異世界での杉事情 妹を汚された俺はシダールを滅ぼすことに決めた
俺たちは騙されていた。
シダール、それは大地に属する精霊の1つ。
人へと益をなす善良な精霊として人々との共存を続けてきた。
だが俺たちは騙されていた。
シダール、それは俺たちの預かり知らぬところで静かに社会へと根を張っていった。
人へと益をなすはずの善良な精霊シダールは、人との共存など望んではいなかったのだ。
我々は騙されていたのだ……。
・
「遺跡に眠る太古の神よ! 試練を乗り越えて俺はここまでやって来た! どうかその偉大なる力を貸してくれ!」
もはや手に負えない。そこで俺は忘れられた古い神々が眠るという遺跡を訪れた。
数々の試練が待ち受けていたがこの最悪の状況を覆すためだ、何の事はない。
「誰だ、我を神と知って今さらそれを起こそうとする痴れ者は……」
「お前が神か?!」
そこに女が現れた。
俺と同じくらいの若い女だ、夜空のような青い髪を持った眠たげな神様だった。
「やれやれ……我を便利な道具としか見ていない者に、力を貸す気はないぞ」
「代価は必ず払う! だから話だけでも聞いてくれ! 俺たち人類は今追い詰められている、邪悪なる精霊シダールとその眷族どもに!」
「シダ? シダー……ん、なんじゃと?」
「大地の精霊シダールだ! やつは少し前まで人類との共存をうそぶいていたが、それは嘘だったのだ!」
神は話が見えないと顔をしかめた。
神であるというのにこちらの事情を把握していないというのか、ならば仕方がない。
「何なのだそのシダールだとか、精霊だとか、不思議な言葉は……」
「精霊は精霊だ! それがとある眷族たちを束ねている、その名は精霊シダールの下僕、シダーだ!」
「いちいちややっこしい上にやかましい男じゃ……。それでどうしろとワシに言うのじゃ。シダールとな、シダーな……ん?」
「奴らは毒を撒き散らす! 3年前までは善良だったが、とつじょ全身から細かい粉塵を撒き散らし始め、多くの者がそれに……その毒で……くぅっ」
目頭が熱くなった。けしてシダーどもの毒のせいではない。
もうあんなこと二度と繰り返してはならないのだと、涙を堪える。
「ま、まさか、それは……っ」
「毒に冒された者は、血のように赤く瞳を染め! 顔面の全ての穴という穴から汁を吐き飛ばし! ザラザラと疼くような不快感と共に、最悪は陸上にて溺れることになるのだ、鼻水で!! お、俺の妹も……そのせいで、そのせいで……ッ。クソッ、邪悪なるシダールどもめ!!」
すると神が何かを操作し始めた。
光る板に何かが映し出され、よくわからない文字と、地図のようなものが現れる。
地図はほぼ全域が赤々と染まっていた。
「シダール……シダー……まさか、杉……。なんてことじゃ、この世界にまで我らを追って来たか……ッ」
「神よ、どういうことだ! やつらの正体などどうでもいい、やつらを滅ぼす力さえあればそれで! 魂だろうとなんだろうと貴方に捧げよう! だから頼む、杉どもを滅ぼす力をくれ!!」
「大地という大地がやつらの花粉で……おおぉぉぉおぉ、恐ろしいことじゃ……。なぜこれほどまでに杉が……大量分布しておるのだ!?」
「それは俺も知っている……。やつらは囁くのだ、苦しみより解放されたいか? ならばシダーを植えよ、シダーの苗木を育て、山という山、里という里に植えよ、さすれば苦しみは喜びになろう、とな……。やつらは、人類を、影から操っていたのだ! やつらに操られた人間は、シダーを植え、増やし、俺たちが気づかないうちに、この世を地獄へと叩き落としていた……ッ」
神は何かをされていた。
