第一章 過去の②
ゾンビ映画あるある。
割とゾンビは空気をよめる。
リンダさんの厳しい訓練の後、くたくたになった体を少し休めてから、弥生の通う中学校に向かった。
中学校へと続く道には警備班の人が至る所にいて十分な警戒態勢が敷かれていた。
手には狩猟用の散弾銃{ショットガン}を抱える者や手作りの槍を装備している者もいる。
通りを抜けていくとすぐに中学校が見えてきた。 中学校の屋上には狙撃銃{スナイパーライフル}を構えた人が数人見える。 すごい警備体制だなと思ったが、 たまに欠伸をしている者やうたた寝している者を見かけるので最近気がゆるみすぎているのではないかと少し不安にもなった。
そんなこんなで中学校についた僕は校門の前にあるベンチで弥生が出てくるのを待った。
これがいつもの日課だ。
訓練が終わった後は必ず弥生をここで待った。
最近の弥生はといえば、 反抗期だからか思春期だからかよく分からないが、僕が学校まで来るのを嫌がっているようだった。
まぁ僕もシスコンと呼ばれることは避けたいのだが
昔は素直でもっと可愛いかったなと懐かしい思い出が脳裏によみがえる。
目を閉じると、その姿が鮮明に蘇る。
父さんと母さんが生きていた頃の無邪気に笑う弥生の顔。
弥生は父さんと母さんが死んだあの日を境に笑わなくなった。
それに泣いているところもずっと見ていない。
耳を澄ませば烏の鳴き声だけが聞こえた。
学校でチャイムは鳴らない。何故ならそれが大きな音となって外に響き感染者に伝わってしまうからだ。
昔聞いた懐かしいチャイムの音が思い出されて、聞けなくなったことが少しばかり寂しかった。
が、安全のことを考えればそれは当然の事だろう。
僕が高校2年だったあの日に起こった出来事も忘れることはできない。
それは4時間目の授業中だった。
いきなり校内放送で体育館に避難しろとの放送が流れた。
先生の指示のもと体育館に向かったが、僕らはなにが起こっているかのか想像も出来なかった。
これは新手の避難訓練だと主張するものや、 めんどくさいと愚痴を漏らす者もいた。
その時、 僕は教室に携帯を置いたままであることを思い出し、最後尾にいた俺はこっそりひとりで教室に戻った。
それが正しい行動であったことをすぐに知る。
教室に戻った僕はバックに入った携帯を取り出して画面を開く。
そこで自宅からもの凄い数の電話がかかってきていたことに気付く。
何事かと思い電話を自宅へかけるがいっこうに繋がらない。
携帯が壊れたのかと思ったがそうではなかった。
何かがおかしいと思い始めたその時、外からおぞましい数の”何か”がこちらに向かってきているのを感じた。
窓からそっと外を覗く。
「何だよ。 これ。」
その”何か”とは全て人間のようだったが明らかに様子がおかしかった。ヤツらの口は赤く汚れ、腹から何かが飛び出ているのもいた。普通じゃない。得に変だと思ったのが、頭部に出来た瘤のようなものだ。そいつらは全員共通して頭に瘤のようなものができていた。結構離れたこの場所からでもその瘤ははっきり見えていた。
その集団は校門になだれ込んで来て、体育館がある方向へ向かっていった。それも何百人もの数だ。
ここにいたらまずい、大変なことになる。
僕の本能がそう告げていた。
僕は校舎の反対側の出口を目指し駆け出した。
階段をもの凄い速さで降りていく。
みんな・・・ごめん 許してくれ。
その時、偶然にも階段を上ってくるひとりの女子生徒に会った。
「どうしたんですか?そんないそっ!?」
説明してやる時間は無い。
僕は彼女の手を握り階段を再びもの凄い速さで降りていく。
彼女を見捨てられなかった。
「い、一体何なんですか!?」
「いいから、死にたくないなら黙ってくるんだ!」
僕は恐ろしい形相で彼女に言ったらしい。。
