9. 懐かれました Part3
女王ミシェルは、ニタリと満面の笑みを浮かべた。
目の前で倒れているエリー達を見下ろし、満足そうに隣に座るレッドドラゴンの頭を撫でる。
「この子、私の事が大好きなの。精霊達に嫌われているのに、魔物には好かれるなんて、女王ではなくてまるで魔王ではなくて?」
クスクスと楽しそうに笑いながら、女王ミシェルは言葉を続ける。
金色の目をギラリと光らせ、エリーの隣に佇む男を睨み返す。
「貴方にはがっかりしたわ。魔物を呼び寄せ、魔物の声が聞ける貴方なら、私側だと思ってたのに…”魔憑”はやっぱり半端者な証拠ね。ねぇ、ゲイン?」
怒りで震えるゲインが俯くと、うなじ辺りで一本に結ばれた漆黒の髪が流れた。
「第一王女殿下!!お下がり下さい!ゲイン、早く王女を避難させろ!」
騎士団長のマードナーは、あらん限りの声で叫んでいたが、ミシェルの耳には届いていなかった。
木漏れ日の中で、赤い鱗がキラキラと反射する様にうっとりしながら、ミシェルはレッドドラゴンにゆっくりと近づいていく。
突然現れたレッドドラゴンに辺りは騒然としていたが、ミシェルだけはこの展開を読んでいた。
(流石は”魔憑”、彼がいれば魔物が寄ってくる事は知っていたけど、まさかこうも簡単にドラゴンが釣れるとは…)
「おいっ!危ねぇからそれ以上近づくんじゃねえ!」
後ろから肩を掴まれ、ぐいっと引き戻される。顔色が悪いゲインを見て、ミシェルは「あぁ」と思い出した。
「会えた喜びでうっかりしてたわ。さっ!早く私の思いを伝えて頂戴!」
「…は?」
「そうね、『私と友達になって欲しい』と、伝えてくれるかしら?」
「伝えるって…」
ゲインは戸惑いながらも、その爛々としたミシェルの瞳から目を離す事ができずにいた。
「貴方の魔憑の能力は素晴らしいものだわ、あの子と友達になれるのかもしれないのよ?もしこのチャンスを逃したら、私、ゲインに嫌がらせするかもしれないわ」
「…俺が、魔憑だから国外追放でもすんのか」
「寝ている時にちょっとずつ目薬をさされる」
「地味だな!」
「お願い、力を貸して?交渉が決裂したら、私の力不足が原因よ」
ミシェルの言葉に、ゲインは大きく目を見開く。
騎士団長しか知らない”魔憑”の事を知っていることは不思議だったが、それを知っているのに非難するどころか助力を求める王女の姿に、ゲインは胸が震えた。
今まで過ごしてきた18年の中で、魔憑である自分を受け入れる発言をしてくれたのは、騎士団長マードナーに次いで目の前の少女が2人目だったのだ。
ゲインの表情を見ていたミシェルの口元が釣り上げられる。
先ほどまで戸惑いを見せていたゲインの顔が、何かを決意した表情へと変わる。
「伝えるだけでいいんだな?」
「それでいいわ」
ゲインはレッドドラゴンに向き直ると、深呼吸したのち、口を開いた。
咆哮とも取れる声が、ゲインから発せられると、泉の奥でこちらを警戒していたドラゴンがゲインとミシェルの姿を捉える。
訝しむようにこちらを見つめるドラゴンに、ミシェルはすっと前に出て仁王立ちになる。
「おすわり!」
怒鳴ったわけではないのに、ミシェルの澄んだ声が辺りに響いた。
周りにいた団員達はギョッと目を見張る。
ドラゴンに対して、犬のような扱いをする王女の姿に驚いたが、それよりも、目の前の光景に目を奪われた。
凶暴と言われたレッドドラゴンは、背筋をピンと伸ばし、腰を下ろして”おすわり”していた。
「よーしよし、いい子ね」
ドラゴンの側に近寄ったミシェルが手を挙げると、その意味を理解したかのようにドラゴンが頭を垂れる。
ミシェルが硬い鱗を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしてうっとりと目を閉じるドラゴンの姿がそこにあった。
「…ミシェル様」
恍惚の表情のゲインの口からぽつりと溢れた言葉は、ドラゴンが懐く様子と同様に、団員達に衝撃を与えることになった。
やっと懐きました。