5. 決意しました
ミシェル・アルトリアは悩んでいた。
前世の記憶を思い出したお陰で、相変わらず見る悪夢に、魘される事がなくなった。
むしろ夢の映像は、これから起こる事全てが分かる予知夢みたいなもので、乙女ゲーム2週目の感覚で少し得した気分でもある。
昔から見続けていた悪夢の事から、前世の記憶を思い出す片鱗が見えていたのではと思われる。
勿論、完全に思い出したのは、″聖乙女戦争″の主人公エリーを見かけた事がきっかけだったので、彼女に感謝しなければならない。
悪夢を見ていたとしても、前世を思い出す事がなければ、″悪役女王ミシェル″になっていた可能性もあるのだから。
女王ミシェルとしての運命を歩むことを辞める事で、将来断罪される事を回避したかったのだが、謁見した際に告げられた言葉が気にかかり、のんびりする筈のお茶の時間に、うーん、と頭を悩ませていた。
「ねぇ、エリザ。ライオットが新たに受けさせられている教育って、私が幾つの時に学んでいたものかしら?」
「ミシェル様が10歳の時です」
「あまり難しいものではなかったわよね?」
「ミシェル様は2年かかりました。女王教育と併せて一般教育も並行して受けていらっしゃいましたので」
ミシェル専属侍女のエリザは、淡々と質問に答えていく。
ミシェルが受けていた一般教育とは、一般的な知識やマナー、淑女としてのダンスや刺繍、振る舞い方などである。
それに対して女王教育とは、国に関する事柄全てが当てはまる。
経済や政治、更には公務と外交までこなさなければならず、つり目で顔色が悪かった当時のミシェルは、化粧で必死に顔を作り、ひきつるほどの笑顔で乗り越えていた記憶があり、その少々辛い思い出に眉を顰める。
「ライオットも今まで頑張って通常教育を受けてきたんですもの、なら今は国王教育のみに集中すれば2年以内に終わるわよね?」
エリザをチラリと上目遣いに見れば、無表情のエリザが口を開く。
「ライオット様は、少々物覚えが悪いらしいと教師が漏らしていたのを聞いた事がありますので、通常教育自体の進捗も宜しくないかと」
「え″?」
王女としてあるまじき声を上げてしまった事に咳払いをして誤魔化し、ミシェルは口元に手を当てぐるぐると考え込む。
(ライオットて、そんなにバカな王子様キャラだったかしら?確かに俺様キャラだから人の言う事を素直に聞かないし、周りを振り回すのは通常運転だったけれど、姉に「自分の力で〜」云々の豪語は一体何だったの?バカなの?……そうか、バカなのか)
そこまでの結論に至って、ミシェルは思い切りため息を漏らす。
自分が辞めると言いさえすれば、回避出来ると思っていた甘い考えを戒めるように、両手の拳をぐっと握りしめる。
女王に選出されないように、何か次の手を打たなければ。
新たな決意のもと、景気付けにカップに入った紅茶を一気にあおった。
カチャリ、と音を立てて戻したカップの側に置いてあった読みかけの本に気付き、ミシェルは目を見開く。
「こ、これだ!!」