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温かい食事

会話って難しい上に時間かかる

(痛い……熱い……怖い……苦しい……気持ち悪い……)

 

 この苦痛はいつまで続くのだろう。


「た……すけ……て」


 無意識に震える声で助けを求める。でも応えてくれる声は聞こえなくて、私の心は恐怖で埋め尽くされる。


(わ……たし……このまま……死んじゃうの……?)


「誰か……」



「お―!―――が―――てる――――だ!」


「―――いて!―――ら―――た―――る?」


 

 な……に……?


「大丈夫かい? しっかりしな! ちょっと! 早くポーション寄越しな。この子ひどい怪我だよ!」


「分かってる! ええと、確かこのへんに……。あった! ほれっ」


 耳に誰かの声が聞こえた。仰向けにされ体を抱き起こされる感覚。焼けつくように痛かった肩の痛みが少しずつ引いていく。薄く目を開くと、目の前には青い目をした女の人がいた。まだ視界は霞んだままだけど、美人だなと思った。


「気がついたかい?もう大丈夫だよ」


 優しい声で話し掛けられて、死ななくて済んだんだと、ひどく安心する。


「あ…り…が…とう」


途切れ途切れに、なんとかそう伝えて、私は再び意識を失った。




「う……ん」


 再び目を覚ましたとき、私は焚き火の近くに敷かれた毛布のようなものの上に寝かされていた。焚き火には鍋がかけられていて、美味しそうな匂いがする。


「お、気がついたかい?」


 いきなり声をかけられてドキッとする。焚き火で見えなかったが向かい側に誰かいるようだ。視線をあげると、大柄な女性がこちらを眺めていた。年齢は二十代後半から三十代前半というところだろう。その青い瞳を見て、意識を失う前のことを思い出した。どうやら私はこの女性に救けられたようだ。女性は手に何かを持っていて、なにやら裁縫をしているらしく針と糸が見える。慣れた手つきで針を布地に通していく。

 

 私の制服に……。ということは……。自分の姿を確認してみる。


「…………」


 やはりというべきか、私は上半身は下着のみで、下半身は制服のスカートという格好だ。私の視線に気が付いたのか、女性が苦笑する。


「わるいねえ、あんたの傷を手当てするのに服が邪魔だったんだ」


 まあ、別に男性が近くにいるなんてこともないし下着姿なのはそれほど気にならない。寧ろそれよりよっぽど気になることがある。


「傷が……」


 そう、フォレストウルフに牙を突き立てられて大怪我を負った筈の右肩に、傷が全く無かったのだ。僅かに肌が赤くなっているだけである。私が驚きで思わず無言になっていると、


「何か違和感はないかい?一応上級(ハイ)ポーションを使ったから傷は残ってないと思うんだが」


 と女性が再び話し掛けてきた。


「はい……少し痒いですけど、動かすのに問題は無いです」


 肩の動きを確認しながら返事をする。て言うか、気になる言葉が聞こえた。


「ポーションを使った」と女性は言ったが、こういう展開のお決まりで「ポーションはとても高価だ」というものがある。


「あの…ポーションって高価なのでは…」


 恐る恐る聞いてみる。すると女性はニカッと笑って


「確かにそれなりの値段はするけど、そんなもん気にるこたないよ。見たところアンタなんも持ってないんだろ?そんなやつから金はとれないよ」


 と言い放った。正直有難いが、助けてもらって何も返せないのはとても心苦しい。


「ですが……それでは申し訳ありません。何か私に出来ることはないでしょうか」


 私が言い返すと、女性は面白そうに笑いながら言った。


「律儀だねぇ。なら、アンタが金貨二枚を稼げるようになったら返してくれたらいい。何となくだが、アンタは将来でかくなりそうだからね」


「分かりました。必ずお返しします」


 私が真剣に答えると、女性はまた面白そうに笑った。とても優しいひとのようだ。


「アンタが貴族とかだったら、これでもかと恩を売って金を巻き上げるんだがねえ。生憎とアンタはそんなんじゃなさそうだ」


 訂正。とても図太いひとのようだ。女性はそうしてひとしきり笑ってから、こう切り出した。


「さて、とりあえずお互い自己紹介しないかい?相手の名前が分からないと不便で仕方ないよ」


 確かにその通りだ。私も自分の命の恩人の名前は知っておきたい。私は頷いた。


「なら、まずはアタシからだね。アタシはアマンダ。種族は獣人(ライカン)で、冒険者をしている」


(おお、流石ファンタジー。やっぱり獣人(ライカン)もいるんだ)


 よく見ると赤い髪の毛に隠れて動物のような尖った耳があるし、犬歯も鋭い。ここからは見えないが恐らく尻尾もあるだろう。それに、薄々思ってたけど、やっぱり冒険者だったらしい。若干興奮しながらそんなことを考えていると、


