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短編闇鍋

トイレから美女が出てきた

作者: トカゲ

 我が家は都心から車を3時間以上走らせた先にある山奥から更に奥へと進んだ場所にある。

 コンビニどころか小さな商店でさえ徒歩で4時間以上掛かり、電気もガスもないような文明から取り残されたような家だけど、空気は美味しいし空は綺麗だ。


 こんな山奥に済む原因になった両親は、俺が20歳の時に山崩れに巻き込まれて死んでしまった。そんな両親との思い出を守る為に俺はここに住み続けていると言っていいかもしれない。

 残念ながら電気もガスもない山奥に住む物好きは俺以外にはいないみたいで、山を下りない限り人と会う事も無い。

 人と接していないと寂しさで狂いそうになる時もあるけれど、今のところは大丈夫だ。というより1人に慣れすぎて人混みに行くと吐きそうになる。

 このままで1人で良いのかとも思うけど、今更この生活を変えようとは思わないのが不思議だ。この生活に慣れすぎたのかもしれない。


 陽が昇る前に目を覚まして井戸で顔を洗い、伸びすぎた髪を後ろで縛る。

 裏庭で飼っているニワトリにエサをやりながら小屋の掃除をしたら、ついでに卵も拾っておこう。


 未開発と言って良いほどに荒れた山を両親が安く買って、自分たちで住みやすく整備していったのが俺が今住んでいる家だ。1人だと全体の5分の1も使えていない広大な土地には、豊富な山菜や様々な動物で溢れている。


 暇そうに思える山奥の生活も意外とやる事は多い。

 畑の水やりに草むしり、玄関の掃除が終わる頃には太陽が顔を出していた。


 「朝ごはんはさっき採った卵と畑の野菜で良いか」


 ガスはきてないので料理はカマドを使っての直火仕上げだ。

 薪に火をつけて朝食の準備を始める。

 今日は簡単に目玉焼きとサラダでいいかな。

 これで終わるのは薪が勿体ないので焼き芋でもやろう。

 土鍋にサツマイモを入れて1時間も放置すれば良いだけだし、ごはんを食べ終わったら様子をみればいいかな。


 朝食を終えて焼き芋を取り出したら次は森に入る。

 山菜を採ったり害獣用の罠を仕掛けていくのだ。

 ウサギやイノシシなんかも罠に掛かる事があるので、お肉の為に罠は入念に仕掛けないといけない。その時に昨日仕掛けた罠の確認も忘れないでおく。


 今日は残念ながら罠には何も掛かってなかった。山菜はある程度採れたので、そろそろ家に帰る事にしよう。

 そういえば、燻製用に塩と香辛料で1週間くらい漬けたイノシシの肉があったから帰ったら燻製でもやろうかな。


 年中冷えている洞窟に保管してあった塩漬けしたイノシシの肉を持ってきて、井戸水でイノシシの肉を洗う。

 塩抜きと言うこの作業を雑にやると美味しくならないので、何度か水を変えて丁寧に仕上げていく。


 「そろそろ昼だな」


 途中で昼頃になったので一旦作業を中止してご飯にすることにした。

 昼飯はいけすに保存している魚にしよう。

 近くにある川ではアユが採れる。大量に釣れた時は1人では食べきれない事も多いので、いけすに入れておくのだ。適当に網で掬いあげて捌いていく。

 塩で味付けしたら囲炉裏で焼いて完成だ。


 昼飯を食べて少しのんびりしたら燻製作業を再開する。

 塩抜きも大体終わったので燻製に入る。専用の小屋に肉を吊って燻していく。

 燻している間に鶏小屋の掃除をして、エサの補充をした。

 燻製が終わったら今日の作業も終わりだな。


・・・


 ガシャン!