彼女はわけがわからず、混乱しているようだった。無理もない。
裏口のドアを開け、周りを見渡し安全を確認する。
靴には履き替えず、上履きのままだ。
まず僕の家に向かうことにした。
彼女には悪いがついてきて貰うことにする。
僕の家は幸いにもヤツらが現れた反対側に位置していた。
僕達が裏口を抜け、外に駆けていくその時、背後で数多の生徒の悲鳴が体育館側から聞こえてきた。彼女もすぐに事態を察したようだ。
人間はとてつもない恐怖を感じたとき何もできなくなるらしい。僕は今まで感じたことの無い恐怖を感じていた。しかし僕の足は止まることはない。彼女だけでも助けないと。
僕達は走り続けた。
「一旦、休憩しよう。」
高校から数キロ離れた場所に着いて、彼女にさっき自分が見たことを話す。
彼女はまだはっきりとは事態を理解していないようだったが、それは僕も同じであった。
悲鳴は自分たちが来た方向からなおも聞こえてくる。追いかけてくる者たちが一体何なのか、自分たちには分かるはずもない。とにかく今は奴らから逃げるだけだ。
「君の家はどこにあるんだ?」
「○○駅前の桜通り・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そこはまさしくヤツらが来た方角だ。
僕はそれでも彼女をここに残すことはできなかった。自分でもこんなにお人好しだったか知らない。
一度僕の家に向かうことを彼女に伝える。
家のチャイムを鳴らすと母さんが今にも泣き出しそうになりながら出てくる。
「早く、家に入りなさい!」
家に入ると父と妹がいて家族全員が無事であるということが分かり、ホッとする。
「あの、いったい何が起こってるんですか?」
と彼女は父に問いかけた。
「すまないがはっきりとは分からない。ニュースでは集団となって暴徒たちが人々を襲っていると言っていたが、何か良くないことが起こっているのは間違いない。」
父は今までみたことの無い怯えた様子だった。母も同様だった。
「ところでこのお嬢さんは誰だ?お前の彼女か?」
「違う、高校から連れてきた。 」
「そのままにしておけなかった。」
「それでいい。それでこそ俺の息子だ。」
「お前は正しいことをした。」
父さんはそう言うと僕の頭を力強く撫でた。
「お兄ちゃんは隅に置けないですね。」
このこのと肘でつついてくる妹。
妹がいつもの調子であることに若干安心もしたが今はそんなことに付き合っている場合じゃない。
僕は父さんたちにも高校であったことをありのままに話した。
話の後、父さんは何かを決心したように顔を上げた。
「今すぐここから出よう。・・・そうだA県のおばあちゃんちの所へ行こう。そこなら安全かも知れない。」
「・・・そうね。今は考えるよりも行動ね。そうと決まればみんなすぐに準備するわよ!」
「やったー、おばあちゃんちだ!」
秋田はここから結構な距離がある。
だが秋田でも同様の出来事が起きている可能性だって十分あr
しかし一番心配なのは彼女だった。
「そういえば名前聞いてなかったね。」
「鬼灯{ほおずき} 硯{すずり}です。
あの、両親と弟たちが心配なんです。
連絡したいんですけど。」
「どうぞ、そこの電話使ってちょうだい。」
なぜか固定電話はまだ使えるようだった。
「プルルルプルルルプルルル・・・・ガチャ
・・・・・・・・スズリっ?スズリなの!?」
「うん! お母さん私だよ。 」
それまで暗かった表情が嘘だったかのようにぱっと明るくなった。
「・・・・良かった・・・・無事で本当に良かった。」
どうやら自分の母親は泣いているようだ。
「お母さんっ?どうしたの」
「お父さんがね、 死んじゃったの・・・」
「え・・・・・・・・」
そのまま自分の思考が停止した。
「お父さんが・・・死んだ?」
母親のいっていることは簡単なことの筈なのに、 理解できなかった。自分の脳がそのことを否定しようとした。