「そら、次はアンタの番だよ」


 と促された。私は慌てて答える。


「私の名前は二条麗華。種族は人間(ヒューマ)です。助けてくれてありがとうございました」


「いいってことさ。ところでレイカ。アンタが気がついたら聞こうと思ってたんだが、あのゴブリンライダーとフォレストウルフはアンタが倒したのかい?」


「はい。そうですけど…」


 一瞬迷ったが、言い訳も思い付かなかったので正直に答えることにした。


「そうかい。いや、別に疑ってる訳じゃないんだ。ただ、なんでアンタが一人でこんな森のなかにいたのか気になってね」


 この質問にたいしての答えはもう考えてあった。


「それが……。私、気がついたらこの森のなかにいて、それ以前のことが全く思い出せないんです。とにかく森を出ようとしていたらゴブリンに襲われて……ゴブリンはなんとか倒したんですけど、フォレストウルフと相討ちになってしまったんです」


 そう、ラノベの言い訳の定番。記憶喪失だ。それ以外は特に嘘はついていないし、大丈夫な筈。


「そうかい。記憶が…」


 アマンダさんはなにやら考えこんでいる。信じてもらえたらしい。


 キュルルル…


 安心したせいか、私のお腹が鳴った。考えてみると転生してからなにも口にしていない。お腹がすくわけだ。私がお腹を押さえて顔を真っ赤にしていると、アマンダさんが笑いながら言った。


「はっはっは、腹が減ってるんだね。もうちょっと待ってな。そろそろアタシの相方が帰ってくる筈だ」


 相方?そういえば助けてもらったときアマンダさんの声の他にもう一人の声が聞こえた気がする。でも、なんで別行動してるんだろう。と疑問に思っていると


「あいつは男だからね。アンタの下着姿見せるわけにはいかないだろう?だからアタシがアンタの服を繕ってる間はここを離れるように言っといたんだ。ついでに獲物も狩ってくるように言っといたから、肉も食えるよ」


 どうやら相方さんはアマンダさんの尻に敷かれているらしい。


「よっしゃ、出来たぞ。ほれ」


 ドーラさんが縫い終わった制服を放ってきた。私はお礼を言ってから制服に袖を通す。


「ん、噂をすればだ。帰ってきたよ」


 アマンダさんの視線の先に目を向けると、ちょうど人影が木々の間から出てくるところだった。

焚き火の明かりに照らし出されたのはガッシリした体型の背の高い男性で腰には大きな剣を提げており、手にはウサギらしき動物をぶら下げている。

らしきというのは私の知っているウサギの四倍ぐらい大きくて、額に一本の角が生えているからだ。


 どうやら相方さんも獣人(ライカン)らしく、頭とお尻に虎のような耳と尻尾が見える。男性は私が起きているのに気づくと人の良さそうな笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「おう、嬢ちゃん気が付いたのか。俺はガルド。そこのアマンダとパーティを組んでる冒険者だ」


 低めだがよくとおる声だ。


「二条麗華です。この度は助けていただきありがとうございました」


 私も頭を下げて自己紹介する。


「ガッハッハ、礼儀正しいなあ。そんな堅苦しい言葉遣わなくてもいいぞ。もっと気軽にいこうぜ!」


 私がどう答えたらよいのかオロオロしていると、アマンダさんが口を挟んできた。


「ちょっとガルド、アンタの顔が恐いからレイカが怖がってるじゃないか。お互い自己紹介が終わったんなら飯にするよ。もう腹ぺこだ」


 そう言ってドーラさんはガルドさんから角ウサギを奪い取ると、既に血抜きしてあるらしいそれを捌き始めた。ウサギはあっという間に肉と内蔵に分けられて、大きな塊は木の棒に刺して火で炙られ、小さな塊は鍋のなかに放り込まれた。最後にガルドさんが荷物の中から塩の塊(たぶん岩塩)を取り出して削り、肉とスープに振りかけた。辺りに美味しそうな匂いが立ち込める。暫くして肉が焼けたらしく、アマンダさんが木の器によそったスープと串焼き肉を手渡してくれた。串焼き肉は私に渡されたものが一番大きかった。驚いて二人を見上げると、


「腹が減ってるんだろう?いいから食べな」


「子供は大人より沢山たべるものだからな」


 と言葉がかえってきた。二人はさっさと食べ始めてしまったので、私は申し訳なく思いながらも空腹に勝てず、肉にかぶりついた。肉汁が口一杯に広がる。スープも獣臭さは無く、味付けは塩だけなのにとてもおいしい。夢中でほおばっていると、気が付けばいつの間にか目から涙が溢れていた。美味しかったからだけでない。こんな風に誰かが自分のために作ってくれた料理を自分以外の人と食べたのはいつぶりだろう。

 

 もとの世界では食事なんて殆どがコンビニ弁当かファミレスで済ませていた。母親はいなかったし、父親も食費を机に置いていくだけで一緒に食事するなんてことは皆無だった。


「うっ……ひっく……ぐす……」


 二人は私が泣いていることに気がついていたようだったが、見ていないふりをしてくれた。私は食べ終えると満腹感と眠気に襲われてすぐ横になってしまった。眠りに落ちる寸前に、誰かが優しく毛布を掛けてくれたのがわかった。

お読みいただきありがとうございます。

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