 燻製も終わってドラム缶風呂を沸かしながら陽が沈んでいくのを眺めていると、家の方で大きな物音がした。もしかしたらイノシシでも迷い込んだのかもしれない。俺は玄関に隠してある猟銃を取り出して音のする方に向かった。


 音はトイレの中から聞こえてきている。

 我が家のトイレは懐かしのボットン便所だ。汲み取り式のトイレは不便だけれど、工事費用が勿体ないからとそのままにしている。そんな便所から何やら物音が聞こえてきていた。


 トイレの中から音がするという時点で、動物という線は消えたと言って良いだろう。だけど、こんな山奥に人が訪れるとも思えない。

 山登りが趣味なら他にもっと登りやすくて景色の良い山が近くにいくらでもあるし、迷い込むにしてもこの辺りは車が1台やっと通れるくらいの道しかない。ここに迷い込むのは無理がある。


 そうなると自殺志願者か警察から逃げている犯罪者か。

 どちらにせよ碌な人間じゃないだろう。


 「誰だ!」


 俺が勢いよくトイレのドアを開けると、そこには1人の女性がいた。

 腰まで伸びた緑色の髪と白すぎる肌、勝気なツリ目が印象的な女性だ。


 「私はエルフィナ。あなたこそ誰?」

 「俺は山田 一郎、この家の家主だよ」


 エルフィナと名乗った女性は良く見てみると耳が尖っていたり、ファンタジーな鎧を着ていたりと俺から見ても異質な格好だというのが分る。

 これが俗にいうコスプレっていうやつだろうか?


