表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方へ。  作者: 逢坂瀬奈
4/7

幼い二人。

『不知火家』と名が刻まれた墓の前。

 墓前で蹲って泣き続ける女性が一人。綺麗な顔を真っ赤に染め、声を上げながら大粒の涙を流す。

 喧嘩する男性二人とそれを仲裁する女性。泣き続ける女性を背に怒鳴り声を上げ互いの意見をぶつけ合う。仲裁する女性は二人の意見がどちらも正しいことを理解したうえでそれでもこの場では控えろ、と少し言葉を荒げつつ二人を止めに入っている。

 二人のそれをただただ見ているだけの少年少女。少年は喧嘩を見守りつつも男性二人が告げた真実に唖然とした。少女は喧嘩を見守る余裕すらなく、父の言葉に愕然とする。


 義妹の手を握り締めながら無言でその場に立ち尽くしている少女。喧嘩の渦中にいることを分かっていながらも二人を止めることすらせず、ただただ過去を思い起こして茫然と立ち尽くしていた。自然と握る手に力が入ってしまっていることにも気づかず。義妹の「姉さん、痛いよ」という声にも気が付かずに――。






 退院して、皆にお祝をしてもらってから一週間が経った。午後四時ごろのことだった。私が自室で読書をしていると舞以が帰宅してきた。

「ただいまー!」

 と大きな声で挨拶をしながら玄関の戸を叩いて開錠を求める舞以。我が家で家の鍵を所持しているのは私と義父と由紀菜さんだけ。由紀菜さんは仕事だし、義父はほとんど家に帰ってこない。なので必然的に私が開錠してあげないと舞以は家に入ることが出来ない。

 普段なら私も学校に行っているので由紀菜さんか私のどちらかが舞以に鍵を貸すのだが、今は私が家にいるのでこうしているわけだ。よく仲のいい子と寄り道をしてから帰って来る舞以も「姉さんが一人で寂しいといけないから」と素直じゃない言い訳をしながらここ一週間は毎日この時間に帰って来てくれる。本当に可愛い。


 舞以の元気な声を聞いて本を閉じると少し速足で玄関に向かう。鍵を開けると飛び込むようにして舞以が入ってきた。私の顔を見て安心したような顔を見せてくれる。

「ただいま!」

「うん、おかえり」

 挨拶を交わし、お互いにお互いの顔を見て微笑み合う。これが最近の二人の挨拶だ。笑顔が素敵ないつもの舞以に安心を覚えつつ玄関を離れようとする。

「姉さん、あのね。実は……」

 すると、舞以の顔が少し赤く染まり、言葉を濁しながらも一度締めた扉を開き直した。

 外には一人の男の子がいた。丸い眼鏡を掛けたおとなしめな印象の子だ。

「今日、一緒に遊ぶ約束してたから連れてきちゃった」

 そう照れくさそうに話してくれた舞以を微笑ましく思った。小学生でもこういうのってあるんだ。


 名前は望月(はる)というらしい。優しそうなこの子に似合った良い名前だと思う。

 特に拒否する理由も必要もないので「いらっしゃい。どうぞ入って」と了承し迎え入れる。

「お、お邪魔します」と緊張した様子で恐る恐る家の中に足を踏み入れた彼は舞以に連れられるままに二階にある舞以の部屋へ行った。


「あ、そうだ。読書の続き……」

 二人が二階に上がったところで先ほど読んでいた本の続きが気になった。自室に戻って本を開き読み始める。

 ちょうどその時、二階から二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。何か楽しい話でもしているのだろうか。姉馬鹿根性甚だしいのだが、二人の世界を壊したくないと思う反面、二人がどういう関係なのか気になってしまって気が落ち着かない。当然読書にも集中できない。

 そう思った私は音を立てないように二階に上がる。


 奏の部屋の扉に寄り掛かるようにして座った。二人の話し声に耳を傾ける。

「――プレゼントは明日一緒に買いに行こうね!」

「うん!明日は何時にしよっか……!」

 どうやら誰かの誕生日を祝う準備をしているらしい。時折、舞以がふざけて鳴らしたクラッカーの音もその度に陽くんが舞以を一生懸命止めているのも聞こえてくる。二人はとても仲がよさそうだ。


 ――友達と一緒に誰かの誕生日を祝うのなんてテレビでは見たことあるけど本当にする人いるんだなぁ。

 とそう思いつつそういえば、と奏が同級生にそういう催しに誘われている場面に出くわしたことがあったのを思い出した。

 ――奏はなんだかんだ私と一緒にいてくれるからそういうのにはあまり参加してないのかな。

 私が奏の時間を奪ってしまっているのかも。

 奏にだってもっと他にやりたいことがあるはずなのにね。


「――さん、喜んでくれるといいね!どんなものを贈ったら喜んでくれそう?」

「あの人、あまり本当のことを言ってくれないから何を渡しても最初は嬉しそうに受け取ってくれると思う。それが貰って嬉しくないものでも。けど私は見せかけだけじゃなくて本当に喜んでもらえるような。そしてずっと大切にしてもらえるような物を贈りたいと思う」