「お父さんね・・・拓三と進司守るために男の人たちに首を噛まれて。首から血が止まんなくなってね・・・・・・・・死んだの。 」
なおも母の言葉を理解できなかった。
「スズリ今、どこにいるの?」
彼女が呆然としているのを見て何かを察した僕は彼女の手から受話器を取った。
「お電話変わりました。竜胆 祐雨{りんどう むらさめ}と申します。スズリさんは僕が高校から避難させました。今僕の自宅にいます。」
「・・・よかった。 そこは安全なの?」
「いえ、ここもすぐには安全ではなくなります・・・・」
「今秋田へ避難する準備をしているところで、 ちょうど彼女をどうしようかと考えていた所でした。」
「そうですか・・・よかった。あなたが娘を連れ出してくれなかったらあの子も・・・。」
「奴らは一体何なんですか?少しでもいいんで何か知っていることを話して貰えませんか。」
「・・・あの人達は人を"食べて”いました。もう人間ではありません。人間の形をした化け物です。」
「人を・・・食べる?」
「ええ、目の前で食べているところを見ました。」
「それって、ゾ・・・・。」
僕は言いかけた言葉をとっさに飲み込んだ。
ゾンビ?あのゲームとか映画に出てくるあれか?
自分のイメージだとノロノロと歩く間抜けな姿しか想像出来ない。
それに奴ら、走ってたぞ。ゾンビって走れるのか?
「それと彼らに噛まれた人達も、同様に彼らのようになりました。」
「噛まれた人が奴らのようになった所を直接見たんですか?」
「ええ、・・・・私の夫がそうなりました。」
「じゃあ、旦那さんは今・・・・・。」
「私が、この手で・・・ね」
最初は気付かなかったが受話器の向こうが騒がしい。何人もの人が金属製の扉を強く叩く音だ。
「そちらは、大丈夫なんですか?」
「・・・・・」
その沈黙は、状況がよろしくないことを物語っていた。
「・・・村雨君、どうか娘をお願いします。」
「・・・わかりました。安心してください。娘さんは僕が責任を持って必ず避難させます。」
「・・・ありがとう、最後に娘に代わってくださる?」
未だ放心状態の彼女の肩を叩いて受話器を戻すと、彼女は我が返った様に声を震わせていった。
「みんな、無事なんでしょ?ねぇお母さん!」
鬼灯さんは涙を流しながら、受話器を強く握っていた。
「ゴメンね、スズリ。言ってなかったけどみんな”噛まれちゃった”の。」
「もう、みんな助からない。」
「何いってるのっ!?お母さん噛まれたぐらいでそんなし、死ぬなんて。」
「あなたのことお父さんもお母さんも愛しているわ。。だか・・・・ら・・・・」
「お母さんっ? お母さんっ!?」
以降返事が返ってくることなかった。
彼女は崩れ落ちた。
「ううっ、 お母さんぁああああん。」
悲しいが僕たちにはそんな彼女をそっとしておく時間も残されていなかった。
悲鳴がまだ遠いが少しずつ近づいて来ている。
急がなければ。
「みんな、いくぞ。」
父さんたちは大きく膨らんだバックを持って、外の車に向かった。
僕は彼女のお母さんに言われたことを守るべく彼女を連れて行こうとするが彼女はそこを一歩も動こうとしなかった。
手を掴んで引き寄せようとするが頑なにこれを拒んだ。
「やだ、私もここで死ぬんだ!放っておいてよ!!」
彼女は自暴自棄になっているようだった。
当然のことといえば当然だ。
でも僕はそんなに甘くはない。
そんな彼女を無理に引っ剥がして彼女を肩に乗せる。
両手で背中をバシバシ叩きながら放してと叫ぶ彼女を無視して車へ向かった。
4人乗りの車はすでに荷物でいっぱいだったが僕は自身と彼女を無理矢理後部座席に詰め込んだ。
「よし、 出発するぞ。」
5人を乗せた白の軽自動車はこうして北へ向かったのだった。
この物語はフィクションです。