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第三十五話 彼らの悲願(上)

「イスの偉大なる種族?」

「ああ、そうだ。とりあえず私に習うよりも彼らを頼った方が確実だろう」


 シラノと達也は廊下を歩きながらエルフの森にある世界樹に意思を宿しているイスの偉大なる種族について話していた。


「彼らは時間制御を完璧に使役する偉大な種族だ。時間制御の魔術に関しては私を頼るよりも彼らを頼る方が確実だろう」

「じゃあ今まであんたから習っていた魔術は何だったんだ!?」


 怒りの余り怒鳴りに近い声を上げる達也の方を、廊下にいた使用人達が仕事の手を止め思わず振り返ったが、それが達也のものと分かると直ぐに自らの仕事に戻っていった。彼らはこの城に住み着いている勇者が粗野な者だと認識しており、すでに慣れ親しんでいると言っても過言ではなかった。


「君に今まで教えていた魔術はこちらの稚拙な魔術よりも高度なものだよ。そして、イスの偉大なる種族の元に赴くなら必要な自衛手段でもある」


 イスの偉大なる種族は基本的に平和的な思考であり、知識の収集を尊ぶもの達である。しかし、その信者のようになっているエルフ達が穏便とは限らない。


「私はこれから帝国に潜む愚かな虫達を滅ぼしてくる。後顧の憂いは早めに断っておくべきだろう」

「あんたがそうしてくれると俺も安心だよ」


 シラノから魔術を学ぶに連れて、達也もシラノがただ者ではないことを素人ながらに感じていた。しかし、真に彼の力を理解することは出来ず、彼がシラノに関して理解しているのは、とても強大な魔術師だということだけだった。


「ではこれを持って行くと良い」


 そう言って彼がどこからともなく取り出したのは、二冊本だった。

 片方は古びており、表紙にカビでも生えているのではないかと思うほど薄汚れ、古書特有の臭いが強烈に漂ってくる。

 比べてもう一冊は真新しく慎重されたものであり、丁寧に装丁されたその本の表紙は無地であり、純白のそれは汚れ一つ見あたらない。


「なんだ、これ?」

「それは私の著書だ。そして、私が知る限り最古の神話と最新の神話だ。最古のほうはともかく、最新のものは彼らも知らないだろう。彼らにとって未知の知識は最高の手土産になるのだよ」

「そうか……」


 達也にとっては意味が分からない話ではあったが、彼の示す手土産をそのまま持って行く程度には、彼のことを信用していた。

 最も、イスの偉大なる種族を知らない達也にとっては、何が手土産になるかなど分からず、シラノに言われた通りにするしかないのだが。


「では私はカノンと共に帝国へ向かう。君もエルフの森に向かいたまえ。大体の場所は分かるのだろう?」


 達也は帝国にいた時、戦争を備えて帝国と王国の地図を覚えさせられていた。虫から逃げていた時は混乱しており把握出来なかったが、後から冷静になるとここがアードラース領だということも把握出来ていた。それ故に、達也はエルフの森の場所は説明されなくても分かっていた。


「ああ、帝国にいた時にこの国の大体の地理は把握させられてるからな」

「なら問題はないな。カノン」


 シラノの呼びかけに、カノンはどこからともなく現れ、シラノに一礼する。


「ここに」

「では、達也。君の健闘を祈っているよ」


 それだけ言うと、シラノ達はまるで霞のようにその場から姿を消した。




 時を同じくして、アヒム・アーレ・ド・アーベライン公爵とその娘、ディートがアードラース領を訪れていた。全くの知らせなしに他領を訪れるなど、侵攻ととられても仕方ない行為である。事実、ディートはそれを指摘していたが、アヒムは全く耳を貸さなかった。

 それどころか、突然訪問すればシラノがディートの事を本当はどう思っているか分かる、などと唆して連れて来ていた。

 当然、アヒムは微塵もそんな事を思ってはいなかった。彼の目的はたった一つ、ディートが以前訪問したときに見たと言っていた『窮極の門の守護者』だ。

 そして、ディートを連れてきたのにも理由があった。彼女は、長らく窮極の門に到達するべく研究を重ねてきたアーベライン家が生み出した窮極の門の鍵そのものなのだ。

 ディートは自信が母親の腹から生まれたのだと信じているが、それは事実とは異なる。

 彼女はアヒムの精子と見知らぬ女の卵子から魔術により試験管で生まれ、薬品の中で成長したのだ。

 彼は自分の懐に閉まってある大きな銀色の鍵を服の上から握りしめた。それは、鍵の形をしているが鍵ではなく、鍵を発現するための媒体にすぎない。

 馬車が一度大きく揺れるとそこで停止し、アーベライン城に到着した。


「ようこそお出でくださいました。アーベライン公爵様領主は不在ですが、歓迎するようにと言いつけられておりますのでご安心ください」


 一人の執事がそう言ってうやうやしく礼をするが、アヒムは驚愕の余り反応出来なかった。彼らは何の断りもせずに領内へ侵入し、あまつさえ城まで乗り込んだのだ。弱小貴族ならともかく、大貴族といっても過言ではないアードラースにそのようなことをしようものなら、叩き出されても文句は言えないような事だ。

 そのためアヒムは叩き出されるのを承知で訪問し、馬車だけを返しこっそりと城内へ侵入するつもりだったのだ。それが、蓋を開けてみれば歓迎されてしまっている。

 アヒムとディートは案内されるがままに客室へ向かった。そして、その部屋は地下の『窮極の門の守護者』が封じられている場所へと続く階段の近くだった。

 当然、シラノはアヒムが近くまで訪れているのを知っていたし、あえて地下へと誘導するためにその部屋に案内するように事前に言い含めていた。

 アヒムはディートから階段の場所を聞き直ぐ近くだと分かると、思わずにやけた。そして、唐突に立ち上がると懐の鍵を取り出して、ディートの眼前に突きつけた。

 たったそれだけで、ディートの目から光りがなくなり、眠たげに瞼を半分ほど下ろした。


「ついてこい」

「はい」


 ディートはアヒムの命令に二つ返事で了承する。

 アヒムは部屋を出ると、すぐさま目的の扉まで向かった。


「ここか?」

「はい」


 虚ろな目で頷くディートを一瞥し、アヒムは扉を開き階段をおりていく。

 長い階段を急ぎ足で降りていくアヒムだが、途中から疲れたのか徐々にペースを落としていった。そして、やっとのことで彼は地獄の門と同じ文言が書かれた無骨な鉄の扉にたどり着いた。

 そして、その文言が自然と目に入り誰に尋ねる訳でもなく呟いた。


「これは一体?」

「汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ」


 アヒムのつぶやきに、虚ろな目をしたディートが反応した。


「どういうことだ?」

「シラノ様がこの言葉はそういう意味だとおっしゃっていました」


 それだけ言うと、ディートはそれ以上何も語ることはなかった。


「ふん、アレもなかなか冗談が上手いじゃないか」


 アヒムはシラノの皮肉とも呼べるその文言を鼻で笑い、ゆっくりと扉を開いていった。



※三十五話タイトル変更しました。 悲願 → 彼らの悲願(上)

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