おそらく、ですが彼女には父親に甘えたいという感情もあったのでしょう。それに自分の母の死ということもあり精神的に不安定だった。私自身人間の潜在的な感情までは変えられませんから」
「そうか。まあでも、今回はこうして裏方にまわったわけだが、これもまた楽しいものだな。いい経験をさせてもらったよ。境君。いや、佐伯鏡花、と言うべきかな」
少女から渡されたコーヒーを静かに飲んでいく教授と呼ばれる女性。そのせいかこの空間は静かすぎて空気の音まで聞こえてきそうである。
「まあ私たちはカミのつくったシナリオの中でしか生きられませんし。コウカイしたところで何も始まることもないし、終わることもありませんからね」
「そうだな。ある意味本当に佐伯万里奈を存在させることもできるし佐伯征也を本当に父親にすることもできる。便利なものだな」
「ですね」
「……フフ。佐伯征也の不幸って、実は私たちに会ったことかもしれないな」
しかし彼女らの上には、更に人がいるということを忘れてはいけない。
完