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法医学教室の革新者  作者: 広木イズミ
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02 事件発生

・電子版での表記と、紙媒体による表記。ルールやマナーなど、いろいろ違いがありますね。

 でも個人的には、電子版での表記のほうが読みやすいと思います。

 


 冷え込みはキツイが、おだやかな快晴になってよかった——

 男は作業車に乗りこみながら思った。


 四月の中旬。

 例年なら桜が終わって春の陽気に続くのに、それが急な冷え込みになった。


 港で夜明けを待つのが嫌で、一旦は事務所に戻り仮眠を取った。

 ウトウトとはしたが、熟睡など望むべきもなかった。

 熱いシャワーで喝を入れる。

 少しばかり出発が遅れるが気にしない。気にする相手もいない。


 運転席でバックミラーの位置を確認する。

 が、ふと不安を感じて荷台をのぞきこむ。

 車体の左右、天井まで組みあげたアングル棚には、設備工事に使用する材料や工具などがところ狭しとばかりに詰めこまれている。


 けれどいつもと違うのは…

 その中央部分にグリーンの寝袋に入った死体が鎮座していることだった。



        ◦ ◦ ◦



 以前からずっと確信していることがあった。

 完全犯罪など簡単なことだ、と。


 ようは不審な死体が見つからなければいいだけのこと。

 死体そのものが存在しなければ、事件になりようがない。


 パラされて捨てられた一部(パーツ)が掘り起こされたり、港や川岸に流れついたりするからこそ、犯罪として発覚する。


 —— じゃぁ死体がまったく見つからなければ、どうなんだ?


 そうひとりごちて、自社の駐車場シャッターを閉じるようリモコン操作する。

 さぁ、出発しよう。

 やっかいごとは早めに片付けてしまおう。

 細い路地に面した事務所の前をそろそろ進み、右折するはずだった表通りに差しかかり、ふと思いつく。


 —— そうだ、こいつの供養のため、酒でも買ってやることにしよう。


 自身の仏心を自画自賛しながら、ウィンカーを切り替える。

 右に曲がればいつもの高速入口に続くが、左折すればコンビニに寄れる。


 都心の日曜。コンビニにたむろしている客は少ない。

 ほぼ地元の人間だけだろう。

 いろいろと物色し、供養の酒だけでなくエロ本とタバコも買い足してやった。

 

 ―― せめてもの心づくしだ。



 男は自分のために買った滋養強壮剤をそのまま店内で飲み干し、空き瓶を備え付けのゴミ箱に投げ込んで外に出る。

 シートベルトを装着し、ナビで今日が四月の第二日曜日だと確認する。


 この時期なら首都高速の渋滞はない。

 平日よりはスムーズに走れるはずだと予想して、代々木一丁目から首都高速にあがるつもりでいた。

 代々木公園西門前あたりの切れ目で Uターンして、だ。


 十二社通りから甲州街道を横切り、渋谷へと抜けるこの道は、山手通りとほぼ併走する裏道で、西参道口を過ぎると代々木公園に沿って大きくカーブしていた。

 そのカーブが見切れると、なぜか短い車列が見える。


 ――  赤いパトランプ? 事故か?

    いや検問だ。

    げげっ、検問だと ! !


 驚いてスピードを落とす男のワンボックスカーの横を、黒塗りのベンツが追い抜いていくが、たちまち誘導担当の警官に車列に加わるよう行く手を塞がれる。


 ――  クソっ “天網恢々疎にして漏らさず" ってか。

    ふざけやがって !



