18、不穏な気配がしました
『厄災って、なんですか?』
エリーが恐怖に震えながら声を絞り出す。
目の前に立つ女王は、この場の雰囲気に似つかわしくない間延びした声でクスクスと笑う。
『なにかしらねぇ?』
『…ご自分のお母上を、前女王を殺したって本当なんですか? あれは事故じゃなかったんですか』
『そんな事誰が言ったのかしら? ねぇ、落ちこぼれ精霊さん、貴方はご存知?』
女王の隣に並ぶグリフォンの鋭い爪が、押さえつけている一匹の精霊の体にゆっくりと突き刺さる。
痛みに耐えるように、精霊がくぐもった呻き声を上げた。
『やめて!その子に酷い事しないで!』
『私の精霊をどうしようが貴方には関係ないわ。役立たずで力も無い、そんなの存在する必要は無いわ』
『役立たずじゃないです!その子はーーなんですよ、どうして信じてくれないんですか』
『精霊に嫌われてる私が、精霊のなにを信じろと?』
『″聖なる乙女″……逃げっ……』
ビチャッ、と弾け飛ぶ音が耳に飛び込んでくる。グリフォンが機嫌良さそうにグルルと唸ると、女王は満足そうにグリフォンの頭を撫でた。
『私には時間が無いの。エリー、グリフォンの牙と爪、どちらが痛いのかしらね?』
一歩、また一歩と歩み寄るグリフォンに、エリーは足が震えて動けない。
『ーー私が、何とかしないと』
エリーが決意にぐっと拳を握ると、廊下の奥からこちらに向かって誰かが叫んだ。
(エリーったら、マジ男前)
最終局面を迎えた″男前イベント″は、とあるフラグを担っている。
「私が何とかする」を選択すると高感度アップ。「誰か助けて」でバッドエンドフラグ。
ただし、その前の精霊が殺されてるか否かでその選択肢も変わってくる。
久々に思い出した記憶は、何故だかぼんやりとしていて、何のイベントシーンだったのか思い出せない。
(誰のルートだったかなぁ)
ふと、頭上の淡い水色の光を放つ1匹の精霊がぶんぶんと飛び回るもんだから書類から顔を上げてそちらを見遣る。
「ミシェル、いつでもいいよ!″ミスデッポウ″で君を守るよ!」
やる気満々の精霊は、私が幼い頃に加護を与えてくれた良い子である。
特訓して、今なら対象に大量の水をぶっかける事が出来る様になった。掛けられると、ちょっとスースーする位なのだが。
ミシェルは頷いて、目の前の人物を眺める。
庭で、ポチの手で拘束されて地面に転がされている彼は、とても良い笑顔である。
「ニクス先生、資料どうもありがとう」
「とんでもございません!ミシェル様の為なら、地の果てまでも探しに行ってみせますから!」
相変わらず、頬を染めて話すベイドナーにうんざりしながら、ミシェルはベイドナーから渡された資料に目を通す。
ベイドナーから、指定した魔物の情報が届いた今、その報告を受ける為にこうして会う事を決めたのだが、布陣は完璧である。
ポチに押さえておいて貰えれば会話可能。
いざと言う時は、精霊の水鉄砲で怯ませて逃走する。
周りにいる面々は「うわぁ」と残念な物を見る目でこちらを眺めているが、気にしてはいけない。
「グリフォンの目撃情報はこれだけかしら、ちょっと遠いけど…ポチなら一日もあれば行って帰ってこれるわね」
ベイドナーに調査を依頼していたのは、女王ミシェルも側に置いていたグリフォンという魔物だ。
鷲の上半身に、ライオンの下半身を持ち、鳥の王、獣の王として君臨する姿は、美麗なイラストで前世の私を虜にした魔物である。
(やっぱり、ポチの次はミケでしょう)
「グリフォンは気性が荒いので、ゲイン君の魔憑の特性があっても、まずは会話するまでが大変かと思われます」
「そうねぇ」
ベイドナーの指摘にミシェルも、うーん、と唸る。
女王がグリフォンを手に入れた際の描写は無かったし、魔物に好かれると言っても、果たして思惑通りに懐いてくれるかは、やってみなければ分からない。
ポチの時は女王が愛されている事が分かっていたし、手に入れる過程も知っていた。
学園入学後、森での演習で出現したレッドドラゴンを女王が手懐けてしまったのだ。
それで学園中に女王が魔物と心を通わせる事が出来る魔憑なんじゃないかって噂が出始める。
そんな事はないのだけれど。
「会話が可能になるように、まずは動きを止める事が重要ではないかと思いまして」
「うん?」
ポチがベイドナーにじゃれつき、服をビリビリと破いているが、ベイドナーはそれに構わずむしろ嬉しそうに、銀縁眼鏡が外れ掛けたとびきりの笑顔でミシェルに言い放つ。
「来年から私の教え子になる子がおりまして、強い精霊の加護を得ています。珍しい時の精霊でして、グリフォンの捕縛にも持ってこいかと!」
「………うん?」




