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第二話 城門前の襲撃

 ユリアとシラノはそれからゆっくりと徒歩で王都へ向かったか、といえばそうではない。彼らは今、ある生物の背に乗り空高くから下界を見下ろしていた。

 彼らを背に乗せている生物の名はビヤーキー。モグラに似て、カラスに似て、アリにも似て、ハゲタカにも似て、かつ腐乱死体のようでもあるが、そのどれでもない生物。しかし無理にその姿形を現存する生物に当てはめるのならば、アリに羽が生えたようだというのがもっとも適切だろう。

 本来は一匹に一人を乗せて飛ぶ下級の奉仕種族ではあるが、ユリアがビヤーキーを怖がったため、シラノの後ろから腕を回ししがみつく形で一緒に乗っている。そのため、ビヤーキーは若干重たそうにしていた。


「シラノ様、どのくらいで王都に着くのですか?」


 風を切る音で本来は声など届くはずもないのだが、シラノの張った防寒防風の結界のおかげで、彼女の声はクリアに届いていた。最初はその速度に怯え彼にしがみつくことに必至だった彼女だが、だんだんとその速度に慣れてきたらしい。


「もう少しすれば王都も見えてくると思いますよ」


 そうこう話しているうちに、目的の都市が見えてくる。


「ユリア様、降下しますので舌を噛まない様に注意して下さい。ビヤーキー、城門の若干手前に降りてくれ」


 その命令を受けて、ビヤーキーが高度を落とし始めた。

 ビヤーキーは下級の奉仕種族ではあるが高い知能を持っているため、人の言葉を理解できる。シラノが異世界の人物であるユリアの言葉を理解できるのは、自動的に翻訳を施してくれる魔術を常時展開しているからなのだが。

 ビヤーキーが城門のかなり手前に着地すると同時に、城門から怒声が飛んだ。


「撃てッ!!」


 城門前に待機していた数多くの兵士達から、大量の矢がビヤーキー向かって放たれた。




 城門前は大混乱だった。様々な命令が飛び交い、控えていた兵士が盾と剣を構え城門前の守りを固めている。なにしろ上空から巨大な飛行生命が迫ってきているのだからそれも当然のことだった。この世界では飛行する巨大な生物は主にワイバーンとドラゴン程度しかいない。そのどちらも強力で、ドラゴンに至っては軍隊が派遣されるほど強力なのだから、そのどちらでもない未知の巨大生物の恐怖は察してしかるべきだろう。


「弓兵何をやってる!!さっさと構えに入れッ!!」


 怒号を飛ばしたのはアーデルハイト王国軍第十三番隊の隊長のエベルだ。彼は飛行モンスターの発見に遅れたことを悔やみながら、各班に対して的確に指示を飛ばす。既に盾と剣を持つ兵士達により守りは固められたが、飛行モンスターには弓がなければ攻撃できない。そもそも既存のワイバーンやドラゴンと違う以上、通常の弓が効くかどうかも分からなかった。だが王都を守る兵士である以上、打てる手は全て打たなければならない。

 モンスターが着地すると同時に、弓兵達が構えに入った。


「撃てッ!!」


 彼はそう命令した瞬間に、モンスターの背に人が乗っているのがチラリと見えた。まずいと思った瞬間にはもう遅く、大量の弓がモンスターを串刺しにする寸前だった。

 しかし現実にはそうならず、まるでモンスターの手前に見えない壁があるかのように全ての矢がはじき返された。


「撃ち方止めッ!!」


 とっさの判断でエベルは兵士達に攻撃を中止させる。経験故か、はたまた死線を潜り抜けてきた兵士故の感か。結果的に彼の判断は正しかった。

 モンスターが姿勢を低くし、その背から二人の人物が降りてくる。漆黒のローブをまとった人物が先に降り、その人物の手を借りながら純白のドレスとまとった人物が降りてきた。彼らはゆっくりとエベル達のほうへ歩いてくる。

 その人物の顔がはっきり視認できるようになると、エベルの顔面は一気に蒼白になった。エベルからは見えないが、後ろに控えた兵士達も同じように真っ青になっている。彼らが手を向けたのは、本来彼らが守るべき王家の人間、王家第三女にあたるユリア・テレーザ・ド・ヘルタ・アーデルハイトだったからだ。そしてユリア本人が怒りの表情を隠していないのもそれに拍車をかけている。

 エベルは恐らく責任を取って死罪を免れないだろう。それは本人も既に悟っていた。王家の人間に矢を放ったのだからそれは仕方ない。だが、部下に出来る限り罪を被せまいと、彼はユリアの前に跪き頭を垂れる。


