8. 懐かれました Part2
先頭で馬を走らせる事数刻、マードナーは二度目の休憩を入れるべく、後方にいる団員達に手を振って合図を出す。
ゆっくりと速度を落としつつ、森の中で開けた空間にある泉の近くを休憩場所として選んだ。
手綱を手短な木に結び、マードナーはミシェルを探す。
当初は自分の馬に乗せようとしたのだが、丁寧に断られ、ミシェルは迷わず別の団員を指名していた。
少し離れた場所で、丁度、相乗りしている相手がひらりと馬から降りた所が目に入る。
「お手を、お借りしてもよろしいかしら?」
先に馬から降りた青年に対して、ミシェルはニコリと微笑んでみせる。
青年は、チラリとミシェルを見た後、渋々といった様子で降りるのを手伝ってくれた。
「ありがとう、ゲイン」
「別に…」
演習場で一目見た時から、間違いないと目星を付けていたが、自己紹介をした時にミシェルは確信した。
彼は”聖乙女戦争”の攻略対象、ゲイン・ベルートスであると。
漆黒の髪に、紫色の三白眼。短髪という髪型だけが、少々ゲームのスチルと異なっているが、それは2年後がゲームの舞台とされているからだろう。
今の彼はまだ18歳であり、顔つきもまだ幾分か幼さが残っている。
第一王女殿下に対して、ゲインの態度は不敬極まりないものだった。
演習場でのミシェルの自己紹介に対して、ゲインは素っ気なく「あぁ」とだけ答えるとそれをマードナーが窘め、無理やり名前を名乗らせた。
馬での移動の際は、ミシェルがゲインと共に乗りたいと申し出ると、思いっきり顔を顰める始末である。
初めて会ったミシェルに対し、明らかに嫌悪を露わにするゲインに、ミシェルは構わず話しかける。
ミシェルにとっては、ゲインはエリーの攻略対象者であって、悪役女王とならない場合、害をなす存在ではない。
今は彼の能力を是非とも発揮して貰いたいが為に、彼の態度については全く気にしていなかった。
「第一王女殿下、水の加護持ちから貰ってきましたので、どうぞこちらをお飲みください」
爽やかな団員が、水の入った皮袋を差し出してくれる。
お礼を言って受け取ると、爽やかな団員は会釈をした後、ゲインにも同じものを手渡し、すぐ様他の団員にも配りに走っていった。
ミシェルがチラリと横目でゲインを見遣ると、彼は皮袋を見つめながら不満そうな表情を浮かべていた。
「騎士団に水の精霊の加護を授かっている者がいると、遠征時には重宝されますね」
「…そうっすね」
「騎士団には、他にも加護を授かってる方がいらっしゃるんですか?」
「…そうっすね」
「それはとても素晴らしい事ですね、皆さん、精霊に好かれてるのかもしれませんね」
大袈裟な感動を一方的にゲインに伝えていると、彼は分かりやすく不機嫌になり吐き捨てる。
「なら殿下は、うちの団員達よりもよっぽど好かれてんじゃないすか?王族なら、上位の精霊から加護を受ける事だってあんだろ、何をそんなに褒める事が…」
「好かれていませんよ」
噛みついてきたゲインの言葉に、ミシェルはさらりと否定を述べる。
正面からゲインを見据え「むしろ嫌われてます」と付け加える。
疑って信じないゲインを納得させる為、先程話に出た水の加護持ちの団員を呼びつけ、精霊を呼び出してもらう。
案の定、ミシェルを見た精霊達は、口々に「嫌い」だの「寄らないで」だの、好き勝手に言い放ったのち、出てきた時と同じく、ぽんっという音を残して姿を消した。
水の加護持ちの団員は、凄い勢いでミシェルに平謝りし、青ざめた顔のまま他の団員に運ばれていった。
「まぁ、物好きな精霊さんもいまして、加護を授かりはしましたが、大抵の精霊達はあの反応ですし、今後も、上位の精霊の加護を得る事は無いと思います」
ミシェルと精霊のやりとりの間、始終驚愕の表情を見せていたゲインは、「無い」というミシェルの言葉に、若干の反省の色を浮かべていた。
本当に分かりやすい彼の表情や態度に、ミシェルはむしろ好感を持つ事が出来た。
「俺も…加護持ちじゃねぇ」
(知ってます)
重々しく口を開いたゲインに、心の中で即答する。
「王族なのにあの嫌われようは…辛かったなお前も」
同情の目を向けてくるゲインは、出会った当初よりかなりミシェルに対して打ち解けてくれたようで、態度が軟化している。
「ええまぁ。ですが、私は精霊よりも仲良くしたい方たちがいる事に気付きましたので、今は気にしてません」
ゲインがミシェルに「それは誰か?」と問いかけようとした瞬間、ドーンッ!という凄い衝撃が地面が揺らした。
木々がバキバキと折れる音が辺りから鳴り続け、休憩していた全員が慌てて臨戦態勢を取る。
ミシェルが見据える先には泉があり、その奥からどんどん音が近づいてきていた。
林の中から、ぬっ、と現れたドラゴンは、全身が真っ赤な硬い鱗に覆われ、鋭い真っ黒い瞳をこちらに向ける。
見たもの全員がすぐに、ドラゴン種の中でも凶暴さで一二を争う、希少種のレッドドラゴンであると理解して一気に緊張が走る。
揺れで倒れそうになるのを耐え、ミシェルだけは満面の笑みを浮かべた。