 男には知るすべもなかったが、

 この日の検問は、あくまでも地域交流の一環として行われていた。

 地域のママさんたちがマスコットのピーポ君と一緒に、安全運転を呼びかける。

 通りあわせたサンデードライバーたちには、パンフレットと花のタネがプレゼントされる、といったイベント検問だった。


 渋谷区神園町は、都心としては珍しい地域活動の盛んな街だ。

 木登りやたき火ができたりする児童公園の整備なども率先して行っている。


 だからこそ、地区の警察もこの日ばかりはシートベルト着用違反があっても、即刻キップを切るような無体なことはせず、かるい注意だけですませるよう指導されている。


 検問は、オリンピック記念総合センターの駐車場を利用していた。

 桜の花びらが車道にまで敷き詰められたように散っている。

 その先には白バイが2台、待機しているのが見える。

 たしかこの先、井の頭通りとの交差点にも交番があったはずだ。


「チッ」

 男は腹だちまぎれの舌打ちをする。


 ――  絶体絶命だ。

    イヤ、まだそうと決まったワケじゃない



       ◦ ◦ ◦


 

 男は覚悟を決め、できるだけ不自然にみえないよう車列に加わる。

 妙に若作りしたPTAのお母さんたちとの受け応えが煩わしい。


「おはようございまーす。安全運転でお願いしますね」

 笑顔で手渡されたパンフレットを無言で受け取る。

「おはようございまーす。お花の種をどうぞ。ご希望はありますか?」

「いや、何でもいい」


 平然をよそおいながらも周囲の警察官たちをうかがう。

 男がみせた視線の違和感を感じとったのか、中堅の警察官がピーポ君の影から回り込み、声をかける。


「おはようございます。ご協力ありがとうございます」

「…」

 無表情に小さい会釈を返すが、警官はなおも笑顔で近づいてくる。

「一応検問なので、免許証の提示をお願いしています」


 男が免許を取り出すあいだに警官は車内の臭いをチェックする。

 かすかな糞尿っぽいニオイはあるが、アルコールの気配はない。

 差しだされた免許証を確認する。


「もりもと・まさよしさんってお読みするんですか?」


 男はイライラを必死に抑えこみながらも応える。

「おまわりさん、オレは忙しいんだ。早くしてくれよ ! 」

「はい、わかりました。

 では、もう一度お伺いしますね。

 免許書のお名前はもりもと・まさよしさん、ご本人でよろしいのですね}


 腹立たしさのあまり怒鳴りつけそうになるが、そこは冷静に抑える。

「あぁ、そうだ。その通りだよ」

「お仕事中、ご迷惑をおかけしています」

「大迷惑だよ。

 オレは今日これから、空調機の修理で呼ばれてるんだ。

 日曜日に働く市民の身にもなれよ」


 警官は、いかにも手慣れた笑顔を添えて、ぺこりと頭を下げる。

「はい、申し訳ありません。

 私たちもこれが仕事なんです。ご理解ください」


 警官側にしてみれば暴言や言い訳けなど、どうでもよかった。

 免許書の写真と本人とを比較確認するあいだ、ただじっと表情を推察する。


(このドライバーは文句をいいながら、すこしも視線をあわせようとしない。

 やはりどこかおかしい)


「それでは、左側の赤いコーンのところへ移動してもらえますか」

「なんでだよ、忙しいっていってるだろうが !! 」

「申し訳ありませんが、ご理解ください」

 と、当然の指示をする。


 警官は近年、増加傾向にあった危険ドラッグの所持を疑ったのだ。

 しかし別担当官が調べるとドラッグどころか、寝袋にいれられた青年の変死体が見つかったのである。

 地域住民との交流イベントだとはいえ、現場の大手柄だ。


 各方面への無線が飛び交い、本庁に連絡がいれられる。

 男のワンボックスカーは、けたたましいサイレンとともに日曜のありふれた車列から切り離され、ただちに連行されていった。

 ただしイベント検問は華やかに、そのまま続行されている。



「まぁ、何があったのかしらねぇ、おまわりさん」

 あっというまの喧噪劇を見送りながら、イベントに参加していたおばさまが尋ねかける。

 人の良い警察官はポリポリと頬を掻きながら、正直にこたえるしかなかった。


「それがそのぉ、まだ何もハッキリとしていないんです」


 まさにその通りだろう。

 だがその男/森本正義は、こんな八方塞がりな状況でもまだ諦めていなかった。


死体遺棄事件って、被疑対象者は同時に殺人も疑われますよね。

当然なんですが…


でも、これでやっと物語が動き出します。

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