光る板に指をしきりに押し付け、食い入るように映る像を見る。
やがて壁が動き出し、俺の前に奇妙な箱が現れた。その箱もひとりでに開き、不思議なものがそこに収まっていた。
「力を与えよう。これは神の剣……いや、神の斧、えれくとりっく・そーさー……史上最強の斧よ」
「し、史上最強の斧だとっ!」
斧にはとても見えない。
それは剣のような形をした不思議なアーティファクトだった。
「これを用いてやつらを滅ぼせ、杉どもの根本にこれを押し付け、ここの……この引っ張るやつ、これをグイッとやるとな……。やつらはひとりでに真っ二つ! となるであろう……倒木には重々注意するのじゃぞ。これは神の油だ、動かなくなったらこれを入れるといい、さあゆけ、やつらを根絶やしにするのじゃ、やかましき男よ!」
「ああ! 必ず滅ぼしてくる、人類の敵、滅びなかればならない最悪の者、シダールとその眷属たちを……!」
神の斧えれくとりっく・そーさーを持ち、俺は旅に出た。
シダールの眷属どもを根絶やしにするための長い旅に……。
人類か、それとも杉どもか。やつらが共存を放棄した以上はどちらかが絶えるまで戦いは終わらない。
・
神の斧は絶大だった。
まさに神器、やつらに支配された大地を俺は開放して回った。
こんなものがあるからいけないんだ……。
毒さえ撒き散らさなければ俺たちは互いの領分を生きてこられた……。
「お、おめっ、うちの木さ勝手にぶった伐んでねぇべ?! なにがしてぇべよ!!」
「出たな……悪に与する亡者よ……。見てわからんか!!」
「わからんべ!」
「シダーを……俺は杉を滅ぼして回っているのだッッ!! やつらは毒を撒く!!」
悪党と和解など出来ない、やつらはシダールにより脳を操られている。
あの毒が脳の深い部分へと入り込み、シダーを植えてはそれを管理する者になり果てるのだ……。己が災厄を撒き散らしているとも知らずに……。
「ああ、そんなことだべか。それが、どうかしたべか……?」
「な……なん、だと……」
「シダーは成長が早くて金になるべ。薪や建材になる上によ、植えると王様が金までくれるべよ。植えねぇ手はねぇべよ」
「貴様……!」
まさかこの男、操られているのではなく己の意思でシダーを増やしているというのか?!
なんて愚かな……いずれ貴様も、親族郎党もやつらの毒に侵されることになるというのに……。
「ならば仕方ないっ! 貴様のようなものをのさばらせるわけにはいかんのだっ、成ッッ敗ッッ!!」
「やっおめっ何するべっ、ウギャァァァァーッッ!!」
確かに貴様は直接人を殺めてはいないだろう。
だが、有罪だ。やつらの撒く毒を許す者、その全てが人類の敵なのだ。くっ、許せ……許せ……。
・
「ファ、ファ、ファ、ファ……ついにここまで来たか。万の我が子らを大地へと打ち倒し、血の涙の渦中にて独善を貫く者よ」
「ふん……罪悪感などとうの昔に忘れた。会いたかったぞ、杉を束ねる悪霊シダールよ!」
伐採っても伐採っても、やつらは滅びなかった……。
倒しても倒しても新しい地で種が芽吹き、俺はやつらの増殖を抑止することしか出来なかったのだ。
もはやこうなればこのシダールを倒すしかない……。
「杉を受け入れよ、杉は人と共にある。一時の苦しみさえ堪えれば、残りの月日を謳歌出来るではないか。我らを憎むのは間違っている、そう思わないか殺戮者よ」
「思わない。そう言って貴様らは数を増やしていった! もう信用など出来んっ、その毒を撒き散らすのをッ、止めない限りはな!!」
精霊シダールは巨大な顔を持つ古樹だった。
深き最果ての原生林の奥地にやつは佇んでいた。人のたどり着けぬ魔境の彼方で悪の企みを巡らせていたのだ!
