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第六話 彼女の恋と彼女の嫉妬

 シラノの余興にしては過激すぎるショーが終わると、パーティーは自然とお開きになっていた。参加していた貴族の中には体調不良を訴えるものまで出ており、それは当然の結果と言える。

 彼に娘を紹介しようかと悩んでいた者達は、確かに彼が強大な力を持っていることは理解した。だが彼らもいくら貴族とは言えど人の子。あの苦しみながら干からびて死んでいくドラゴンを見て、自分の娘を紹介しようなどというものはいなかった。ただ一人を除いては。

 パーティも完全に解散になり、シラノが自室でワインを煽りながら寛いでいると、不意に部屋の扉がノックされた。扉の横に控えていたメイドが室外まで用件を伺いに行く。


「アードラース辺境伯様。お客様がお見えです」


 領地を賜り、正式名がシラノ・アードラースとなった彼は誰が来たのかメイドに尋ねた。彼の元を訪れたのは、アヒム・アーレ・ド・アーベライン公爵。アードラース辺境領を挟んでアルマン帝国の反対に位置した領地の領主であり、つまるところアードラースと隣り合った領地の領主である。

 シラノが入室を許可すると、アヒムが一人の少女を連れたって入ってきた。

 その少女はユリアにも負けず劣らず美しい少女だった。ユリアが人形めいた美しさならば、この少女は人間めいた美しさをしている。ユリアは容貌は黄金比といってもいいほど整っているが、この少女は美しいがしっかりと人間味があり、そして愛らしさがある。胸元辺りまである茶髪の先がカールしており、切りそろえられた前髪がその幼さを強調していた。


「やあ、アードラース卿。先ほどの見世物はとても見事なものだったよ」

「楽しんでいただけたなら何よりだ。それよりアーベライン卿、私に何か用ですかな?」

「そうそう、君がドラゴンを地に伏した話しをしたら、私の娘が是非会いたいと言って聞かなくてね。ディート、挨拶を」


 アヒムに促されて隣の少女が一歩前に出ると、ドレスの裾を摘みながら恭しく礼をした。


「始めまして、アードラース辺境伯様。私はディートリンデ・エラ・アーベラインと申します」

「始めまして、美しいお嬢さん。私はシラノ・アードラースと言う。気軽にシラノと呼んでいただきたい」

「はい、シラノ様。私のこともディートで構いません!」


 歳相応に瞳を輝かせ、シラノのことを尊敬の眼差しで見つめている。

 シラノがどういう訳かアヒムに尋ねると、どうやら方法は教えずに彼がドラゴンをたった一つの魔術で倒したと説明したらしい。


「シラノ様、私にも何か魔術を見せてはいただけませんか?」

「これディート。あまりアードラース卿を困らせてはいけないよ」


 そのやり取りはどちらかといえば父と娘というより、祖父と孫娘といった感じだった。


「ああ、別に構わんよアーベライン卿。可愛いお嬢さんの頼みだ、何か面白い魔術を披露してあげましょう」


 その言葉にディートはとても喜びはしゃいでいるが、アヒムは内心冷や汗をかいていた。彼はシラノのことを恐ろしい化け物を操る不気味な魔術師だと承知の上で、娘を引き合わせている。彼にとっては娘よりも辺境伯の権限やシラノ自身の力のほうが魅力的なのだ。しかし、先ほどの紅い不可視のモンスターのことを思うと、彼が魔術を披露するというのは、この場が凄惨なことになる様子しか考えられなかった。


「しかし、先ほど使った魔術はディートには少し過激すぎる。故、貴女にはもっと楽しい魔術をお見せしましょう」

「本当ですか! 一体何を見せていただけるのかしら」


 シラノは両手に何もないことを確認させるように見せると、そのままその手をそっと握りこむ。


「では、この手をよく見ていて下さい」


 彼は焦らすようにゆっくりとディートに前に手を差し出すと、手をスナップするように一気に振った。

 すると彼の握った手から一輪のバラが飛び出した。


「わあ!」

「この程度で驚いてはいけませんよ。本番はここからです」

「まだ何かあるの!?」

「ええ、勿論だとも。それに今夜は私の就任パーティだった。なのに、寂しいことに訪ねてきてくれた女性はあなただけなのです。なので貴方には、特別におみやげを差し上げようと思いましたて。少々手をおかりしてもよろしいですかな?」


