表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

第八話 奴隷の意志(上)

 シラノがゴブリンを討伐して以来、騎士達の態度はさらに硬化してしまった。

 会話自体は増えたのだが、会話や行動がまるで軍隊のように規律正しく行われていた。彼らはそもそも騎士なのだから間違ってはいないのだが、それは騎士と主と言うには余りによそよそしいものだった。


「そういえば、城へは今日中に着くのか?」

「はい、もうそろそろ見えてくるのではないかと!」


 シラノに訪ねられた騎士は声を張り上げ返事をする。

 彼らはゴブリン討伐前には自信の首の心配をしていたが、討伐後の今は物理的に首が

飛ばないかと心配しているのだ。それ故に、一切の失態をしまいと態度が硬化してしまうのは仕方ないかも知れない。これでは、騎士というよりはただの兵士だ。

 シラノは余りにもよそよそしい騎士の様子に、どうにかしたほうがいいかと一瞬考えるが、彼らがシラノ自信の力を恐れているのなら、それはもう慣れるしかないかと結論づける。


「辺境伯様、見えてきました!」


 騎士の一人に言われ、シラノが馬車の小窓から顔を出すと、前方に小高い丘がありその頂上に巨大な城がそびえ立っていた。城の周りは城壁が囲んでおり、そこから丘の下にかけて大きな町が栄えている。


「思った以上に大きいな。大きさだけなら王城といい勝負何じゃないか?」

「大体同じ位の大きさだと聞いております。何しろここは帝国と戦争になった時には防衛の要となる場所ですので、国王軍が来ても楽に収容出来るだけの広さが求められます!」


 シラノは普段の調子で独り言を呟いたのだが、それに律儀に反応する騎士。この奇妙な会話は城に着くまで続いた。

 馬車はそびえ立つ城門を通り、城まで繋がる曲がりくねった大通りを通る。シラノは小窓から大通りの様子を眺めていた。

 馬車の中にいても煩いほど賑やかで、人々の表情が活気づいているのが見える。そんな光景を彼は城に着くまで自然と微笑みながら眺めていた。


「これだけ活気づいた人々を見るのは久しぶりだ」


 シラノは前の世界の出来事を思い出していた。彼が支配した前の世界では、彼が全世界の軍隊を滅ぼしいた時点で、人々の顔からは焦燥や恐怖、もしくは諦念しか伺えなかった。


「こういう光景が見れただけでも、この世界に来た価値があるというものだ」


 シラノはしばらく往来の人々を嬉しそうに眺めていたが、不意に怒鳴り声が周囲に響いた。


「てめぇ、何やってやがんだッ!」


 その怒鳴り声の後で、何かを殴るような鈍い音がシラノには聞こえてきた。これだけ賑やかな中でもはっきりと聞こえてくるその音は、前の世界ではなじみ深かったものだった。

 ためらいのない暴力の音。彼が小窓から見ている光景には不釣り合いなその音に、彼は多少の苛立ちを感じた。暴力を振るうことに躊躇いのないシラノが苛立ちを感じていのは、それが前の世界の自分と重ね合わせてしまったが故なのだが、彼自身は気づいていない。


「御者、停車しろ」


 馬車を停車させると、またも何かを殴る鈍い音が確かに聞こえていた。シラノが馬車を降りあたりを見渡すと、少女を殴る大男の姿が彼の視界に映り込む。

 殴られた少女はまるで藁のように吹き飛び建物の壁にぶつかると、そのまま地面に倒れ込み動かなくなった。男は少女の前までいくと、そのくすんだ赤髪を引っ張って顔を上げさせ、その顔面を蹴り倒した。

