大人のエゴ、子知らず(前編)
「自己満足、といいますと? 」
「先生、生徒に嫌われてますよね? 」
グサッと来る一言、というものがある。智恵子の言い放った言葉は玉野にとって、まさしくそれであった。
確かに、日頃からゲームを目の敵にしていること。あるいはゲーム機を没収した話を以て、自分の事をやれ泥棒だとか、魔王だとか言っている生徒がいることは知っている。
だがそれは先程言った通り、ゲームにドップリ嵌って勉強や部活動を疎かにすることを食い止めようとする彼自身の努力によるものだ。
そもそも自分自身はゲームを嫌ってなどいない。そのような努力に対し「嫌われたくなければ生徒の言いなりになれ」と言わんばかりの指摘は彼にとって、最も癇に障るものである。
「つまり、生徒に媚びへつらえとでも? 」
「そう言ってるんじゃないですよ」
「じゃあ、どう言ってるのですか? 」
むろん、中にはそういう教師も存在する。生徒がウケるような話をし、彼等の機嫌をとることで自分の人気、というより保身を図ろうとする連中だ。
――いや、教師自身の保身だけで終わるのならば、まだよい。
特定の生徒を生贄にする、即ちいじめに便乗し、生徒の自分に対する批判を逸らすことで人気「らしきもの」を演出している教師だって存在する。
そんな教師の風上にも置けないような連中に比べれば自分はまだマシだ。真面目な人間がバカを見ると言われても、いじめに加担という「禁じ手」には手を出していない。つまり最悪の一線はまだ、踏み越えていない。
「何というか……独りよがりなんですよ」
「独りよがり? 」
「そう、独りよがりです」
教師、いや教師だけではない。会社でも上司……いわゆる「立場が上の人間」は多くの場合、ある勘違いをしている。
それは何かと言うと「自分の意図は伝わって当然」ということだ。
それだけではない。立場が下の者が、自分の意図したとおりに動かない場合に「無視した」「やる気がない」と一方的に糾弾することである。
「あなたの意図は、娘には伝わっていません」
「それは残念です」
「残念? それでよく教師なんかやってられますね」
「どういうことですか! 」
自身の人格否定ともとれる発言に対し、さすがの玉野もカチンと来た。しかしそんな彼を制するかのように、智恵子は続ける。
「再提出が親心なんて、そんなもの勝手な思い込み。つまり「強者のエゴ」です」
コピペ率の高い文章はコンクールに出展することは出来ない。確かにそれは正論だ。
しかし、だとすれば何故、それを課題を出す前に言わなかったのか? コピペは単に「ズルをするな」程度にしか考えていなかったのではないか?
「コンクール出展を狙うような子は、むしろコピペサイトを見るべきなんです」
コピペサイトを見る事そのものが不正行為、と考えるのは非常に短絡的な思い込みだ。
そもそもコンクール出展を狙うような生徒はコピペサイトなんかに頼らずとも感想文は書ける。だがそれと「コピペサイトを見るな」というのは別問題である。それは自分の娘が「見なかったために」不当な評価をされたことが何よりの証拠だといえるだろう。
自分の書いた原稿を納品もしくは公開する前に一旦、コピペチェックツールに目を通す。そしてコピペ率が高いと判定された場合、修正しなければならない。これは智恵子自身を含め、少なくとも文章で食っていく人間にとっては常識中の常識だといえる。
だが、それは原稿が手書きではなく、パソコン等による「ワープロ原稿」であることが大前提だ。学校の読書感想文の多くはワープロ原稿ではなく「手書き」である。
「ワープロ原稿で「下書」をするのが常識なんて、大人の勝手な思い込みです」
例えば大人が出版社に原稿を持ち込むとして……仮に手書きの原稿を要求されたとする。
おそらく大半の場合はワープロ原稿で下書きし、その内容を原稿用紙に「丸写し」するという作業が一般的だろう。これは誤字脱字のない下書を完成させる作業であると同時に、手書きによる「清書」の前にコピペチェックツールの判定にかけるという目的も存在するのである。
だが、子供はそういった大人のような作業を行うだろうか? おそらく多くの場合、いきなり手書きを行うのではないだろうか?
筆記に使用するのは基本的にシャープペン、もしくは鉛筆である。当然だが消しゴムによる修正が可能だ。大人と違い、ボールペンや万年筆を使用するようなケースがないわけでもないが、多くの場合は「消しゴムが使用可能」だ。したがって原稿用紙にいきなり書いてしまっても基本的に問題はない。
おそらく、そこに「ワープロ原稿の下書」など存在しない。まして「コピペチェックツールで事前に判定」など行う子は皆無だろう。そして「ワープロ原稿のない」原稿は当然、コピペチェックツールで判定することが出来ない。
これは教師も同様だ。実際に教師がチェックするのも、最初の段階はコピペサイトの文章と提出された作文を比較する、いわゆる「目視」。そして次に、疑いのある作文の「サイトの原文と異なる箇所」を打ち直す。そしてその後、全体のコピペ率をチェックツールで判定するのが一般的だ。
「つまりコピペサイトを見なければ、コピペ率の判定が出来ないわけですね? 」
「確かにそうですが」
「じゃあ何で、提出前にサイトを見て確認するよう指示しなかったんですか? 」
玉野は「しまった」と思った。何故なら彼は、コピペサイトを見るような生徒は「どうせ不正目的だ」と、頭ごなしに決めつけていたからである。
――だが、本当にそうだったのだろうか?
いわゆる文学少女である月城陽菜は、コピペサイトなんか見なくても感想文がきちんと書けるような子だ。また、非常に真面目な子でもある。仮にそれを見たとしても、不正利用するような子ではないだろう。
そして何より、それが不正利用ではなく、自分自身の書いた作文の「コピペ率チェック」を目的に見る必要があったとしたら……
「玉野先生。コピペサイトを見るなというのであれば、チェックを怠ったのは本人の責任ではありませんよ」