「ならば良いことを教えてやろう……」
「ふんっ、どうせろくなことではない」
「まあ聞け、殺戮者よ……。あれはな……毒、ではない」
「何を言うかと思えば世迷言を……。ならば何だというのだ、言ってみろ!」
あの粉塵が人類を滅ぼそうとする毒以外の何だというのだ。
どうせ詭弁に決まっている。だがそれもそれでいい、怒りが奴を殺す力となるのだから。
えれくとりっく・そーさーよ、もうすぐ食わせてやるぞ……。やつの硬い肉体と汚れた樹液をな……。
「ファファファッ、あれはなぁ……雄汁よ。花と結び合って、新たな種を生み出すためのものだ。お前たち人間を滅ぼすために発しているのではない、あれはシダーの生の喜び、その叫びだ」
「そうか……ふ、そうか、そうか……」
神器を強く引き込み稼働させた。
爆音、そう呼べる狂気の叫びが俺の両手を振動させる。
そうか、貴様も欲しいか、やつの老いさらばえた血肉が……! ならば共に喰らうとしよう!
「その汚らしい○○○○でッ、俺の妹を汚したということだなッッ! 今すぐ死ねっ、貴様ら杉は変態だッッ!! よりにもよって空気中に大量の○○○汁を撒き散らしッッ、シーズン中永久的に家という家ッ、人という人、あらゆる生活空間と命を蹂躙してきたのが貴様たちだ!! 貴様らのようなッ、○○○○たれ流しのッ、村里へのぶっかけ大好きな変態生物どもなどッッ!! この俺が絶対に地上より抹消してくれるッッ、滅びよ、シダァァールゥゥゥゥゥーッッッ!!!!」
神の力は絶対だ。
俺はついにシダールの息の根を止めた……。
やつは妙なことを言い残していたが、それはきっと苦し紛れの呪詛だ……。
「ぐふっ……。いずれ……第二第三のシダーが現れるだろう……。滅びたシダーの森に……新たな魔の住民が……ファ、ファ、ファ……怯えて、過ごすがいい……人類、どもよ……」
ついにやった。
この日よりシダーどもはシダールの加護を失い、操られた人間たちは自我を取り戻し、俺とその賛同者たちにより駆逐されていった……。
人類は勝利したのだ……杉に……。
・
「何じゃまた戻ってきたのかそなた、今度は、なんじゃ……」
「遺跡に眠る太古の神よ! 再び試練を乗り越えて俺はここまでやって来た! どうかその偉大なる力をまた貸してくれ!」
あれは呪詛ではなく予言だった。
俺たちは勝利したはずだったというのに……まさかこんなことになるなんて……。
「まあそちと我の中じゃ、杉どもを滅ぼしてくれた功績もある。言ってみよ」
「魔王ピッグウィードが現れた……頼む、力を貸してくれ。ヤツのせいで俺のたった1人の姉が――」
人類の戦いは終わらない……。
「そち、この前は妹と、言っておらんかったか」
「ああ、妹ならば元気にやっている、最近彼氏が出来たようなので会わせろと言っているのだが、これが断られてばかりだ。……ん、どうした?」
「……なに、魔王ブタクサを滅ぼす前にそなたの頭を先に修理するべきかと軽く悩んだだけじゃ。……よし、神馬トーラクターを貸し与えよう、さあさっさとゆけ。この次はヒノキか、イネか、シラカバあたりじゃろうかな……」
俺は神馬トーラクター号を駆り、新たなる光と闇の戦いへと旅立った。
ヒノキ、イネ、シラカバ……意味深だが今は忘れることにしよう。滅すべきは魔王ブタクサとその眷族どもなのだから……。
「ヘブシュ……ッッ!」
しかしおかしいな、今朝から身体が熱っぽいような……。
「ブッ、エクショーィィッッ!!」
なんだ……くしゃみが止まらん……。
まあいいどうせただの鼻風邪だっ、見ていろよ魔王ブタクサの軍勢よ!
「ブェクショォォーィッッ!!」
クククッ……姉の仇を討てるのだ、嬉し涙まで出てきてしまったか……。
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どうも、p子です。
pというのはプロデューサーの略よ、本作はフィクションなの、実在の団体、個人名、クソ植物名もろもろとは関係ありませ~ん♪
でも内心あいつら滅びろと思ってるわ♪ 製薬会社と林業者が結託した巨大な陰謀だって言われたらあたし信じちゃう♪
もうっ、今からブタクサ花粉の季節に戦々恐々よ! 杉と一緒に滅びなさいよアンタたち!!