 素直に差し出された手を支えるようにしながら、シラノはそっと彼女に先ほど出したバラを握らせる。そして、そのバラを握りつぶすように彼女の手と一緒に軽く握った。

 あっと声を上げ見るからに落ち込んだ様子の彼女に、シラノは優しく声をかける。


「大丈夫ですよ。この花は握りつぶされてしまったように見えたかもしれないが、貴方の指でちゃんと生きている」


 そういいながら彼はそっと握った手を開くと、そこに先ほどのバラの残骸はなく、代わりに彼女の細い中指には銀色に輝く指輪がはまっていた。それには細かい模様などが全くなく、代わりにその頂点には小さな銀のバラが宝石の代わりについていた。


「お似合いですよ、ディート」


 突然のプレゼントにディートは少々呆然としていたが、シラノの言葉で我に返ると頬を赤らめ少し俯いてしまった。

 呆然としたのは彼女だけではなく、彼女を連れてきたアヒムも同じ様子である。少女とは言え女心を掴む手際の良さに呆然としていたのだ。

 アヒムはシラノが魔術師だと知った時点でかなり見下していた。

 この世界の魔術師は偏屈なものが多い。人によっては、女体よりも魔術の起動式を見ていたほうが興奮するとのたまう輩もいるくらいだ。

 しかし実際にあってみるとどうだろう。研究気質の魔術師特有の上から目線の感じもなく、彼の娘であるディートとも仲良く出来そうな雰囲気である。そして成り上がりとは言え辺境伯という、家の格としても申し分ない。

 この時点でアヒムは娘をシラノの嫁に出すことにかなり前向きだった。

 しかし、シラノは数日もしないうちに新たに賜った領地へ向かうことになるだろう。そこでの彼の領地運営の手腕をみてみなければ、ディートを嫁には出せないともアヒムは考えていた。

 領地が隣なので、彼は娘を頻繁にシラノと顔を合わさせつつ、娘を嫁がせるに値するものだと思った時点で、正式に話を持って行く方針でいくことに決めた。


「ふむ、そろそろ夜も遅くなります。もう部屋に戻られた方がよいのでは?」

「そうだな。私も面白いものが見れて良かった。ディート、挨拶をしなさい」


 ディートはそう促されると、少し名残惜しそうに上目使いでシラノを見上げるが、すぐに姿勢を正して礼をした。


「本日はありがとうございました、シラノ様。それであの、この指輪は……」

「それは差し上げますよ。私のような男が持っているより、貴方のように可憐な方が持っている方が、その指輪にも価値が生まれるというものだ」


 ディートはまた顔を赤らめてしまったが、退室するさいもう一度深々と礼をしていった。

 シラノが室内に待機していたメイドにもう眠ると伝えると、メイドも退室していく。室内で一人になった彼は、魔力を利用したシャンデリアを消灯させベッドに倒れ込む。


「結婚か。ディート本人は純粋な好奇心なのだろうが、公爵は結婚前の顔合わせのつもりだろうな。欲しいのは私の魔術か権力か……」


 辺境伯には他の貴族にはない特権がいくつも認められている。他国と隣接していることから軍事力は国軍に勝るとも劣らぬ数の保有が認められているし、政治に関してはもはや独立国家と言って差し支えないほどの自由が許可されている。


「前の世界でも結婚は腐るほどしたが、結局殺してしまったしな。もしかするとそれが良くなかったのかもしれないな」


 前の世界の彼は面倒になればすぐに誰彼構わず殺していた。力がすべてだと信じて疑わなかったし、それ故に彼は最終的に世界征服を成し遂げた。まるで神になったような錯覚を感じていたのは彼自身が認めるところであるし、彼はその時確かに世界を征服したという充実感を感じていた。

 ただ、その後の生活があまりに空虚であったというだけで。


「まぁ、その後のあまりに空虚な生活に耐えられなくなったわけだが。神を気取っても、所詮私も人間だというわけか……」


 彼はベッドで自嘲気味に笑う。


「私もこの世界では分を弁えて、人並みの生活を送ってみるか」




「そう、ご苦労様。もう行っていいわよ」


 ユリアはメイドの報告を聞くと、退出するように促す。一礼して彼女の自室から出て行ったメイドは、先ほどまでシラノの部屋で待機して彼の世話をしていた者だった。

 ユリアは彼女からディートとの一件を聞いていた。アヒムと一緒に入室したところから、彼女が退室後、頬を赤らめながら熱に浮かれるよう微笑んでいたことまで余さずすべてだ。

 メイドが退出したあと、ユリアはテーブルにおいてあるグラスに口を付けワインを煽る。ワインを一気に飲み干すと、彼女はグラスに力を込めながら笑顔をひくつかせる。


「そういうこと……一晩にして女性を惚れさせるなんて、さすがはシラノ様」


 そして、そのまま一気にグラスを握り砕いた。しかし、その手からは一滴の血も流れていない。


「許さない……シラノ様は私のものよ」


 怒りに震える彼女の瞳は、燃えるように紅く輝いていた。

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