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吸血鬼の手のひら返し  作者: 緑名紺
side トキワ
11/16

1 焦燥

「弱すぎ。つまんない」


 彼女にその言葉を投げつけられたとき、俺がどれだけ絶望したか。


 魔族の頂点に立つ貴血種であり、誇り高き吸血鬼族の王子である俺は、生まれたときから何不自由なく常に満たされていた。父母や同胞から期待され、兄や姉から溺愛され、下々の民から敬い崇められてきた。

 そんな俺に対してここまで冷たい言葉を発した者は後にも先にも彼女だけだ。戯れ代わりの剣の試合で完膚なきまでに打ち負かされ、女の前で地に膝をつくのも初めてだった。

 屈辱だ。男としての、王族としてのプライドが音を立てて崩壊した。


 俺の婚約者――シオンは白銀の長い髪をなびかせ、去っていく。俺が何を叫んでも彼女の足は止まらない。

 俺はぎりりと奥歯を噛みしめた。


 振り向かせたい。

 いや、それだけでは生ぬるい。いつか絶対にシオンを屈服させてやる。

 めらめらと黒い炎が俺の胸を焦がした。


 と言っても、憎かったわけではない。

 シオンは美しく、気高く、強い。

 彼女が未来の伴侶であることが誇らしかった。憧れの女性と言ってもいい。

 ようするに彼女の気を引きたくてかんしゃくを起こしていただけだ。


 成長するにつれて思い知った。

 どうやら俺は嫌われている。

 どうすれば男として認めてもらえるだろう。心を開いてくれるだろう。見直されたい。


 これは恋ではない。断じて違う。

 未来の伴侶との関係を俺にとって理想的なものにするための戦いだ。


 悩めば悩むほど彼女と会うのが億劫になった。これ以上嫌われるのも、剣で負けて情けない姿を晒すのもごめんだ。

 婚約者同士、定期的に会わなければならなかったものの、次第に俺とシオンはお互いを避けて疎遠になっていった。


 俺はますます焦り、自分に自信をつけるために剣の稽古に励んだ。現実逃避だった。ままならない現実を、剣を振るうことで払いたかったのだ。


「ようし、トキワ。俺が鍛えてモテモテの男にしてやるぞ!」


 剣の指導をしてくれたのは、年の離れた兄のグレンだった。

 魔族はこの世界で最も力に恵まれた種族だ。圧倒的な魔力で逆らう者を捻り潰し、食うために餌を殺す。本来なら剣術など極める必要はない。お遊びで習う程度のものだ。

 しかし変わり者の兄は女にちやほやされたくて剣の腕を極限まで磨いた。我が兄ながらアホだなと思うが、よくよく考えてみれば俺も同じようなものだった。こんなところ似たくなかった。


 兄は常に俺を励ましてくれた。


「大丈夫。今シオンちゃんに相手にしてもらえないのはトキワが子どもっぽいからだ。大人になればどんなプライドの高い女でもひれ伏すような男になれるさ」


「子どもっぽい……俺が年下である限り、永遠に見直されないんじゃ」


「そんなことないって。そんな不安げな顔、民には見せるなよ。もうすぐ町を与えられるんだろう?」


「あ、ああ。そうだな。肝に銘じよう。兄上、剣の他にもいろいろと学ばせてくれ」


 父上――クレナイ王は、自らの子に町や村を与えて守らせていた。老いで体が思うように動ないらしく、もう国全体まで目が届かない。最近急激な発展を遂げている人間どもや、他の好戦的な魔族たちに対抗すべく、各地に戦力を分散させていた。


 生まれてから三十年が過ぎた頃、俺は宵月の町の新たな長になった。

 喜びよりもプレッシャーの方が大きかった。だけど弱音は吐かない。

 我ら魔族が世界の覇者として君臨し続けるため、民を守る。弱き民からでも強者は生まれるからだ。

 一族の繁栄の礎となることが貴血種、ならびに王族としての俺の務めだ。


 町の現状を知り、民の信頼を得て、改善していくにはしばらく時がかかりそうだった。

 今度シオンに会うのはいつになるだろう。中途半端な状態では会わせる顔がない。


 いつかこの町にシオンを呼んでも馬鹿にされぬよう、今は精一杯務めを果たそう。

 百年後くらいに見違えるほど成長した俺の姿を見せつけ、驚かせてやる。

 今に見ていろ、シオン!


 ……そう思っていた時期が俺にもあった。



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