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ロールプレイング

 授業が始まると、勇斗はさっそく、杉田から出された課題を彼に見せた。昨日(きのう)完成し、我ながら自信作だと思っている小論文の下書きだ。



 「龍崎、お前……」

 「ハイ」

 「お前が書いたのか? 」

 「いや、別に……すみません」

 「いや、そうじゃなくって」

 「あの、すみませんでした」


 勇斗は杉田の事が、どうも苦手であった。


 彼は東大医学部という、おそらく「日本一勉強が出来る」大学生だ。しかしそのイメージに似つかわしくない、その何となくおチャラけた雰囲気。



 とはいえ、やはり講師としての実力には勇斗も一目(いちもく)置いていた。


 なにしろ中学生というのは大人に対し、往々にして反抗的だ。言葉遣(ことばづか)いだって、一人称を「僕」という奴は軟弱(なんじゃく)、あるいは性格が暗いキャラ。いわゆる「(いん)キャ」のレッテルを張られてしまうことがある。


 だから自分を少しでも強く見せようと思い、多くの男子生徒の一人称は基本的に「俺」である。にもかかわらず、彼を前にするとつい、自分の事を「僕」といってしまうのだ。


 杉田は大学生だ。そういう意味で、彼はまだ「一人前の」大人ではない。となると、勇斗が彼に対して抱く感情は、おそらく部活動の怖い先輩。あるいは尊敬する先輩に対して向ける眼差(まなざ)しというのが適切だといえるのかもしれない。



 「いや、お前もしかして、天才じゃねーの? 」

 「えっ、何ですか? 」

 「天才……ですか? 」

 「そう、これはマジ天才」

 「ホントですか!」

 「嘘ついてどうすんだよ」

 「もう一回、言ってくださいよ」

 「オイオイ、そりゃ調子に乗り過ぎだって」


 やはり自分は間違っていなかったのだ。自宅で課題に取り組んでいた時の、あの達成感は決して単なる自己満足ではなかった、ということだ。



 「そうだな……80点」

 「え、なんでですか? 俺、天才ですよ」

 「まあ、そこそこだな」

 「どっちなんですか!」


 ちょっと待て。この前が「ギリギリ」70点で合格、といっていたじゃないか。そして今回は「天才」なんて褒めておきながら、点数がちょっと上がっただけって、一体どういうことなんだ?



 「もし、自分が勇者だったらって話だけど」

 「それですが何か? 」

 「これを「ロールプレイ」というんだよ」

 「R()P()G()のことですよね? 」

 「いや、そういう意味じゃなくて」


 ロールプレイング。これはビジネスの世界では「役割演技」というらしい。実際に発生するであろう様々な状況を想定し、一人ではなく、複数の人が役割を演ずる。



 「泥警(どろけい)っていうのがあったよな? 」

 「鬼ごっこのことですか? 」

 「そう、鬼ごっこも一緒」

 「一緒、といいますと? 」


 泥警、というのは一種の「鬼ごっこ」だ。逃げる側が「泥棒(どろぼう)」。追いかける側が「警察(けいさつ)」。


 制限時間内(せいげんじかんない)にどちらが多くを(つか)まえるか。あるいは逃げ切るかと言う、子供達の中では定番(ていばん)のお遊びだ。



 むろん、言い方は(ちが)えど鬼ごっこも一緒だ。「鬼」が追いかける側で、逃げるのは「人」である。


 泥警は泥棒、あるいは警察の役割をそれぞれ与えられる。鬼ごっこの場合は、鬼と人だ。


 そしてドラクエはプレイヤーが勇者という役割。すなわち「ロールプレイ」をするゲームだから()()()()()()()()()()()、即ちRPGなのだという。



 「つまりな、この文章の作者は勇者という「役」を演じている」

 「作者って僕のことですか? 」

 「そのとおり」

 「演じる、ですか? 」

 「そう。自分だけではなく、友達も、だ」

 「確かに、そうですね」


 確かに、言われてみればそうなのかもしれない。自分はもちろんのこと、友達も含めて「誰が勇者にふさわしいか? 」という話を入れた。



 もちろん、実際のゲームだと勇者は一人しかなれない。しかし、現実世界はそうではないわけだ。


 「現実世界で勇者になろうとしたわけだよね? 」

 「そうですね、確かに」

 「例えば、魔王になろうと考えたりはしなかった? 」

 「考えてません」

 「そこ、まず減点-5」

 「減点なんですか!」


 もしも、自分が勇者だったら……確かにそこまでは考えた。そして、その考えは「天才の発想だ」と言われた。


 しかし、自分が魔王だったら……いや、さすがにそんなこと考えないだろう。仮にそれが考えられたら「天才以上の大天才」ってことなのだろうか?



 「なあ龍崎、もし自分が典型的な「戦士タイプ」だとしたら? 」

 「そりゃ無理ですよ。そういうのって運動部の連中でしょう? 」

 「そうじゃなくて、自分がそういうキャラにしかなれないとしたら? 」

 「そうですね……例えば体を(きた)えるとか」

 「そう、それなんだよ!」

 「それ……ですか? 」


 確かに、勇斗は少なくとも自分が「戦士」という風には考えていなかった。


 それは運動部。例えばバットや竹刀といった道具を使う連中のイメージでしか捉えたことがなかった。



 「もし、自分がそうなるとすれば……」


 やっぱり武器を使う練習、即ち「戦闘訓練(せんとうくんれん)」を一生懸命やるべきなのだろうか?



 「ちょっと思いつきにくいのですが」

 「じゃあ、それ以外に何が思いつく? 」

 「思いつく、といいますと? 」

 「魔王を倒すために、自分に何が出来るか? 」

 「自分に何ができるか、といいますと? 」

 「もし、勇者以外のポジションだとしたら? 」


 なるほど、確かに自分は漫然と勇者の役割が与えられると思っていた。しかし、実際はそうとは限らない。


 武器、すなわち物理的(ぶつりてき)な攻撃力でパーティーに貢献(こうけん)するか? いや、それとも魔法だろうか。


 あるいは魔法でも攻撃系と回復系(かいふくけい)がある。



 では結局、自分はどういった部分で貢献していけばよいのだろうか?


 「難しい問題だよな」

 「そうですよ、ヒントとかないんですか? 」

 「じゃあ、それが今回の宿題」


 ちょっと待て、まだ授業が始まって20分くらいしか経過していないじゃないか。いきなり「今日の宿題」って、あと1時間半以上もある授業は一体どうする気なんだ?



 「それと、もう一つ質問」

 「何ですか? 」

 「王様は誰だと思う? 」

 「そうですね……学進ゼミですかね? 」

 「違うな、この課題を出した先生だ」

 「え、玉野が? 冗談でしょ!王様どころか魔王でしょうが」

 「その玉野先生というのが、実は()()なんだよ」

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