第二十八話 神々の代理戦争
カノンとユリアの争いは名状しがたい苛烈さがあるものだったが、しかしよく見るとそれはとても原始的なものだった。両者ともに魔術を多用しているものの、それはあくまで火力を出す為であって、足止めや拘束などの小細工には一切使われていない。それは、この戦いにそのようなものは何の意味もなさないと彼女達自身が理解しているが故だった。
一撃を振るうと地面が剥がれ吹き飛び、どこからともなく水が生み出され相手を引きずり込んだかと思えば、さらに一撃でその水が爆散し蒸発する。彼女達が攻撃をするごとに大地が砕け散り、水が生まれ、そしてまた大地が作り出された。まさにシラノ達の眼前では天地創造と呼ぶに相応しい出来事が起こっていた。
無論、一般人であるルドルフやエヴィンがそれらに耐えられるはずはないが、シラノは既に訓練場を円形の結界で囲っており、周囲に被害は生じていない。
魔術を使用した殴り合いと言っても差し支えないその光景は、原始的ではあるが決して幼稚ではなく、寧ろ究極的な故に単純だった。
「ああああああああ」
「囀るな下等生物がッ!」
狂ったように咆哮を上げながら襲いかかるユリアに対し、カノンも負けじと叫びながら応戦する。ユリアの触腕がカノンの左腕に直撃し腕がひしゃげるが、まるで時間が巻き戻るかのように再生していき、数秒もすればその腕はもとの状態に戻っている。だが、それはシラノから賜った秘術故の力であり、ユリアはそうはいかない。激しい空中戦を中断し、もはや原形を留めないほど歪に凹凸した地面に降り立った彼女は既に満身創痍であった。触腕は中程でちぎれ飛び、右腕など肩から先が全くない。足すら砕けているが、外部から魔術で操作することにより無理矢理動かしているため、まるで人形劇の人形のようにギクシャクとした動きをしている。そのため彼女は降り立った瞬間に体がぐらつき、ほんの僅かに体制を維持した。
そしてその一瞬の隙をカノンが見逃すはずもなく、ユリアの足を鋭く伸びた鉤爪で薙ぎ払った。
その時シラノは、宙を舞いながら笑みを浮かべ「フム・アル・フト」と呟くユリアの姿を確かに目撃し、そしてその内心が歓喜に染まり思わず声を上げた。
「すばらしい」
ユリアが地面に叩きつけられ、トドメを刺すためにカノンが追撃をしかけようとした時、突如結界内すべてが瞬く間に燃え上がった。カノンは突然の発火に驚き、そしてそれが自身に害をなすほどのものだと即座に認め、魔術で消化を試みた。結果、その試み事態は成功したが、しかしすぐさま再度発火してしまう。
炎の鎮火にカノンが手間取っている間に、ユリアはなくなった足で膝立ちをするような格好になり、口元を愉悦のように歪めながらつぶやき始めた。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なぐるたぐん いあ! くとぅぐあ!」
それは微かな声で口の中だけで響くような小ささだったが、しかしその言葉は不気味な響きを持って訓練場内に響き渡る。その音だけは、音すら遮断する結界の外にいるシラノ達にも届いていた。ルドルフとエヴィンはその名状しがたくも不気味な声に、背筋を虫が這い回るような不快感とおぞましさを感じていた。そしてある種の緊張感を持っていたルドルフとエヴィンは、シラノが突然の起こした拍手の音に思わず振り返る。
「素晴らしいッ! 実に素晴らしいッ! 一人では勝てぬことを悟りハスターの同盟であるクトゥグアを呼び出すか。なるほど、強力な結界を張っておいてよかった。並のものなら結界ごとこの国全土が灰になっても可笑しくはない」
「シラノよ……あれは……あれは本当に私の娘なのか?」
上機嫌なシラノに対し、ルドルフは顔を蒼白にして震える声で尋ねた。
「然り。だが、彼女が人間かと言われれば答えは否。彼女の行った契約は不完全であったが、その身にハスターを降ろしていると言っても過言ではないほど真に迫っている。そして、おまけにクトゥグアの召還だ」
シラノが独白している間にも、結界内の状況は刻々と変化している。結界内に広がっていた炎は既に収束しているが、代わりにその中央には人の形をした巨大な炎が佇んでいた。
その炎はまるで生きたように躍動しており、その揺らめきは見ているものを安堵させるどころか、寧ろ不安定な気持ちにさせる不気味さがあった。
その人の形をした炎が腕と思わしき部位を掲げ横に振り払う動作をすると、結界が一瞬にして赤く染まりあがった。




