第一章 過去の①
ゾンビ映画あるある。
自分勝手なやつはだいたい死ぬ。
僕たちは目標のエリアを制圧後、いつも通りに’簡易バリケード’を作成し始めた。
バリケードといってもそこらにある放置車両を並べて、タイヤを潰していくものだった。
しかしヤツらは人の姿を見さえしなければ、大人しくボーッとしているだけだ。
その性格を利用すればヤツらは敵じゃない。
つまりヤツらの目に入りさえしなければ、いきなり襲われるということも無くなる。
だがこの作業中に大きな音を立てれば逆効果でもあるので注意が必要だ。
今僕たちが戦っている敵とはCOPB-Virus {The contents of Pandora's box パンドラの箱の中身}(またの名をコブウイルス)に感染した者たち。
その名の通りこのウイルスに感染すると頭部に大きな瘤のようなものができる。そのコブの内部には感染と同時に感染者の脳に寄生したコブウイルスが発見された。
感染からわずか数分で体の自由が利かなくなり、その後意識を消失する。そして彼らは家族、友達、そして恋人である者でさえ無差別にそして平等に襲いかかった。
それは飢えた獣の如く、次々と人々を喰らった。
人が人を食う。その事実が人々をさらなる恐怖に貶める。
無論、ウイルスのワクチン開発は今もなお成功しておらず、未だに解決への糸口は見つかっていない。
「祐雨君、そこで突っ立ってサボってないで、手伝いなさい。」
ボーッと冷たい地面に座って空を見上げていた僕は彼の声で我に返った。
彼は僕の所属する”拠点開発班”リーダーの旭川虎太郎{あさひかわ こたろう}さんだ。 皆はアサヒさんと呼んでいる。
今年60になるおじいちゃんだが、まぁ怒られるので口には出さないでいる。
しかしその力量は計り知れない。働いていた建設関係の職場でのスキルを生かし、こうしてバリケードの配置の指示や拠点の設置などに大きく貢献している。
「・・・順調ですね。 今回も。」
「ああ、今回で第’238’回目のチェックポイント設置だ。だがな、いつまでもこれが続くと思うんじゃないぞ。この世界で危険なのは”慣れ”なんだからな。」
チェックポイントは川のように連ねて作る。 そして近くの大きな建物を通るようにして、
そこは大規模な基地にだったり、生存者の居住施設だったりと色々な用途に使われている。 このようにして着々と安全区域{セーフゾーン}を僕たちは広げていった。
「はい、分かってますよ。」
頷く祐雨であったが、その言葉は彼から何度も聞くうちに聞き流していた。
バリケードの設置が完了すると僕たちの班は‘第13基地’へすぐに帰投した。
基地といっても過去に存在した自衛隊の駐屯地を再利用したものであったがアサヒさんの助力もあり、そこは完全なる要塞と化した。
しかし、それは対感染者用のものであり、敵対する”武装組織”に対しては完全ではない。
今から二年程前に始まった感染爆発により、日本は事実上崩壊した。自衛隊は壊滅。警察は住民の保護に当たるも、上からの指示は自分たちの好きにしろとのことだった。警察の中には一般市民を守ろうと必死に戦ったものもいたがそこから始まったのがいわゆる恐怖政治というやつだ。
指示に従わない者は公共の福祉の名のもとに次々と排除していった。
彼らは強い責任と命の重みに押し潰され、次第におかしくなっていたのだ。
また、生存者同士で自警団を形成し、民間人だけで対処しようとした者たちも現れた。
しかしこの大惨事は収まることなく、感染は全国に
広がり、食糧や医療品の数はどんどん心許なくなっていった。それを解消していくための唯一の方法が同じ日本人、人間同士の殺し合い、奪い合いだったのだ。
彼らの大切な人が衰弱していく中、彼らが手にしていたモノは感染者から自分たちを守るためのはずの武器だけだった。
そう彼らが今の最大の敵といっても過言ではない。
中には話の分かる人もいるが、急に襲ってくるものたちもいるのでこれまでは対感染者戦闘の訓練が多かったが現在は特に対人戦闘の訓練が増えている。
そういえば、自己紹介がまだだった。
僕の名前は竜胆 祐雨
二年前まで高校2年生だったが、卒業していないから、今も現役高校二年生?なのかは知らない。
二年前のあの惨事が起こったとき両親は共に死んだ。 無論ヤツらに食い殺されてだ。そのあとヤツらと同じようになって、僕と妹を襲った。僕は妹と必死に逃げた。
近くにあった自衛隊の駐屯地に避難したが、そこも安全では無かった。
そしてついに自衛隊の駐屯地にも”ブラックホール”がやってきた。
逃げた。走って走って走って走って。いける限り、遠くへ逃げた。
妹の手を放さないよう強く握って。
しかしとうとう僕たちにも終わりがきたようだった。奴らに食い殺されて痛い思いをして死ぬくらいならいっそのこと自殺をも決意した。
が、自分ひとりが死ねば妹は奴らの餌食になってしまう。かと言って自分が妹を手にかけることなんて出来ない。
そんな思いが僕を苦しめた。お兄ちゃんと不安気にこちらを見上げる妹を抱きしめて大丈夫大丈夫と震える妹を抱きしめることしか僕にはできなかった。
そこに現れたのが”彼”だった。
この物語はフィクションです。