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法医学教室の革新者  作者: 広木イズミ
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04 大学に戻るふたり

 朝比奈とリンの会話からもわかるように、ダイ先生というのは朝比奈の恩師である大道教授(現在は科捜研の技術顧問)の愛称だ。

 法医学の未来を(うれ)真摯(しんし)な研究姿勢からダイ先生。

 その教えに必死に喰らいついていく院生・朝比奈にヒナ先生というコンビ名がつけられたのは、必然だったのかもしれない。


 なぜなら法医学をめざす医学生は四、五年に一人、もしくは二人。

 ときおり迷いこんだかのようにしか志望者があらわれない。


 よくあるパターンとしては国内外のテレビか映画のドラマで、監察医や法医学者が裏方のヒーローとして活躍する姿に感化され、勘違いしたままの医学生、院生たちが法医学への扉を叩くことが多い。

 それが若気の至り、一時的な気の迷いだったとしても彼らがそのまま法医学の道に進んでくれるならいい…のだが、ほとんどの者は学位をもらったとたんに逃げ出すように辞めてしまう。


 現実的には警察官、検事、弁護士の血縁者らが説得に負け、残ることになる。

 朝比奈のような一般家庭に育った人材が逃げ出さないこと自体が稀少(まれ)だ。


 そんな彼の存在に、法医学の未来を憂う大道教授は、大学の教授会に掛け合い、ムリヤリ彼の教授への昇進を認めさせた。

 同時に警察組織に深い人脈を持つとされる同業者/三木法医学教授の秘蔵っ子と噂される高見女史をも朝比奈の片腕として准教授に押し込んだ。

 その取引材料は、自身がMD大学法医学教室の教授職を辞すこと。

 そして退任と同時に科捜研の技術顧問に就任し、警察組織と都の健康局医療政策部と大学、大学付属病院との四者連携を円滑に進めることだった。


 大道元教授は、古き友人である三木教授を口説き落とすと同時に、ひとつの付帯条件を突きつけていた。


 すなわち―。

 准教授といえども、最低一年間は監察医務院での行政解剖を経験すること。

 それこそが高見留奈を監察医務院への挨拶に連れてきた理由だった。



       ◦ ◦ ◦



 高見が大道教授からの紹介だったことに、ほっと胸をなで下ろすリンの後ろから、マグカップを片手に白衣の男が近づいてくる。

 朝比奈の仕事仲間である監察医の高木主任だ。

 朝比奈に匹敵する長身とイケメンぶりだが、寝癖なのか何やら髪型がおかしい。

 あまり身なりに気を遣わないタイプのようだ。


 その高木が寝ボケ(まなこ)をかっぴらき、

「おいおい、ヒナ先生。

 女医とは聞いていたけど、こんなモデルみたいな娘に仕事が勤まるのかい?」

 と、さすがは男性を中心にまわっている職場環境だけあって、らしい発言だ。

 無遠慮で、あまりにもストレートな物言いに、朝比奈も苦笑する。


「高木主任、解剖や検案は性別や顔でするわけじゃありませんよ。

 それに彼女もTPOをわきまえています。

 来週からは、それなりの状態を整えてきますよ。たぶんですが…」

「たぶん、かよ。あははは」


 事前に高木のことを聞いていた高見は、精一杯の笑顔で挨拶をする。


「初めまして、高木主任。

 来週からお世話になりますので、よろしくご指導願います。

 今日は挨拶用のメイクなので、また自己紹介することになるかもしれません」

「お、おう。こちらこそよろしくな」


 自虐をこめたネタは笑いを誘わず、スルーされてしまった。

 なぜなら高木は、たったそれだけの会話でもう、頬を朱に染めていたからだ。

 監察医としての技量は高いのに、若い女性に対する免疫力は低いらしい。


 しかし、こんなちょっとしたやり取り1つで、いつもの驚かす側としての調子を取り戻した高見は、終始にこやかに会話を聴いていたリンにも余裕をもって話かけることができた。


「あの、リンさんにお願いがあります」

「はい、なんでしょう?」

「こちら監察医務院には高木主任がいらっしゃいますから、

 私のことは<高見>ではなく、ルナとでも呼び分けてください。

 構わないでしょうか」

「は、はい。了解しました。よろしくお願いします、ルナ先生」


 ぺこりと頭を下げるリンに、ルナは心からの笑顔をみせる。

 朝比奈は朝比奈で、仕事仲間との顔合わせが無事に終えられて満足そうだ。

 高木はなぜかチラチラとルナを盗み見ている。

 おまえは中学生か。


「んー、それにしてもヒナ先生の周りは美女ばかりだな。

 ラン女史といい、ルナ先生といい…。もちろんリンもだけど」


 リンの姉である花井(ラン)は、朝比奈の研究室の助教として辣腕を振るっている

 それゆえ口さがない女性医学生たちから「メイド長・花井蘭」、男性医学生たちからは「花いらずのラン助教」などと嫉妬と羨望の入り交じった二つ名(俗称)で呼ばれていたりする。

 また、彼女自身もそれを名誉のように自称することもあるから厄介だ。


 高木は、付け足しのようにリンを加えたことを責められている。

 朝比奈とルナは二人のやり取りを微笑みながら見守っていた。



 そんな折り―。

 タイミングを見計らったかのように朝比奈のケータイがなる。

 かかってきたのは鑑識班の芹沢(せりざわ)(とおる)検死官からだった。

 芹沢はどうやら現場から直接、連絡してきているらしい。


「えぇ、そうですか。はい、了解しました」

 二言、三言(ふたこと、みこと)の短いやりとりのあと、電話を切った朝比奈がいう。


「ザワさんから司法解剖の依頼がありました。これからすぐ大学に戻ります」

 その一言で、すべてを了解した高木とリンがうなづく。


 では来週からよろしくお願いしますと、二人は事務局を後にする。

 監察医務院はメトロ丸の内線/新大塚にあり、朝比奈たちが所属するMD大学は、その五つ先のお茶の水駅そばにある。


 移動するなら地下鉄が一番だ。


<科捜研と鑑識の違い>

 双方ともに警察をアシストしていますが、科捜研は専門職に分類される公務員であって警察官ではありません。偽札などの判定、また化学薬品が使用された犯罪や覚醒剤の成分分析など、専門的・科学的知識が必要な案件を担当します

 一方、鑑識は警察官であり、鑑識課という部署に所属します。基本的には事件の現場で証拠を集めます。また現場に臨むことを「臨場」といいます。


<大学での職階>

 教授>准教授>講師>助教>助手 

 法改正以前、「助教授」の主な職務は教授を助けることだったのに対し、

「准教授」は学生たちへの指導を担い、かつ自らの研究を進めるのが役割です。

 また「助教」は若手の教員が就く役職です。

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