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第三十二話 帝都の勇者

 アルマン帝国皇帝の居城であるアルマン城に隣接している訓練場では、三人の少年少女が百人の兵士達と戦っていた。兵士達が全身フルプレートの鎧を着込んでいるのに対し、彼らは全く鎧をつけていない。それでも、既に二十人の兵士達が地に伏しており、彼らが兵士達を圧倒していた。


「達也!」

「分かってる」


 呼びかけられた灰色パーカーを着て気だるげにしていた少年――達也(たつや)は、剣を持ち前に出て戦っていた少年が下がると、前方に右手を翳し指先に魔力を集中させる。


「ライトニング・フィンガーッ!」


 達也が魔術を発動させると、彼の右手の指五本全てから雷が走り、それぞれ別々の兵士に直撃した。直撃した兵士達は倒れると、数回痙攣した後に動かなくなった。

 体勢を立て直そうとする兵士達の後ろには、一人の少女が自身の背丈ほどもある大きな杖を握りしめ、小さく唇を動かし何かを呟き続けている。

 兵士達の体勢を整えさせまいと、下がっていた茶髪の少年――(れん)が一瞬で兵士達の眼前まで迫りかかる。彼は右手のショートソードを振るい一人の兵士を吹き飛ばし、迫り来るもう一人の兵士を左手のタワーシールドで弾き飛ばした。鋼鉄の剣と盾を軽々と扱い、全身鎧を着込んだ大人を吹き飛ばすその力は、彼の細い身体からは想像出来ないほどのものだった。

 そうして彼が三人、四人と兵士をなぎ倒していくと、兵士の背後で呪文を唱えていた少女の詠唱が完了する。


「下がれ、蓮!」

「あいよ」


 達也の合図を聞いた蓮は思い切り地面を蹴り跳躍した。その跳躍はまるで重力を無視したかのようなに軽やかで、彼は一度の跳躍で十メートル以上も後方に跳んでいた。

 蓮が後方に下がると同時に、兵士達の後方で詠唱していた少女――恵美(めぐみ)が魔術を発動した。


「スリーピング・ディザスター」


 その言葉を発したとき、兵士達は初めて自身の背後に恵美が潜んでいる事に気づいた。彼女が魔術で自身の姿を他者から隠蔽したからだ。

 恵美の魔術は残る七十人ほど兵士達全てを半円形の薄い膜が囲み、一瞬でその中を紫色の煙で満たした。

 数秒程で中の煙は完全に消え、覆っていた膜も空中に溶けていった。そこに残ったのは、倒れ伏している七十人ほどの兵士達だけだ。


「ふう、これで全部かな」

「恵美、後ろ!」


 恵美の背後で一人の兵士が剣を振り上げているのにいち早く気づいた蓮が声を上げる。しかし、その注意は既に遅くその声とほぼ同時に兵士は恵美に剣を振り下ろした。他の少年達と同じで、彼女も鎧は装着しておらず薄手のシャツ一枚のみで、頭部は露出している。そんな状態の彼女の頭に、成人男性の力で鉄の剣を振り下ろされればどうなるか想像に難くない。

 しかし、その剣が頭部に到達した瞬間に、恵美の姿が掻き消えた。


「なッ!?」


 次の瞬間、驚愕し辺りを見回している兵士の背後から恵美は現れ、その兵士の背中に杖を押しつける。


「甘いですね」


 恵美は魔術で杖の先端から電流を流し、その兵士を感電させ気絶させた。


「そこまで!」


 その戦いを遠くから見ていた男が、終了の合図をした。

 達也達はすぐにその男の周りに集まる。


「よくやった。もう私たちが教えられることはないな。情けないことに、隊長の私でも君達には勝つどころか善戦出来るか怪しいくらいだ」

「やりましたね」

「ああ、これでアーデルハイト王国を滅ぼすことが出来る!」


 蓮と恵美がハイタッチする様子を達也は少し離れて見ながら内心は別の事を考えていた。


(やっぱりおかしい……。あの日を境に蓮と恵美は急にアーデルハイト王国を敵視しだした。こいつらは元々積極的に戦争に参加するような奴らじゃない)


 彼らは召喚された当初、全員が戦争に反対していた。それも、彼らが魔王のような悪の親玉を倒す為に呼ばれたのではなく、アーデルハイト王国との戦争の為に呼ばれたからだ。

 勇者の彼らには召喚の際に特殊な力が与えられる。全員に共通して肉体的性能が飛躍的上昇し、蓮は肉体戦の適正。恵美と達也はこの世界の魔術への適正だった。簡単な説明では大したことないように思えるが、彼らの力は絶大だ。