「大変申し訳ありませんでした。まさかあのモンスターにユリア様が乗っていようとは夢にも思いませんでした。なにとぞ、ご容赦下さい」

「なりません。このことはお父様に報告させていただきます」


 ユリアは冷たく言い放った。


「貴方は私だけではなく、私の命の恩人にまで矢を向けたのです」


 エベルは想像以上にユリアの怒りを買っていることにようやく気付いた。どういうわけか知らないが、彼女の隣にいるローブ姿の怪しい男が彼女の恩人なのだという。

 エベルは心の中で、自分のせいで死罪になるかもしれない部下達に謝罪をしていると、ローブの男――シラノがこの場で初めて口を開いた。


「彼らを許して差し上げてはいかがかなユリア様」


 思わぬところからの擁護に、エベルは驚き頭を上げる。


「都合が良かったとはいえ、ビヤーキーで空中から近づけば野性のモンスターと勘違いしても仕方ない。そして、彼らは自らの職務を全うしたに過ぎないのだ。彼らの行いは褒められこそすれ、罰せられるものではあるまい」

「ですが……」

「それに、あの程度の攻撃で私がどうにかなるとでもお思いか? もしそう思われているなら甚だ遺憾なのですが」

「いえ、そんなことはありませんッ! シラノ様の強さは私も目にしていますから」


 シラノとユリアは王都に向かう際、空中でドラゴンに遭遇している。そしてそのドラゴンを魔術にて一撃で木っ端微塵にした光景をユリアは目にしていた。それゆえに、ユリアはシラノの言葉を否定した。


「ならば、許して差し上げてはどうだろう。無害な虫や動物の戯れを一々罰する必要もありますまい」

「シラノ様がそこまで仰るのなら……では、あなた方の罪は不問に伏します。今回の件を決して忘れず、これからはより一層王国に尽くしなさい」


 そんな彼女を見てシラノは感心する。初めて馬車で会ったときのような幼さが今は全く垣間見えなかった。初めて会ったときに猫を被っていたのか、それとも現在箔をつけているのか。後者なら年相応だがさすが王族だと関心できるが、前者なら警戒しなければと彼は思った。

 彼女は馬車に乗っていた。つまり、あの凄惨な光景を作り上げた工程を目撃しているのだ。それだけのものを目撃しながら彼の足跡を聞き取って猫を被り、嘔吐するような演技がこの年齢で出来るのなら狸どころか怪物である。


「ユリア様、到着早々大変申し訳ないのですが、国王陛下も姫様のことは胸を痛めておいでです。直ぐにでも城へ向かって頂いてもよろしいでしょうか?」

「わかりました。では早速向かいましょう。馬車の用意をお願いします」


 彼女のそばに多くの兵士が駆け寄ってきて、周りを囲むようにして城門の向こうへと歩いていく。すると彼女は途中で立ち止まると、振り返ってこう言った。


「先ほども言いましたが、シラノ様は私の命の恩人です。丁重に持て成しなさい。貴方達の命の恩人でもあるのですから」


 そういい残し彼女は城門の向こうへと消えた。彼女の姿が見えなくなると、エベルはシラノに頭を下げた。


「まずは謝罪させて頂きたい。姫殿下の恩人とも知らずに武器を向けてしまい、すまなかった」

「いや、謝らずともいい。貴方の罪はユリア様によって許されたのだ。ならば、私がどうこう言うのは筋違いというもの」

「そうか。では感謝の言葉を受け取っていただきたい。あそこでユリア様を説得できなければ、私の隊の者達が全員死罪になってもおかしくはなかった。あれほどお怒りになったユリア様を見たのは初めてだ」

「そうなのか?」

「ああ、ユリア様は非常にお優しい方だ。近衛に知り合いがいるが、あの方がお怒りになったという話は全く聞かない」


 エベルとの会話の中で、シラノは可能な限り普段のユリアの様子を探る。もう少し色々な人物から話を聞いてみないと分からないが、今のところ彼女に対しては好印象を与えているようなので、彼は警戒する必要もないと判断した。


「そういえば自己紹介がまだだったな。私はアーデルハイト王国軍第十三番隊の隊長、エベルという」

「ああ、私のことはシラノと呼んでくれ」

「ではシラノ殿、王宮まで案内するので付いてきてもらえるか?」


 エベルはチラリとビヤーキーの方を確認する。その視線の向く先に気付いたシラノは、少し待つようにエベルに言ってビヤーキーの元に向かう。


「ご苦労様、ビヤーキー。またお願いするよ」


 シラノがねぎらいの言葉をかけると、ビヤーキーが寂しそうに顔を摺り寄せる。シラノがその顔に手を添えると、ビヤーキーは光の粒子となって空中に消えていった。

 シラノがエベル達の下に戻ると、彼は唖然とした様子で呟くように言った。


「さっきのあれは……召喚獣だったのか?」

「ああ、似たようなものだが大したものではないよ」


 あれしき何でもないといったシラノの様子に、エベルは緊張で体を固くした。ワイバーンや、ましてドラゴンのような飛行生物を召喚できるほどの魔術師は一国に数人いればいいほうである。それに加え完全に使役できるものなど、彼は寡聞にして聞いたこともなかった。それゆえに、彼はシラノのことを相当高位の魔術師だと理解した。


「では、参ろうか」


 シラノは緊張した兵士に囲まれて、楽しそうに城へと向かった。

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