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第五話 就任パーティ

 シラノが賜領、賜爵してから三日後の夜、王城の一室では各地の有力貴族が招かれて盛大にパーティが開かれていた。皆にこやかに談笑をしているが、その内側では相手の領地の状況や弱みを探ろうと様々な思惑が犇めき合っている。

 しかし、そんな中でも異様な雰囲気を持つ一角がある。その中心にはシラノがおり、優雅にワインを煽っていた。彼の就任の祝いだというのに、皆最初に祝いの言葉を述べただけで、その後話しかけようというものは一人もいない。

 もし問題ないと判断したら即座に辺境伯に娘を紹介してしまおうと、娘を連れてきて客室に待機させている者達も少しはいるが、そもそもぽっと出の魔術師が自分と同じ、またはそれ以上の爵位を賜ったのだ。いい感情など抱いているわけがなく、それを抜きにしても彼の存在をどのように扱ってよいか皆が決めかねていた。


「シラノ様、ご就任おめでとうございます」


 そんな中、他者の誘いに断りを入れたユリアがシラノに話しかけ場が騒然となった。


「おや、これはこれは。ユリア様、ありがとうございます」

「いえ、どうやらお暇だったようですから」


 そう言いつつ彼女は周囲に目を向ける。


「いや参りました。これは単に私の人徳のなさ故の失態だ」

「そんなことはありません! ドラゴンを屠った時の魔術、とても素晴らしかったです!」


 シラノが恥じるように言うと、ユリアは少々興奮したように反論する。そして、何かに思いついたようにあっと声を上げた。


「そうです、ここにいる方々に何か魔術を披露されては如何でしょう! ここにいる方々も同じアーデルハイト王国貴族として、シラノ様のお力を知っておいたほうがいいでしょう」


 騒然としている場にユリアは爆弾を投下した。彼女はシラノから気づかれないように、振り返りながら周囲の貴族に視線を巡らせる。シラノの力をこの場にいる有力貴族全員に見せつけるのだと、彼女の視線が語っていた。


「ふむ、私は構いませんがね。しかし、どのような形でお見せすればよろしいのか」

「それなら私に考えがあります!」


 ユリアの提案によって、その場にいる全員がパーティ会場を出て兵士の訓練場に移動することになった。

 移動中の彼らの様子は様々だった。不安に思うものや期待するもの、困惑するものが殆どであったが、極僅かだがそのどれにも当てはまらずシラノとユリアの様子を冷静に観察する者達がいた。娘を客室に控えさせている彼らはシラノに娘を嫁がせるべきか、また嫁がせるべきだと判断できたら直ぐにでも紹介できるよう虎視眈々と機会を伺っている。

 訓練場はシラノが考えているよりも大きなものだった。コロッセウムというほどではないが、円形の周囲に数段の客席が設けられている。その客席には申し訳程度に屋根がついており、小さなアリーナのようになっていた。アリーナの周囲には魔術による照明が点灯しており、視界の確保には申し分ないほどの明かりが点灯していた。普段は兵士の訓練に使われている場所だが、稀に貴族の決闘にも用いられるためそのようなものになっている。

 訓練場に到着すると、ユリアはシラノにこっそりと耳打ちをした。


「シラノ様の圧倒的なお力と恐怖をもって、あの貴族達を黙らせてくださいね」


 シラノは彼女の物騒な要求に驚いたが、肩をすくめながら了承した。彼はユリアの要求に、本当にただ王族というだけの少女なのかと、また彼女の本性が分からなくなってしまった。


(女は腹に一物、子宮に二物か。全く、どれだけ生きても女という生き物はよく分からん)

「さて、では少々面白いものを披露させて頂きましょう」


 貴族達に一礼してから、シラノは早速準備に入る。


(ナビ、この世界のドラゴンなら何でもいい。座標は分かるか?)

『検索開始……発見。二百キロ先に反応がありますが、座標が常時変動しています。ポインタ変数を使用し座標を指定しますか?』

(では頼む)


 視界端のマップとは反対側に、十桁以上の英数字の羅列が表示される。それを確認したシラノは、その数値を脳内で指定し魔術を発動する。


召喚(サモン)――ドラゴン」


 彼が右手を突き出しそう呟くと、少し離れた地面に幾何学模様に集合が光輝く。直系五メートルほどのそれは、それぞれの模様が不規則な速度で回転しある種の不気味さを演出していた。

 そこから表れたのは、彼がここに来た初日に葬ったものと同じ、ウインド・ドラゴンだった。ドラゴンは突然召喚したことに混乱しているのか怒り狂っているのか、咆哮を上げながらシラノに向かって突進する。

 観客の貴族の何人かが悲鳴を上げるが、シラノは全く動揺することなくそのドラゴンを冷めた目で見据えながら、直ぐに次の魔術を発動した。


召喚(サモン)――星の精(スター・ヴァンパイア)


 その瞬間ドラゴンは突進をやめ、悲鳴にも聞こえる咆哮を上げながらのたうちまわり始めた。貴族達は突進が止まったことに安堵するまもなく、突然の出来事に混乱していた。彼らには一体何が起こっているのか全く分からず、この場でそれを理解しているのはシラノただ一人だけだ。

 だが少しすると何が起こっているのかだんだん理解出来てくる。ドラゴンの動きが次第に緩慢になり始め、悲鳴じみた咆哮もか細くなっていく。そしてその様子を顕著に表しているのはそのドラゴンの体そのものだった。まるで干からびるように鱗が萎んでいき、何かを吸い取られているとしか表現しようのないそれは、見物している人々全てに得体の知れない恐怖を与えるには十分なものだった。

 最終的にそのドラゴンは全く動くことがなくなり、咆哮も完全に止んでしまった。そしてそこに横たわるそのドラゴンは、見るものに憐れみを覚えさせるほどに悲惨な姿だった。緑色に輝いていた鱗はその輝きを完全に失って灰のような色あいになり、全身の水分がなくなったかのように干乾び萎んでいた。

 当然それを起こしたシラノには畏怖の視線が向くが、貴族の内の一人が震える声であれを見ろと指差したことにより、全員がそちらに視線を移す。

 そこには何か(・・)があった。それは輪郭がはっきりしておらず、全体が赤く、赤い液が滴っていた。脈動しうごめくゼリー状の塊のそれは、波打つ無数の触手がついた真紅の塊のような胴体を持ち、付属器官の先端には吸引のための口がついている。その口は飢えたように開けたり閉めたりしていて、それがまた不気味で嫌らしい感じのものだった。頭もなく、顔もなく、目もない大きな塊で、恐ろしいかぎ爪を持っていた。先ほどは見えなかったそれは、ドラゴン血を吸ったことにより見えるようになったのだ。

 その余りに不気味で吐き気を催すほどのそれを目撃した貴族達の中には、その場で口を押さえ俯き吐き気に耐えるものが多くいた。


「どうでしたか、私のショーは。少しは楽しんで頂けたでしょうか」


 シラノは振り返りながら軽薄な笑顔を顔に貼り付けて貴族達にもう一度礼をする。その紅い化け物はまだその場にとどまっており、そんな恐怖の象徴の直ぐそばで礼をする彼はあまりに場違いで、貴族達にはとても不気味な印象を与えた。

 そんなシラノ達の姿を遠くから眺めていたユリアは、その光景に満足げに微笑んでいた。

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