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とあるモブから悪役令嬢様へ

 大分下火になってきている気がしますが、婚約破棄&乙女ゲー転生ものです。

ネタを思いついたので書いてみました。

多分三話くらいになる予定ですが、ご笑覧いただければ幸いです。


「茶番はもう結構ですわ。」


 凛とした声が夜会に集った人々のざわめきを切り裂き、白に薄い水色の花をあしらった可愛らしいドレスの胸元を引き裂く様にワインの紅が散る。

 ショコラーテ=ヒローイン子爵令嬢はその菫色の瞳を潤ませ、掛けられたワインと同じくらい真っ赤に染まった目元は今にも泣き出しそうに。

だが、その肩を抱くウワキーオ第二王子はと言えばあまりの事態に呆然とするばかり。

ほとんど中身が残っていないグラスをわざとらしく取り落とすのは王子の婚約者であったイライザ=アクヤーク公爵令嬢。紫を基調にした妖艶なドレスを着こなし、豪奢な金髪を冠のように煌めかせて微笑む、堂々としたその立ち姿は前世で見たゲームのスチルそのままで……


(やっちまったな……)


 それが、その場に居合わせたノーマ・ル=モブ伯爵令嬢こと私の、心の声でありました。




 私が前世の記憶を取り戻したのは、キュンキュンラヴリー王立学園入学が決まった十二歳の時でした。

……大分アレな感じの学園名ですが、これ一応この世界ではちゃんとした違う意味があるのでスルーしてやってください。

それで、ええと……そう、かつてプレイした乙女ゲーム『キュンキュンラヴリー王立学園v~イケメン☆パラダイス』そのまんまの校名を聞いた瞬間蘇った記憶によって、此処があの乙女ゲーに酷似した世界である事を知ったのです。


 とはいえ名前の通りモブですし。現状にも特に不満もないので、めんどくさい事には関わらず、普通に学園を卒業してそこそこの家格のほどほどの相手と結婚できればいいや~と思っておりました。

伯爵家とは言っても中の下くらいの家格ですので、華々しい登場キャラ達など雲の上の方々。接点も何もありません。


 例えゲームの通りになるとしても、全年齢でしたのであまりバッドすぎるエンドはありませんでしたし。次期王たる王太子殿下はすでにお妃様がいらっしゃるせいか攻略対象に入っておらず、現王陛下は堅実なお方で、国際情勢も穏やか、勿論魔王も魔物も居ません。

 一夫一妻制なので(王族には公妾制度がありますが)、逆ハールートになればゴシップとして晒されるでしょうが、それは流石に自業自得というものでしょう。

 攻略対象の婚約者の方々も、婚約破棄と言っても男側の浮気が元でとなれば余程本人の素行が悪くない限り、この国ではむしろ同情を買うだけなので新たな縁組にもさして不自由は無いはずです。

ヒロインへの嫌がらせ? それこそ悪漢に襲わせるとか暗殺を企んだとかでもない限り、家格の差もありますが、すでに決まった婚約者がいる相手にちょっかいかけた形のヒロインの方が立場が悪いので大して問題にはなりません。

というか、いずれもやんごとない深窓のお嬢様揃いですので、嫌がらせと言ってもたかが知れていたりします。


 そんな訳で気がかりがないとは言いませんが、割りと気楽に構えていたのですが……学園卒業まで半年というところで、イライザ=アクヤーク公爵令嬢が私同様前世を思い出し、もしくは憑依されたらしい事で話が変わりました。


 その事に気づいたのは多分私だけでしょう。

命も危ぶむ事故に会い、奇跡的に回復したイライザ様の様子が少しばかりぎこちないとしても誰も不思議には思いません。

 ひと目も憚らず子爵令嬢に熱を上げるウワキーオ王子を見る目が、愛憎混じりの眼差しから一転無関心と言ってもいい程冷めきったものになっているのも、「ああ、とうとう愛想を尽かしたんですね。」と大多数はむしろ納得するでしょう。


 ですが、ここはあくまで乙女ゲームに“酷似”した世界なのです。


 イライザ様である誰かがその事を解っていれば、“この世界の常識”についての知識を備えていれば何の問題もありません。

どうやら王子ルートに進んでいる様ですが、王陛下も臨席する卒業記念の夜会でショコラーテ=ヒローイン子爵令嬢への嫌がらせを理由に断罪(笑)で婚約破棄を申し渡されはしても、顰蹙を買うのは王子達の方。イライザ様は王子の婚約破棄宣言を鼻で笑うと、しかし優雅な礼と共にそれを受け、実に堂々とした態度で退出するだけなのですから。


 でも、もしゲームとこの世界の差異に気づかずに、ゲームの通りショコラーテ=ヒローイン子爵令嬢に“赤ワイン”を掛けてしまったならば……!




 その瞬間、今まで呆れた様子でこの茶番を見ていた人々が一斉にどよめきました。


「そ、そんな……イライザ様が、わ、私のことっ……?」


 目元だけでなく頬まで真っ赤に染めて、震える唇に手をやってつぶやくショコラーテ=ヒローイン子爵令嬢。


「なっ、ま、待てイライザ! そ、そなたそんな素振りは今までい、いい、一度も……っ!」


 動揺しまくるウワキーオ第二王子。


「まあ!なんて情熱的な!」

「なんと!まさかそのような事情があったとは……」

「まるで古典歌劇の一幕のようですわ!」


 二人の様子と興奮する観衆に、イライザ様は一見平静を保っているように見えて内心狼狽えてらっしゃいます。「えっ、これ私何かやらかしちゃった?!」と


 ええ、貴女はやらかしてしまったのです。


 ───時に、扇言葉というものをご存知でしょうか?

