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第三十一話 帝国の動き

 シラノは最後のページまで読み終えると、そっと本を閉じた。彼は最近政務の間に自身の執筆した新たな神話を読むのが日課になりつつあった。


「ああ、何度読み返しても良いものだ。うぬぼれのようで気恥ずかしいが、目を閉じればあの日の光景が瞼の裏に浮かんでくる」


 彼はかの神話の起こった日の光景を思い出して一人悦に入っていると、ふいに部屋の扉がノックされる。


「ああ、主役のご登場か。入りたまえ」

「失礼します」


 入ってきたのは彼が呼んでいた神話の主役であるカノンだった。


「例の件での報告がございます」


 彼女は一礼し部屋へ入室すると早速本題に入った。


「ふむ、帝国に巣くう虫の動向がつかめたか」

「はい、どうやら異世界から勇者を召喚し、着実に戦争の準備を進めているようです」


 シラノは、カノンに一つの頼みごとをしていた。それは、帝国の動向偵察だった。国内であれば、シラノは自身の使い魔を通じて様々なことを知ることが出来るが、帝国は少々事情がことなっていた。帝国の上層部の人間は、例外なくシャッガイからの昆虫に洗脳されているからだ。


――シャッガイからの昆虫。『シャン』や『妖虫』とも呼ばれているそれは、足が十本あり、人の常識では昆虫の概念に入らないおぞましい生物である。頭から奇怪なリズムで曲がりくねるように生え、両先端がくっついている巻きヒゲに、光沢のある触肢に覆われている十本の足を持ち、さらに半円の羽は三角形の鱗が敷き詰められているその姿は、人の言葉では表せないほどの宇宙的な恐怖を連想させる形容をしている。


 そしてなにより妖虫がおぞましいのは、その生物の頭部へ透き通るように入り込み、脳内を這い回ってその記憶を読みとり、考えや記憶に影響を与えることが出来ることだろう。彼らは昼間の間は活動的でなく、夜になると目を覚まして活動を始め、犠牲者に別の記憶を植え付ける作業を開始するのだ。

 その特性故に、シラノは帝国へ使い魔を送れないでいた。使い魔の脳内を犯され、支配されても困るからだ。彼らは精神への攻撃には他の種族の追従を許さぬほど長けている。


「なるほど、やはり帝国は我が国に戦争を仕掛けてくるつもりか」


 そんな状況の中でもシラノは指で本を弄びながら、いつものように胡散臭げな笑みを浮かべている。だが、その内心はあまり穏やかではなかった。


「私、何かシラノ様の機嫌を損ねるような事をしてしまいましたか?」


 そのいつもと様子が違うことに気が付いたカノンは、申し訳なさそうにシラノに訪ねた。他の者なら気づかぬほど僅かな変化を読みとれたのは、彼を信仰しているカノン故だろう。


「君のせいではない。私は少々妖虫に対しては嫌悪感を抱いていてね。彼らが信仰する神とは相容れない故に仕方がないのだが、それで君が誤解してしまったのならば謝ろう」

「いえ、そんな! 勝手に私が誤解しただけですので、シラノ様が気に病む必要はありません!」

「そうか、それならば問題ないな」


 シラノはそこで一端話を戻した。


「さて、勇者召喚の件だったな。詳しく聞かせてくれないか」

「はい。勇者の召喚ですが、現状三名の勇者が召喚されている模様です。名前は、タツヤ、メグミ、レンとどれもこの辺りでは聞かない発音のものでした。その三名は現在訓練を積み、戦争に備えているようです」

「なるほどな。ということは地球の日本出身だと見ていいだろう。過去か平行世界か、はたまたその両方か。全く、一体どの日本から連れてきたのやら」


 シラノの独り言が始まるがカノンは何ら文句を言うこともなく黙って聞いていた。混の世界の人物は基本的に時間軸や平行世界といった概念を知ることはないが、カノンは旧支配者を三体に奉仕種族であるが知性の高いショゴスをその身に取り込んでいるため、そこからある程度の知識は吸い上げており、それらの概念について理解していた。そして、シラノの言葉は意味のない独り言であろうとも一言も聞き逃すまいと、常に耳を傾けていた。


「……おや?」


 シラノは何かに気づいたように独り言を突然止め、背後の窓を振り返る。そこには何もなく、窓の向こうには城下町と澄み渡る青空が広がっているだけだが、彼は一瞬目を細めた。