 「ここはダンジョンじゃないの?」

 「ここは俺の家のトイレだけど」


 エルフィナはキョトンとした顔でこちらを見てくる。

 周りをキョロキョロと見回して、便器を見て確かにと頷いた。


 「私はダンジョンを攻略していたはずなんだけどな」

 「ダンジョン?」

 「そう、ダンジョン。私はダンジョンを進んでいたらここに出たの」


 エルフィナが便器を指さした。

 いつもだったら家のボットン便所の穴の底には汚物が見えるはずだ。

 だけど、エルフィナが指さした便器の穴の先には松明の灯りの様な物が小さく見えるだけだった。

 いつものボットン便所じゃない、何か穴の先に光が見える。

 エルフィナが言う事が本当だとしたら、一体これから俺はどこで用を足せばいいんだろう。


 「ねぇ、ここはミッドガル大陸であってる? どの辺りなのかな?」

 「いや、ここは日本だけど?」

 「日本?」


 エルフィナが言うにはミッドガル大陸にある闇夜の祠というダンジョンを探索中だったそうだ。闇夜の祠は強力なモンスターも出てくる高難易度のダンジョンらしい。


 「なに、この便器の先にはモンスターとかいるの? ここ大丈夫かな」

 「その心配はないよ。ここに繋がっている道はモンスターが入ってこられない安全地帯にあるから」


 それなら安心だ。

 いや、そういう問題じゃない。

 どうやらボットン便所が異世界に繋がったみたいだ。ここからモンスターがやって来る事は無いみたいだけど、それでも危険な場所と繋がっていて心配なのは変わらない。


 何時までもトイレで喋っているのも居心地が悪いので移動する事にした。

 改めてエルフィナを見てみると、トイレの中から出てきたからか糞尿塗れだ。

 見るに堪えないので先に風呂に入ってもらう事にした。

 冒険者というだけあって、糞尿以外の汚れも目立つ。正直に言って臭い。美人なのに全くときめく事が無いほどに臭い。


 「ここってお風呂があるんだ。豪勢だね」

 「ドラム缶風呂だけどね」


 ちょうど風呂を沸かしている時で良かった。

 外にあるから恥ずかしいかもしれないけど、それくらいは我慢してもらおう。

 服はどうしようかな。エルフィナは俺より少し小さい位だし、とりあえず俺の服を着て貰えばいいか。


 「これがお風呂?」

 「そうだよ。周りは熱くなっているから触らないようにね。着替えは後で持って来とくから」


 シャンプーやボディソープの使い方を教えて俺は服を取りに部屋に向かった。

 エルフィナがいた場所にはシャンプーとかは無いみたいで、やってもお湯で体を拭く程度みたいだ。石鹸ですら貴族の贅沢品らしい。

 だからなのかシャンプーやボディソープを説明した時のエルフィナの驚きや喜びは凄まじかった。

 あれだけ喜んでくれると嬉しいを通り越してちょっと引く。


 「いい湯だった。服もこんな高級品を貸してもらえるとは思わなかったよ、ありがとう!」

 「せっかく綺麗になったのに汚れた服を着たんじゃ意味ないからね」


 洗濯機があったらエルフィナが着ていた服も洗ってやれるんだけど、ここは電気がきていないので遠慮しておいた。キモイとか言われたら立ち直れ無さそうだし。


 「女性の服を俺が洗っていいか分らなかったからそのままにしてあるよ。洗うための道具は貸すからそれ使って」

 「何から何までありがとう」


 道具と言っても洗剤以外は洗濯板とたらいという前時代的な道具しかないんだけどね。

 洗い方を説明した方が良いだろうけど、それはご飯を食べてからでいいか。

 今日の内に洗って干せば明日には乾くだろ。


 「まぁ、それより先にご飯にしようか。お腹減ったよ」

 「私も一緒にいいの?」

 「勿論だよ。俺だけ食べるのも居心地悪いしね。何か嫌いな物とか食べられないものはある?」

 「ないよ。この辺りの料理の事を知らないから何とも言えないけど」


 エルフィナには居間で待っていてもらって夕飯の準備に取り掛かる事にした。

 好き嫌いはないみたいだし、どうするかな。


 取りあえずご飯とみそ汁、後は今日作ったイノシシの燻製肉でも出そうか。

 みそ汁は自家製の野菜をこれでもかと入れた具たくさんの味噌汁だ。

 ついでに趣味で作っている大根の糠漬けも出してみよう。


 「おまたせ。」

 「うわぁ! おいしそう!」


 みそ汁は鍋ごと持ってきて、囲炉裏に掛ける。

 イノシシの燻製やみそ汁も美味しそうに食べてくれたけど、米を食べたことが無かったらしく、特にご飯を気に入ってくれたみたいだ。

 その細身にどうやったらそんなに入るのかと疑問に思う程のおかわりの嵐に、俺の食べる分が無くなるんじゃないかと不安になるほどだった。


 朝ごはんの為に余分に炊いたはずなのに無くなった事から考えても彼女がどれだけ食べたのか分るというものだ。

 俺はお椀1杯しか食べてないのに。4合は炊いたんだけどな。


 「お腹一杯、幸せだよ」

 「お粗末様、布団を敷くから泊まっていくと良い」


 エルフィナは明日に自分の世界に帰るそうだ。

 せっかく知り合えたのにもう別れるのは寂しい気もするが、彼女には彼女の世界があるのだから、それも仕方がない事だろう。


 「また何時でも来てくれ。歓迎するよ。何なら住んでも良いくらいだ」

 「本当に? 私、本気にしちゃうよ?」



 翌朝、エルフィナは昨日着ていた服と鎧を身に付けてトイレの前にいた。

 これがトイレの前じゃなければ絵になったかもしれないけど、残念ながらトイレの前なのでギャグシーンにしかならないのが悔やまれる。


 「またね」

 「うん、またな」


 エルフィナが静かにボットン便所の中に落ちていく。

 落ちるのは糞尿が溜まったトイレの底じゃない。彼女は異世界へと帰るのだ。

 エルフィナが落ちた後、ボットン便所をのぞき込むと、そこには何時ものボットン便所の暗闇があった。


・・・


 エルフィナが帰ってから半年が過ぎた。

 あれから俺の日課にトイレをのぞき込むと言うのが増えたのは言うまでもない。


 「あれから半年か」

 「そんなに経ったんだ。でも、ようやく来れたよ」


 後ろから声がした。

 半年ぶりに聞く、もう忘れかけていた声。


 「色々用事を片付けていたら半年も経っちゃった」


 鈴の様な凛とした声

 この声を俺はずっと待っていた気がする。


 「久しぶりだね。」


 振り向くとそこには彼女がいた。

 糞尿塗れの緑の髪を靡かせて、勝気なツリ目を細めて笑っていた。


 「えっと、実は相談があるんだけど」


 彼女は前に来た時よりも大荷物を背負っていた。

 まるで引っ越しをするみたいだ。


 「ここに住んでも良いんだよね?」


 悪びれもせずに笑う彼女は一層可愛く見えた。

 俺にはそんな彼女の申し出を断る理由が見つかりそうも無い。


 「こんな所で良いなら歓迎するよ」


 これからは賑やかな毎日になりそうだと思いながら、俺は自然と頬が緩むのを感じた。


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