 蹴り飛ばされた少女はシラノの前まで転がってきた。体は全く動いていないが、近くにいれば微かなうめき声が聞こえる。

 シラノは転がっている少女に見向きもせずに、男に向かって話しかける。


「そこの殿方。少々よろしいか?」

「ああ?」


 殴る蹴るをしていたせいだろうか。男は少々興奮気味に返事をした。


「何をしているのか知らないが、もう少し静かにやってもらえないか? 男の怒鳴り声など聞いていて気持ちのいいものではないのでな」

「うるせぇ! てめぇには関係ないだろうがッ!」


 シラノが軽薄な笑みを顔に張り付けているせいで、男は自分がバカにされているのだ勘違いをし、シラノの胸ぐらを掴んだ。

 その瞬間、男は周囲に控えていた騎士達にねじ伏せられた。


「ガッ!?」

「貴様、辺境伯様に何をする!!」


 騎士に組み伏せられた男は騎士達のただならぬ様子と、シラノのことを辺境伯と呼んでることに驚き顔だけを上げシラノを見上げる。


「あんた……いえ、あなたはまさか!?」

「ふむ、自己紹介は遅れたな。私の名前はシラノ・アードラース。今日からこの領地の領主を任されることになった」


 シラノが名乗ると、男の顔は一気に蒼白になった。彼は貴族の、それも辺境伯に手を出したのだ。良くて反逆罪、悪ければ一家皆殺しだ。


「頼む、妻と子供は助けてやってくれ!」

「構わんよ」

「へっ!?」


 シラノは軽々しくその願いを受けた。その余りの軽々しさに、男は目を点にしている。


「別にあなたをどうこうするつもりはない。そもそもあなた程度では私には傷一つ付けられはしないのだから」


 別段気にした様子もないシラノは、そこで初めて足下で倒れている少女に目を向ける。

 ハエでも飛んでいそうな汚れた体に、泥の付いたくすんだ赤髪。そして首元には不格好な鉄の輪がはめられている。彼は足で少女を転がし仰向けにすると、そこで初めて目があった。

 その少女の目を見たシラノは、驚愕に目を見開いた。これだけの扱いを受けておきながら、少女の目は死んでおらず、その瞳の奥には微かな怒りすら見て取れるのだ。彼はそのことに驚くと同時に、面白いものを見つけたと思った。


「気が変わった。この少女を私に引き渡すというなら、家族どころか貴方の不敬も見逃そう」


 元々その大男をどうにかするつもりなどシラノには全くなかったが、これ幸いにと条件として引き合いにだした。


「わかりましたッ! そんなもんでよければいくらでも!」

「取引は成立した。そこの男はもう離してやれ」


 シラノにそう命じられ、騎士達は渋々ではあるが男釈放した。

 離された男は何度もシラノに頭を下げると、脱兎のごとく走り去っていった。

 シラノはしゃがみ込み少女の顔をのぞき込こむ。顔は原型がわからない程に腫れ上がり、上腕はひしゃげ、足は逆向きに曲がっている。それに細かい傷を数えればきりがない。

 それでも少女の瞳は死んでいないのだ。

 そんな少女の様子を見て、彼は少し試してみたくなった。この少女の意志がどれほどのものかを。

 シラノは瀕死の少女を魔術で応急処置して城に着くまでは死なないようにし、騎士達に少女を一緒に連れて行くように命じる。

 そんなシラノに彼らは戸惑いながらもいつの間にか集まっていた野次馬をどけ、シラノと少女を馬車へ乗せると、少しペースをあげ丘の上の城へと向かった。




 城へ着くと、シラノは何よりも先に前領主が使っていた部屋へ案内させた。その部屋に奴隷の少女を運び込みベッドへと寝かせた。そして、瀕死の少女へと話しかける。


「さて、君はこのままだと一時間もしないうちに死んでしまうだろう。私が治療することも出来るが、私は一方的に与えるだけというのは我慢ならなくてね」


 一方的に奪うのは好きなのだが、とシラノは付け加えるようにして言う。


「だから君にはチャンスを与えよう。ギャンブルと言っても差し支えない。君にはこれからある一つの秘術を授けよう。常人ならばそれに耐えきれず、発狂し死んでしまうだろう。しかし、君がそれに耐えきれば、君は何者にも虐げられない力を得ることが出来るだろう」


 シラノは楽しそうに話しながら少女の瞳を見つめている。彼は少女の瞳に徐々に強い意志が宿っていくを感じていた。


「もしこれに了承出来ないというならそれもいいだろう。その時は、そのまま安らかに眠らせてやる。だが、君が現状を看過出来ないのならば……」


 シラノは少女前に手を差し伸べた。


「さあ、とりたまえ。この幻想を、本物に変えるのは君だ」


 少女は今にも力尽きそうになりながらも、シラノのその手を確かに取った。

 彼はその頼りない小さな手をしっかりと握りながら、満足そうに笑った。


「では、旧支配者達の世界にて、その力を掴み取ってきたまえ」


 シラノはその手を通して一つの魔術を発動する。

 少女の意識は、旧支配者が住まう海底の都へと落ちていった。

 評価、感想等頂けたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