「カノン、そろそろ業務に戻ってくれて構わんよ」


 今すぐこの部屋から出て行って欲しいというその言葉の意味を正確に理解したカノンは、一礼だけしてそのまま部屋を後にしていった。そして執務室には二人(・・)だけが残された。


「久しいな。這い寄る混沌、ナイアーラトテップ」


 シラノはカノンがこの部屋を後にした瞬間に突然現れた、漆黒のカソックと手袋を身につけた黒い肌の神父に対しまるで旧友に対するような気軽な挨拶をした。しかし、その表情はいつもの軽薄な笑みではなく無表情である。


「久しぶり……というほど前でもないですがね。夢からの追放者よ」


 対して黒い神父の方は満面の笑みを浮かべている。

 シラノは神父に中央にある机をはさみ向かい合わせになっているソファーをすすめ、その反対へ彼自身も腰を下ろした。


「この姿の時は気軽にナイ神父と呼んで欲しいのですがね」

「『這い寄る混沌』『闇に吠えるもの』『燃える三眼』『無貌の神』『暗黒の王』『膨れ女』『千の顔を持つもの』。通称だけでもこれだけあるのだ、貴方の名前など一々覚えていられんよ」

「これはまたご謙遜を。貴方は自身の魂に刻みつけた魔術のせいで忘れること出来ないのだから、忘れるはずもない」


 神父が言うとおり、シラノは自身で施した魔術のせいで、一度見聞きしたものを忘れる事が出来ない。

 その言葉で神父がそのことを知っている事を思い出したシラノは肩を竦めた。


「まあ、貴方に隠しても仕方ないか……それで、こんな世間話をするために来たのではないのだろう?」


 シラノは長々と神父との世間話に興じるつもりはないようで、早く本題に入るように促した。


「ああ、本当はもう少し早く来たかったのですがね。地下にヨグソトースの一部を切り取り封印などされては、恐ろしくて近寄りたくはなかったのですよ」


 だが神父はもう少し世間話を続けたいようで、シラノの言葉を無視して絶妙に話をずらしていく。


「あれは今も地下にあるが」


 シラノはその神父に何を言っても無駄なのは分かっていたので、もう一度肩を竦めてからその世間話に乗った。


「ええ、それは承知の上ですよ。貴方の後ろを生まれたてのヒヨコのようにいつもついて回っているあの少女がクトゥグアを取り込んでしまったのでね。このままではどちらにしろ近づけないと思い、意を決して貴方のもとを訪ねたのです」

「なるほど。そして流石は外なる神であり代弁者といったところか。旧支配者を三体もその身に取り込んだカノンの事を生まれたてのヒヨコとは、いやはや恐れ入る」

「旧支配者――グレートオールドワンを三体取り込んだところで、所詮はただそれだけですからね。私に対してはクトゥグアの力が有効でしょうが、あの程度では外なる神はおろか、貴方には遠く及ばない。我が主の夢を全て喰らった貴方には」

「その話はそこまでにしときたまえ」


 神父の言葉を遮ったシラノは眉を顰め、珍しくその表情には不快感を露わにしていた。


「おや、これは失礼」

「そろそろ本題に入るとしよう。私はこれでも忙しい身でね。書類が溜まっているのだよ」

「では……貴方は帝国の動向をしっているでしょうか?」

「ある程度は掴んでいるとも。無論、妖虫のことも」

「ならば話は早い。その虫達がどうにも我が主を目覚めさせようとしている節があるのですよ」

「……そうか」


 シラノはそう言うと、その表情はいつもの軽薄な笑みに戻った。しかし、もしカノンがその場に残っていたら、その笑みに隠された怒りを見抜き、恐怖で震えていた事だろう。それほどまでにシラノの内心は怒りに満ちていた。


「私としても我が主が起きてしまうような事は避けたいのです。ですので、こうして貴方に知らせに来たのですよ」

「いつもは邪魔しかされないが、今回に限っては助かった。分かっていれば、対処のしようがある」

「それは良かった。今の(・・)貴方なら、我が主を目覚めさせるような事がないと確信していますよ」


 そういうと次の瞬間には、神父は跡形もなく消えていた。


「盲目にして白痴、無限の王――アザトースか」


 シラノはそう呟くと、窓のそとに視線を移す。しかし、視線こそ窓の外に向いているが、彼は窓の外を見ておらず、遠い過去に思いを馳せていた。


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