18世紀頃、ヨーロッパの宮廷等で流行ったもので、扇の動き一つ一つに意味をもたせ、言葉を直接発さずに意思の疎通をはかる手段として、又は密かに愛を交わす手段として使われていました。

 この世界の貴族の間でも、特に恋愛においては直接的な言葉で伝えるのはあまり優雅でないという考えが古くからありまして、婉曲に、秘密めいて思いを伝えるジェスチャーが存在します。

その中で、夜会において、ワインを相手の服に掛けるという行為は─────


『あなたが(性的に)欲しい。』


という意味なのです。


 さらに、赤ワインを用いるのは『あなたを私色に染めたい(結婚して欲しい)』という意味に。

これが白だと香りは残っても色が残らない事から(実際には目立たなくても染みになりますが)『その夜限り(又は秘密)の関係を望む。』という意味になります。


 つまり、未婚の相手に公衆の面前で堂々と“赤ワイン”を浴びせたという事は──────わかりますね?


ああ、因みに我が国では同性婚が認められています。

昔々、国際情勢やら利権やら政治的な問題やらで、大変やっかい極まりない縁談が当時の王家に持ち込まれた事がありました。

他に相手がいる事を理由に断るしかなかったものの、図ったように婚姻可能な相手がおらず(実際図られていたのでしょう)、さりとてその縁談を受ければ良くて国の荒廃、悪くて滅亡という究極の選択でした。

 そこで当時の王は、なんと同性婚を可とする事で無理やり危機を脱したのです。

大分無茶なゴリ押しではありましたが、そのおかげで今この穏やかな国があるのですから、英断と讃えられて良いと思います。

 という事で、平民間ではそれほどありませんが、貴族間では利権や政治的配慮、もしくは純粋に恋愛を理由とした同性婚が男女問わず存在するのです。


 ……ですが、あのご様子ではイライザ様の中の人はご存知なかったのですね。

堂々と胸を張りながらも状況が解らず、目が泳ぎまくってらっしゃいます。


 それに、中の人の誤算は多分もう一つあります。

畏れ多くも公爵令嬢を婚約者に持つと知りながら第二王子の側に侍り、のみならず宰相子息や近衛騎士団長子息始め見目麗しくも優秀な殿方を侍らすショコラーテ=ヒローイン子爵令嬢。

彼女は逆ハーを狙う転生者でも、悪女でもビッチでもなく────


「こ、こんなに情熱的に求められるなんて、ショコラ……生まれて始めてですぅv」


「ショ、ショコラーテえええええぇ?!」


 所謂チョロいヒロイン……いえ、スーパーチョロインだったのです!



 実は彼女、ショコラーテとは幼馴染だったりします。

悪い子ではないのです。チョロインでアホの子ですが。

ちょっと好意を示されるとすぐ絆されてしまう所があり、ごく幼い頃はそれも微笑ましく見守られていましたが、年頃になっても相変わらずな我が子を心配した子爵夫人が、私が同じ歳である事とご近所の好でどうか気をつけて見てやってもらえないかと菓子折りを持って我が家へいらっしゃったのは彼女の王立学園入学の少し前の事でした。


 基本的にはいい子なのです。

思慮が足りなかったり学問が苦手だったり礼儀作法がうっかりだったりはしますが、お人好しで人を疑う事の無い天真爛漫な性格で、悪意?何それおいしいの?という、ぽややん癒し系なのです。


 悪い男にでも引っかかったら骨の髄まで吸い尽くされて、死んでもなお騙された事に気づかない事確定ですが。


 子爵夫人の心配にさもあらんと同調したお母様からもくれぐれもと頼まれていました。

最も、しがない伯爵令嬢程度では王子達を止める事は出来ず、歯がゆい思いをしていたのです。

 とにかく人の言う事を素直に受けてしまうので、諌めれば一応王子達との交流を控えようともしてくれるのですが、好意をはね退けることが出来ないので結局王子達に言いくるめられ、流されてちやほやされてしまうといった状態でした。



 なので、正直この展開は悪くないと思っています。

元のイライザ様も中の人も、気位高くも責任感のある方。さらに中の人に関してはまだ半年、しかも遠くから見守るだけでしたが……一度懐に入れたら何だかんだ言いつつ最後まで面倒を見てくださるタイプとお見受けします。

 立場も後先も考えずに感情だけで婚約破棄したり、そもそもショコラーテはイライザ様に虐められたなんて一言も言ってない筈なのに都合よく曲解して思い込みで冤罪の片棒担がせようとするようなダメ王子なんかとは比べようもありません。他の逆ハーメンバーもどんぐりの背比べです。




前略 イライザ=アクヤーク公爵令嬢様


大変不束者ですがその子根は割りと良い子ですので、どうか末永くよろしくお願い申し上げます。


            かしこ


 国や地方ごとの慣習の違いというのは色々と面白いです。

イライザ様の中の人はエライ事になりましたがw


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