 蓮が本気になれば、素手で岩を握りつぶし、大地を砕く。恵美と達也は他者が放った魔術を人目見ただけで完璧に習得し、魔術に関する本を見ただけで、そこに乗っている魔術を取得出来る。そして彼ら全員が、通常の人間が行った物理的攻撃が効かないほど肉体が強化されている。

 勇者というのはそう言った存在なのだ。そして、帝国は彼らを戦争に利用するために召喚した。だが、平成の日本という平和な世界から来た彼らは、当然戦争反対した。

 そして、ある日彼らは一人一人一つの部屋に呼び出され、説得(・・)をされた。その結果、達也以外の二人は戦争に積極的になってしまったのだ。


(おそらく何らかの洗脳を受けている……と思うが、魔術反応はない。僕は能力が確認出来たその日から、人体に影響を与えるものを遮断する魔術を発動しているが、恵美はそうじゃない。それに、蓮に至っては魔術すら使えない。たぶん、呼び出されたあの時に何かされたんだ)


 その日の訓練はそこで終了し自由時間が与えられた。既に外は暗くなりかけており、自由時間とは言っても場内だけに限られる。

 達也は蓮と恵美が可笑しくなってから城の書庫に通い詰めていた。本を読むだけでそこに記載されている魔術を習得することが出来る達也は、帝国が自分に何かをしてきても対処出来るようにあらゆる魔術を網羅しようとしていた。

 彼は、帝国を全く信用してはいなかった。

 しばらく達也は読書に熱中していたが、彼がふと召喚された時に与えられた懐中時計を見ると、既に消灯の時間が迫っていた。それ以降出歩けない訳ではないが、城中の灯りが消される為出歩きにくくなるのだ。彼は読みかけの本を棚に戻すと、書庫を後にする。書庫を出てみると窓の外はすっかり暗くなっていた。


(今日も蓮と恵美をあんなふうにした手段を見つけられなかった。やはり魔術じゃないのか? いや、もしそうだとしたら情報が全く出てこないのは可笑しい。こんなことは思いたくはないが、もし国家機密としてその方法が厳重に管理されていたら、あいつらはもう見捨てるしかないな)


 蓮と恵美を見捨てることも算段に入れつつ、達也は今後どうしようかと考えていると、急に尿意を催し普段使う道から外れトイレへと向かった。その途中に、一つの部屋から灯りが漏れている事に気がついた。そして、彼は好奇心からその部屋を覗き込んだ。

 その行動が、今後の彼の人生を左右する岐路だとも知らずに。

 その部屋を覗く寸前に、咀嚼音が聞こえと鉄の臭いが漂ってきた。そして、達也がその扉から覗き込むと、まず飛び込んできたのは圧倒的な赤色だった。

 室内には冗談にしか思えぬほどおびただしい量の血だまりが出来、その中心では達也の見知った顔の男女――蓮と恵美が裸で抱き合っていた。その周囲には首のない死体がいくつも転がっており、その中心で彼らはお互いの唾液を貪るように舌を絡め合っていた。

 一体どれほどの時間そうしていたかは分からないが、達也はすぐにここから離れなければならないと考えながら、その異常な光景から目が離せなくなっていた。

 そして、彼らの頭から二体の虫が這い出てきた。足が十本生えたその虫はお互いの頭に侵入しては這い出てくる。

 その余りに異常で生命に対し冒涜的な光景を目の当たりにし、達也は小さな悲鳴をあげた。精神を魔術で強化している彼でさえ悲鳴を上げずにはいられないほど、その光景はあまりにも凄惨で冒涜的なものだったのだ。

 その声が聞こえたのか彼らの動きが突然静止し、這い出る途中だったその虫と共に、ゆっくりと達也の方を振り返った。


「ああああああああああああああああッ!!」


 達也は魔術で肉体を強化しながら、窓を突き破り飛び出した。地面に転がり落ち服が汚れるが、そんな事は気にすることも出来ずにひたすら走り続けた。城壁を飛び越え、民家の屋根に飛び乗り、ひたすら走り続ける。


(何だ何だ何だ何だ何なんだアレは! あんなことがこの世にあっていいのか!?)


 帝都の最も外側に位置している城壁を飛び越え、達也は丘を一気に駆け下りる。どこを目指す出もなく、彼はとにかく帝都から離れる事だけを考えていた。


(アレはもう手遅れだ! あんなモノを助けられるわけないだろ。何が見捨てるしかないだ。アレはもうそういう次元の話じゃないだろ! とにかくここから離れないと僕も直ぐにアレにやられる!)


 この日、勇者の一人が帝都から姿を消した。

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