2. 辞退しにきました
「今、何と言いましたか?」
アルトリア王国の女王であるサーシャリア女王は、聡明な王として讃えられていたが、目の前の娘に言われた言葉を理解出来ずに聞き返した。
「私は、女王にはなりません。王座は弟のライオットに譲ります」
謁見の間の中央で、背筋をピンと伸ばしたミシェルのはっきりとした言葉が響く。
何故か晴れ晴れとした顔で告げる娘に、階段上に位置した椅子に座りながら、サーシャリアは動揺を見せない様、押し殺した声で答える。
「理由は?」
「私は王の器ではございません。ですから、王に成ろうと努力してるライオットの方が相応しいと思います!」
庭で決意したその後で、ミシェルはすぐに女王との謁見を申し出た。
エリーが退出した後なら、日々公務などで忙しい女王達もそこに居るだろうし、何よりもミシェルの決断力と行動力がモノを言わせた。伊達に女王教育を受けてきてはいない。
サーシャリアはしばし押し黙った後、横に座る王配のマーティスをチラリと見遣る。
こちらも同じく、何とも言い難い表情で黙ったままだ。
それと言うのも、これまでミシェルが両親に対して意見してくる事自体が少なく、いつも何かに怯えるような大人しい性格だったからだ。
まるで別人のような娘の姿に、驚きよりも不安が大きく、何と言ったらいいものかと思考を巡らせていた。
先ほど2人が出会った”聖なる乙女”の件で、喜びよりも不安が大きかった事も影響している。
アルトリア王国は、精霊達と共存して栄えた国である。
精霊の加護を得た人々の力によって栄え、”聖なる乙女”は、その加護が強い者が選ばれる。
エリーと名乗った少女は、15歳にして上位の精霊の加護を受けた者だった。
精霊の力が強ければ強いほど、受けた加護の恩恵で使える力は絶大だ。
しかし、それと同時に危惧しなければならない状況が生まれてしまう。
”聖なる乙女”が現れた時に、国に災厄が忍び寄っている。その救世主が”聖なる乙女”である。
昔からの言い伝えではあるが、これを体現したのが、現女王であるサーシャリアだった。
エリーが現れた事も、ミシェルが別人の様に振る舞う姿も、女王と国王は、何かしらの影響なのではと思わずにはいられない。
「器ではない、というのは、貴方の加護に対してのことですか?」
重々しく口を開いたサーシャリアの言葉に、ミシェルは頭の中で疑問符を浮かべたが、すぐに思い至って、「はい」と返事をした。
王族であれば、誰しも強い精霊の加護を受けて生まれてくるのだが、悪役女王であるミシェルには、ほんの小さな加護しか見受けられなかった。
(悪役女王が、精霊に好かれてる方がおかしいのよね)
酷く負い目に感じていた事だったが、今のミシェルにはどうでもいい事に思えた。
それでも、女王になりたくない理由を、両親が勝手に解釈してくれた事を利用しない手はない。
「…簡単に、王位を放棄する事を認める事は出来ません。貴方にはそれだけの資質があるのですから。」
「そうだよ。ミシェルが今まで女王教育を真剣に取り組んできた事は、周りの皆が分かっている事だ」
サーシャリアの言葉に、それまで黙っていたマーティスも続く。
予想していた反論に、ミシェルも負けじと言い返す。
「”聖なる乙女”が現れたと聞きました。それならば、王族として国の上に据える人物は1人ではありませんか?」
ミシェルの言わんとしている事に、女王と国王はハッとしておし黙る。
国に訪れる可能性がある災厄に備えるのならば、精霊の加護が弱いミシェルではなく、強い加護を受ける弟のライオットの方が最適である。
ゲームのシナリオならば、加護が少なくても女王になる野望を抱いた悪役女王ミシェルが王位を譲らないのだが、他の者はライオットを王座に就かせたがっていたと記憶している。この両親も同じ思いだった筈だ。
「分かりました」
サーシャリアの言葉に、ミシェルはパッと顔を輝かせる。
「これからはライオットにも、王となりえる教育を施します。どちらが王座に就くのかは、2年後の就任の儀まで保留とします!」
それは、女王たる威厳に満ちた発言であり、少々圧倒されたミシェルは、それ以上反論する余地なく、渋々了承する事しか出来なかった。
11/23:年齢を修正しました。