「じゃあそれとなく聞いてみるのはどうかな」

「難しそうだけど今日の夜ご飯の時にでもやってみようかな……」


 幼い二人の楽しそうな声が聞こえる。誰かに喜んでもらうために、と協力して色々と頑張っている少年少女の声に微笑ましさを覚える。

 そしてそれと同時に考えてしまった。

 奏も『――』くんとこういう日々を送っていたのかな。もしそうだったとしたら、羨ましいな。

 扉を挟んだ向こう側の二人のように仲が良さそうに遊ぶ奏と『あの子』。そんな二人の姿を想像して口元が緩むとともに目からは自然と涙が流れてくる。

 二人が楽しそうにしているならそれでいいはずなのにどうして涙が零れるのだろう。

 その自問に対する答えはすぐに出た。これはただの羨望で自分が彼とそうなれなかったことへ悔しい気持ちであり、嫉妬という名の醜い感情だったからだ。


 勝手に一人で妄想して勝手に一人で羨望して、嫉妬して。

 もう馬鹿みたいだ。

 依然、扉の向こうからは楽しそうな声が聞こえていたのだが、急にそれが止んだ。舞以に気づかれた。そう思った。

 だから私は自分の腕で目元を拭いながら立ち上がり、急ぎ足で階段を駆け下りた。






 扉の前、誰かのすすり泣く声が聞こえた気がした。それに気が付いた私は陽くんに静かにするように合図して恐る恐る部屋の扉を開く。開いた先、姉さんが慌てて階段を下りて行ったのが見えた。手で覆っていたので顔までは見えなかったけれど廊下にはポツポツと雫が一滴、二滴、三滴……、おそらく片手の指では数えきれないほどに零れていた。

 先ほどのすすり泣く声や廊下に零れている水滴を気にするよりも先に「姉さんに聞かれてしまった」とそう思った。

 姉さんにだけは聞かれたくなかった。

 だってさっきまでずっと姉さんの誕生日にどうしたら姉さんが喜んでくれるか陽くんに相談していたところだったのだ。今日陽くんに来てもらったのだって姉さんの誕生日をお祝いするための準備を手伝ってもらうためだった。それを聞かれたとなると計画はご破算になる。


 部屋に戻り陽くんにこのことを知らせる。すると彼は「誕生日のことよりも」と廊下にポツポツと零れていた雫に目を向けた。

 そこでようやく気が付いた。

 私が聞いたあのすすり泣く声が姉さん以外にあり得ないことに。そしてこの廊下に落ちているものの正体にも。


 私たちの話を聞いて嬉し泣きをしてしまい、それが恥ずかしいから自分の部屋へ逃げた。そんな話なら良いんだけど絶対にそうじゃないと思う。

 姉さんと出会ってもうすぐ一年。頭が悪い小学生の私でも分かってしまうくらいに姉さんは何かを抱えて生きている。その何かが何なのか私には想像もつかないけれど――。

 時折突然明るく接してきたり、かと思えば急に泣き出したりと情緒不安定。


 だからこそ出会って初めて迎える誕生日には笑顔でいて欲しいし、喜んで欲しいとそう思った。


 なのにどうしてなんだろう。どうして――。






 ベッドに飛び込んで一人で大泣きした。泣き止んだ頃には枕はビショビショになっていた。顔のことが心配になったので鏡で顔を確認してみると案の定右目もその目元も赤くなっていた。

 最近、泣いてばかりで情けないな。

 この間のことと言い、なんで『あの子』のことを思い出すといつもこうなるんだろうか。

 ほら、また涙が……。

 赤くなった右目をさらに擦って涙を止めようと試みる。

 その時だった。


「姉さん、大丈夫?」


 二階にいたはずの舞以が心配そうに声を掛けてきた。

 隠れるようにして慌てて布団を被った。

 せっかく二人で楽しそうだったのに邪魔しちゃった。

「うん、なんでもないよ」

「……っ、そっか。私、陽くんが帰るって言うからお見送りしてくるね」

 それだけ言い残してすぐに私の部屋から離れた舞以。

 その舞以の顔は数時間前の楽しそうな声が嘘だったように悲し気だった。


 その日の晩、由紀菜さんが帰ってきていつものように三人で食事を摂る。その間も舞以は私に何かを話したそうにして、でも結局何も話しかけてこなかった。

 由紀菜さんもそんな二人の様子に少し寂し気だった。


 私がいるからこうなる。私がいなかったらこうはならなかった。

 夜、布団の中で考えてしまうことがあった。


 ――私はいつまでこんな生活をしなければいけないのだろうか。


 綾辻愛以はもう限界だった。




「――もう我慢しなくていい。あなたの生きたいように生きていいの」

嘘つきました。


次から過去話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