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悪役女王は辞退します  作者: 秋田ひかり
19/20

19、以心伝心とはこの事でした




「お兄様、疲れてませんか?」


「お前こそ疲れてないのか?こんな事について来なくて良かったんだぞ?」


「いいえ!お兄様を危険な魔物の側に行かせるなんて、いくら国の依頼だとしてもこのラフィラが許しませんわ!」


「ラフィラ…それは俺のセリフだよ、可愛い妹よ」


口から砂糖を吐きかねない勢いの甘いやり取りが繰り広げられているが、兄妹を止める者はいない。

ガタゴトと揺れる広い馬車の中、ミシェルは窓から外の景色を眺める事に専念した。


旅装用の膝丈ブーツは、蜜でドロドロに汚れ蟻がたかり、水でぐっしょりと濡れた髪は、隣に座るエリザがせっせと拭いてくれている。


前世の記憶を思い出し、王位も放棄申請中で、逃走経路も確保したミシェルは、ここに来てまさか攻略者と一緒にいるとは思ってもみなかった。

ゲインはその特性から学園には入学しないし、ベイドナーは不可抗力である。

そして目の前のこの男、ロルフ・ウェルツは、現在16歳の為まだ学園には入学していない。

今はまだ会う必要はなかったのに、ベイドナーの提案でここにいる。


″時の精霊″の加護を持つ彼は、その他にも色々な加護の恩恵を受けており、エリー並みに精霊に愛されている存在だ。


金髪の髪は横でひとまとめに結ばれ前に垂らされている。眉目秀麗な容姿と伯爵家の跡取り息子とくれば、女子の人気はうなぎ上り。

女の子に対して優しくもキザな態度で、プレイボーイなキャラは、プレイヤーから『チャラ男』と呼ばれるポジション。


甘いセリフとシナリオに「恥ずかしい!」と悶えながらも落ちるプレイヤーは数知れず。

しかしながら、前世のミシェルはそれに含まれない。

臭すぎるセリフに鳥肌が立ち、とりあえず全キャラコンプリートの為に仕方がなくクリアしたキャラであった。


(だって、シナリオが好きになれなくて)


そう、グリフォンに精霊を殺されて起きるエリーの男前イベントは、ロルフのルートである。

この男、あんだけ学園の女子を虜にしておいて、実は女嫌いである。

精霊に愛されるが故に精霊を愛す男。

そして、女嫌いに拍車を掛けたのがその妹であるラフィラ・ウェルツ。


兄に近寄る女子を千切っては投げ、千切っては投げ、エリーの事も苛め倒す始末。

目の前で繰り広げられるキャットファイトに嫌気が刺して、甘い顔は見せるものの腹の中はドロドロに真っ黒なロルフだ。


そして今、ミシェルの惨状もロルフとラフィラによるものである。


魔物から好かれ精霊に嫌われるミシェルは、ロルフの周りを飛ぶ精霊に「近寄るな」と嫌がらせをされ、ラフィラからは兄に迷惑をかける女として精霊をけし掛けられた。


王女である私に、嫌がらせなんて極刑にも値するが、しでかしたのは精霊である。

罰を与える事も出来ない。

ミシェルも、甘んじてそれを受けて訴えず、今は遠い目で景色を眺めていた。


(ベイドナーから学んだのだ。私は関わらないと…アクションを起こしてはいけない。無よ、無になるのよミシェル)


とりあえず帰ったらポチを仕向けようと画策しつつ、ミシェル一行は、グリフォンの目撃情報があった場所へと向かっていた。


ポチに跨がれば一日で済む距離だが、ロルフ達がいる為馬車に乗り、行きに一日。帰りに一日。なんやかんやで二泊三日の旅である。


今は途中にある町まで向かい、そこでまずは一泊だ。

早くお風呂に入りたい。一刻も早くこの兄妹から離れたい思いで、ミシェルはふぅ、とため息を漏らす。


「大丈夫かい?ミシェル様」


「ーーっ大丈夫です。お気になさらず」


突然のロルフからの問いかけに、ミシェルはなるべく平静な声を出すよう努力した。


「ごめんね、精霊達がまさかあんな行動に出るなんて。俺は止めたんだけど」


(嘘をつけ!嘘を! 知ってるんだからねこの腹黒!途中から面白がってたでしょう)


「お兄様が謝る必要ありませんわ、精霊がした事ですもの、お優しい王女様なら許して頂ける筈ですわ」


刺のある言葉に、いつもは無表情なエリザのこめかみがピクリと動くが、またミシェルの髪を乾かす為に手を動かす。

相変わらず優秀な侍女である。


ウェルツ公爵は、この国の軍事を担っている立場だ。余計な争いは避けたい。


(大丈夫よエリザ、帰ったらポチの他にうちの子にも水鉄砲をこっそり依頼するわ)


「それにしても、可愛らしい王女殿下からの依頼がまさか魔物の捕獲とは…なんであんな汚らわしい魔物なんかを」


「汚らわしい、ですか」


「そうだよ。精霊と共存するアルトリア国に生まれたのに、わざわざ魔物とお近づきになりたいと思う者は少ないだろう? ベイドナー先生は例外だけどね」


人間を襲い、脅威を奮う魔物の存在は、この国では受け入れられていない。

しかし、あんなにも美しい魔物を一概に汚らわしいとはこれいかに。

精霊とは異なる美しさに気づけないとは、ロルフもまだまだだな、と勝手に生暖かい目をしたミシェルを、訝しげにロルフが見る。


「貴方が精霊を好きな理由と同じです。何者にも屈しないとする思考は、精霊も魔物も大差ありませんわ」


幼子に諭すように語ってみせたミシェルは、馬車が止まった事に気づき、窓に視線を戻す。

夕陽に染まった空の下、どうやら町中に入っていたようだ。


馬車が止まると、すぐさまドアが開き、ゲインが顔を覗かせる。


「ミシェル様、着きましたよ」


エスコートしようと手を伸ばしたゲインの前に、ロルフが先に馬車を出る。

ムッとしたゲインには構わず、先に降りたロルフがミシェルに手を差し出す。


「お手をどうぞ、可愛いレディ」


パチン、と片目を瞑りウインクして見せるロルフに、ミシェルは叫び出したい衝動をグッと堪え、培った女王教育のもと、薄ら笑みを浮かべる。


「夕食に、甘い物はいらないわ」


「…私もです」


降りる一瞬、エリザにボソリと告げ、エリザも大きく頷いてくれた。

本当に、優秀な侍女である。



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