第二十一話 様々な思惑
シラノはその時珍しく困惑していた。なぜなら、先日陳情に来ていたカーズが彼の目の前で土下座をしていたからだ。シラノが魔術でカーズを世界樹の元へ送り返してから数日後、彼は改めてシラノの元を訪れていた。メイドの話ではこの城に到着した時から常に低姿勢であり、シラノがいる執務室へ入室した瞬間に背筋を伸ばしながら膝をつき、見事な土下座を決めていた。
「えーと、これは一体どういうことだね?」
「誠に申し訳ございませんでしたッ!」
シラノはこの現状について説明を求めるが、カーズは依然として謝罪の言葉を繰り返すのみだった。かれこれ十分はこのやりとりを繰り返しているカーズに、シラノはいい加減面倒になってきていた。
「とりあえず起きたまえ。でなければ、私がおまえを許すことは今後一切ない」
「わかりました!」
カーズはまるで軍人の様な動作で規律正しい動作で立ち上がる。そんな彼の様子にシラノはため息を付きつつ話を進める。
「さて、まず何で貴方が私に頭を下げているのかを教えて頂きたい」
「貴方が本当に我らが世界樹と旧知の仲の方だとは思わなかった。この無礼を許していただきたい」
「ああ、本当に聞いてきたのか。バカ正直というか何というか……まあいい。それで、今度こそ森の話をしに来たのだろう?」
「はい、ですが世界樹から貴方にまずはこれを渡せと言われました」
そういってカーズが懐から取り出したのは一通の手紙だった。それはこの世界で製造出来るとは思えないほど綿密な作りの紙に書かれており、シラノにとって前の世界を思わせた。
「ほう、あの体でも手紙がかけるのか。やはり、紙に記す習性は変わっていないか」
イスの習性を知っているシラノは多少昔を懐かしみながら、その手紙に目を通した。そしてそこには、彼への感謝と嘆願が書かれていた。
感謝の方は、自分の力が弱まっている今この時に森に進入する荒くれ者を排除するためにカノン達を派遣したことへのもの。嘆願の方は、森を訪問して結界を施してもらいたいというものだった。
「やはり平和主義も変わっていないか。まぁ、彼らは危険になったらどうせ時間を超えて転移するのだろう。彼らがいなくなるのも、王都で浅知恵を振り絞っている連中の思い通りになるのも、私にとっては面白くない。了承した。私が森の件もまとめて何とかしておこう」
シラノがそう伝えると、カーズはもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます。我が世界樹の知人の方に来ていただけるとは、これで我らの森も安泰です!」
(彼らは自分たちが危険になればエルフなど十中八九見捨てて逃げるのだろうが、まあ言わぬが花か。それに、イスが逃げ唯の巨木だけが残ったあと、エルフ達がどうなるのか見てみるのも面白そうだ)
シラノはエルフ達の将来を楽しみにしつつ、王都と彼を陥れようとしているもの達をどうしてくれようかと考えていた。
アーベライン領のとある村では、毎年この時期になると収穫祝った奉納祭をやることになっている。アードラース領とは違い飢饉に苛まれなかったこの村は、例年より盛大に奉納祭をやることになった。
人々は村の中心に丸太を組み上げ火を付けると、燃え上がる炎の周りで自然の恵みを盛大に料理している。その様子は様々で、酒を飲み騒いでいるもの、恋人と愛を語り合っているもの、はたまた筋力自慢がよった勢いで腕相撲をしており、その周りを大勢の村人が囲い賭に興じていた。その様子は平和そのものであり、誰が見ても非常に微笑ましい光景だろう。
点在する家の陰に、一人の神父が立っている。その姿は黒く、夜遅いということもあって、家の陰に立っていれば誰もその人物に気が付かなかった。
「おや、どうやらおいでなさったようですね。巻き込まれても適いませんので、私は退却させていただきましょう」
その神父はそうつぶやくと、沈むようにして陰の中へと入っていき姿を消した。そして彼が姿を消したすぐあとに、遠くから咆哮のようなものが聞こえてくる。その不気味な音に気が付いた村人が周りの人々に異変を知らせるとそれは瞬く間に伝わっていき、人々は周囲を確認するがそれがどこから聞こえてきたのか判別出来る者はいなかった。しかし二度目の咆哮が上がると、どうやら上の方から聞こえてきたことが分かり、彼らはゆっくりと視線をあげる。
するとそこには彼らが見たこともない生物が村へ向かって飛んできていた。その頭部はどちらかと言えば鳥類の様であり、手足には鉤爪らしいきものがついている。鳥のような四本の手足がついてはいるが、しかしその臀部はアリの様に膨らんでおり、背中にはドラゴンの様な翼をはためかしている。
それが村の中心へ降り立った時には、人々は大混乱に陥っていた。彼らにこれがドラゴンかそうではないかを判別するほどの学識はないが、しかし飛行する魔物は見かけたら逃げろというのは一般常識だ。
それゆえに、その背後から黄色い衣をまとった人物が飛び降りたのには誰も気が付かなかった。その人物が身につけている黄色い衣は端々が千切れたようにぼろぼろになっており、その左腕が有るべき場所からは八腕類を思わせる一本の触腕が生えていた。その人物はフードを目深にかぶっており目元が隠れてはいるが、口元が確かに笑っていた。人々はその場から逃げるのに必死になっていたが、もしその人物の事をしっかりと目撃していれば、その異形の姿と三日月のように口端を吊り上げて笑うその様子に恐怖を感じていたことだろう。
その黄衣の人物が小さく何かをつぶやくと、突然辺りに突風が吹き荒れた。しかし不思議なことにその風は乱雑に吹いている訳ではなく、たき火をしていた場所に向かって四方から吹き荒れており、逃げていた人々はその余りの強風に絶えられず転がりながらそこへ集まってしまっていた。
人々が集まったその場所に黄衣の人物は触腕を思い切り振り下ろし、とりわけ中心にいる村の人々を叩き潰した。叩きつけた場所の左右でその攻撃を逃れた人々にも、その人物は触腕を何度も何度も叩きつけ、最終的にその場には粉々になった丸太の残骸と、挽き肉になった元人の残骸が残っただけとなった。
そしてその惨状を引き起こした張本人は、まるで堪えきれなくなったと言わんばかりに高笑いを上げ始めた。
「アハハハハハハハハハハハハッ! この力が有ればあの女を殺せる! 如何なる障害が有ろうとも、もう私を止められる者なんて存在しないッ!」
その人物の声は女性のもので、もし第三王女と面識の有る者が聞けば、間違いなく彼女のものだと断言しただろう。
滅びた村の中心で高らかに上げる彼女の声は、深い夜空へと消えていった。




