11. 突撃されました
とある日の昼下がり、授業を終えた一人の教師は、学園長に呼ばれて学園長室に来ていた。
神妙な面持ちで、口元に蓄えた髭を撫で付ける学園長は重い口を開く。
「ベイドナー先生は、確か魔物学専攻でしたよね?」
「はい」
魔物の研究を続ける事が出来るように、教師として働く事を勧めてくれたのは他でもない学園長なのだが、何故今、専攻を聞かれているのか、ベイドナーはさっぱり分からなかった。
「ドラゴン、の研究とか、どう思いますかね?」
酷く言葉を濁す学園長を訝しむも、ドラゴンという魔物に想いを馳せる。
「滅多に出会えないですからね、いつかは研究対象として迎えたいとは思ってます」
ベイドナーの言葉に、学園長はパッと顔を輝かせる。ついでに薄くなった頭も汗が光って輝いていた。
「でしたら!ええ、それはもう、ピッタリなお話がありまして!ベイドナー先生に是非ともお願いしたいのですが!」
先ほどとは打って変わった学園長の話を聞いている内に、いてもたっても居られなくなったベイドナーは、最後まで聞き終わらないまま、学園長室を飛び出していた。
「嫌です」
宰相の言葉を、ミシェルはきっぱりと拒絶した。
「王女殿下、先ほどから申しておりますように、理由をお聞かせください。」
「嫌です」
取りつく島も無い問答に、国の宰相のセギルスは、何度目かのため息をついてその端正な顔立ちの手で覆う。
優秀でもの静かだった第一王女の初めての反抗期に、どうしたものかと頭を悩ませていた。
ミシェルは、セギルスからポチに関して相談されていた。
庭で飼う事は納得してくれたものの、やはり魔物の中でも未知なレッドドラゴンに対して、そのままという訳にもいかず、セギルスから「ドラゴンの研究をさせて欲しい」と打診があった。
それに対してはミシェルも、魔物の事がもっと知りたいという思いもあり了承しようとしていたのだが、セギルスから研究者の候補の名前が挙がると、「嫌です」の一点張りを貫いていた。
候補者として挙げられた、ベイドナー・ニクスは、アルトリア国にある『聖ルクセント学園』で教師を務めている。
様々な科がある中で、ベイドナーが教えている魔物学は、騎士団志望の若者が多くの割合を占めていた。
べイドナーみたく、魔物が好きでこの学科を選ぶ生徒は殆どいない。
17歳で入学し、その優秀過ぎる頭の良さから一気に飛び級を果たして卒業した後は、魔物の研究を続ける為に、異例の18歳という若さで学園の教師として働く事になった。
現在26歳となったベイドナーは、未だ研究を続けている。
そして彼は、攻略対象者である。
王位も放棄し、もしもの事態に備えてレッドドラゴンを手に入れたミシェルとしては、これ以上攻略対象者と交流を深める理由も無い。
しかし一番の理由は、ベイドナー本人にある。
前世の記憶の中で、トラウマになりそうランキングの上位に位置するそのイベントは、ミシェルは思い出すだけで鳥肌が立つ。
エリーがベイドナールートのバッドエンディングを迎える事で、唯一、悪役女王が生き残るルートである。
ただし、内容はとんでもなく酷い。
断罪されたのち、殺されそうになるミシェルを庇うベイドナー。
それを見たエリーは、何と優しい人なのだと感動するのだが、ベイドナーの目的は別にあった。
「私は魔物が好きです。魔物に好かれる女王様はとても羨ましい…どうして貴女みたいな人が好かれるのか。その理由を私が研究してあげますね」
顔にかかる銀髪を耳にかけ、女王の耳元で囁くスチルが、真っ赤に染まるゲーム画面を見せられ、プレイヤーとして攻略してたキャラの裏の顔に「エリー逃げて!超逃げて!」と叫ばずにいられなかった。
そして今は、その当事者である。
エリーが関わっていなくとも、変な性癖を持っているベイドナーを、ミシェルは拒否らずにはいられない。
「ミシェル様」
「嫌で…、なんですかエリザ」
拒否し過ぎて、うっかりエリザの呼びかけにも拒否しそうになるのを押しとどめ、ミシェルは扉の外から部屋の様子を伺うエリザに視線を送る。
「ミシェル様にお客様です」
「お客様?」
訪ねて来る人など思い当たらないミシェルは首を傾げる。
その瞬間、エリザが顔を覗かせていた扉が勢いよく開け放たれた。
突然現れた男に、ミシェルは王女としてぐっと悲鳴を飲み込む。
「第一王女殿下!是非、私にレッドドラゴンの研究を!!」
銀縁眼鏡と、肩にかかる銀色の髪をキラリと光らせ、ベイドナー・ニクスは子供のような無垢な笑顔をミシェルに向ける。
ヒクヒクと頬を引きつらせ、ミシェルはくるりと背を向けて一目散にテラスへと走った。
「ゲイン!早く、ポチを!逃走経路の確保を〜っ!」
テラスの手摺りから体を乗り出し、ミシェルは庭にいるゲインに叫び、助けを求めるが、すぐさまセギルスに取り押さえられ、逃亡計画は未然に防がれる事となった。




