10. 涙目で訴えられました
ミシェルが帰還すると、王城は大混乱に包まれた。
空を飛んで追随してきたレッドドラゴンの存在に、悲鳴を上げ気絶する者や、逃げ惑う臣下達を宥めるのに丸二日かかってしまった。
「疲れたわ…」
広い庭で、テーブルに突っ伏しながらミシェルは呟く。
その隣では、エリザがミシェルの為にお茶の準備をしていた。
「まぁ、あれが普通の反応っすよね」
ミシェルの側で控えていたゲインが、一人うんうんと、頷いている。
ミシェルの説得と共に、騎士団長とゲインはレッドドラゴンの警備と監視を申し出てくれた。
そのお陰で、今城の庭にはレッドドラゴンが悠々と寛いでおり、その監視役としてゲインが城に常駐する事になった。
「ゲイン達が協力してくれなかったら、ポチとの作戦が早まるだけだったけれど。協力してくれてありがとう」
もし、ライオットが国王として認められなければ、ミシェルはレッドドラゴンに跨り逃亡する計画を立てていた。
馬車で逃げるよりも確実に早く、空を飛んで逃げれば追手を撒くのに最適だと考えてのドラゴン探しだった。
「ポチ?」
聞きなれない単語に、ゲインは首を捻る。
その質問に対してミシェルはテーブルから顔を上げる。
「あの子の名前よ。レッドドラゴンって長くて呼びづらいし、犬みたいだから」
「犬ではありません姉上!!」
声のした方へ顔だけ向けると、ライオットがわなわなと震えながら立っていた。
ミシェルはゲインをチラリと見遣ると、何とも分かりやすく顔を顰めている。
監視役を申し出された際、この弟はゲインに対して「魔憑」を非難する発言を繰り出し、早々に嫌われていた。
魔憑の存在は極めて嫌悪されるものだ。
そもそも魔憑とは、生まれた時から魔物と心を通わせる事が出来る人の事だ。
精霊の恩恵を受けるこの国が、魔物と相容れないのは明白であり、魔憑だと分かった人は迫害を受けたりする。
同じ国民として、国は魔憑を保護する責務を負う為、ライオットの発言は王族としてあるまじき態度だ。
だが今回の件は、国の要である城に、魔物と魔憑を同時に引き寄せたミシェルの行動を引き止められなかったマードナー騎士団長と、一気に増えた国王教育のせいで多少ノイローゼ気味のライオットの様子を説明した家臣達との間で、謝罪合戦が行われ、不問との結論が出た。
「僕は、認めてませんからね!」
キッと、ライオットはゲインを睨む。
魔憑の存在か、はたまた女王サーシャリアにこってり怒られた事か、何にせよライオットが事態に納得していない事だけはミシェルに伝わった。
「仕方ないわね」
そう言ってミシェルは立ち上がると、レッドドラゴンもとい、ポチに呼びかける。
その場で「はい」とゲインに少し大きめのボールを握らせる。
ポチがこちらに気付いている事を確認し、ミシェルはゲインにボールを遠くへ投げるよう指示する。
ミシェルに手を握られ、顔を真っ赤に染めながらゲインはすぐさま振りかぶって、思いっきりボールを投げた。
相当な力のもと、ボールは真っ直ぐに飛んでいく。
「ポチ!」
ピィッ!と、ミシェルが口笛を吹けば、ポチが大きな翼を羽ばたかせ飛び上がった。
そして空中を飛んでいたボールを、見事に口でキャッチしてみせる。
どしん、という音とともに地に降りれば、目を輝かせてその場にボールを置いた。
「ご覧なさいライオット、あれを犬と言わずに何というのかしら」
ポチの着地の衝撃で、尻餅をついているライオットに対して、ミシェルは自慢げに胸を張る。
エリザはテーブルのカップを支え、ゲインはミシェルが倒れないように腕を支えていた。
その3人と1匹の様子に、ライオットはポカンと開けた口を震わせる。
「犬の話じゃないです!!」
少々涙目で訴える弟に対して、ミシェルは首を捻った。




