第十九話 森の危機
その日、一人のエルフがアードラース城を訪れていた。
その男は通常のエルフとは違い、緑色の肌に緑の髪、緑の瞳に緑の服を来ており、全身緑のその容貌は、人間や獣人などの種族から見れば大層不気味に見えることだろう。
彼はアードラース南部にあるエルフの住む森を代表して苦情を申し立てに来ていた。彼らの森の一部が伐採され始めたからだ。森全体から見れば一部ではあるが、森そのものが村の防壁として昨日しているエルフ達にとっては深刻な問題だった。
(これは一体どういうことだ……?)
森の伐採に対して陳情に来ていた彼は、国の特使に使わせるような特上の部屋に案内されていた。そこに置かれている家具やグラスは勿論、調度品に至るまで高価ものになっている。
彼はここまでの高待遇を予想していなかった。直接訪れる前に苦情を散々書状で送っていたのだから、寧ろ粗雑な扱いをされるものだと彼は予想していた。それにも関わらず、彼は今信じられないくらい良い待遇を受けている。
用意された紅茶に毒が入っていないか魔術を使い調べ、無害だと分かると彼はゆっくりその紅茶に口を付けた。
(うまい……相当いい茶葉を使っているな)
彼のそばについているメイドが、何も言われなくとも空いたカップに紅茶を注いでいた。
彼はしばらくの間紅茶と菓子に舌鼓を打ちながら客間で待っていると、もう一人のメイド――カノンが入室してきて今から面会をする旨を彼へと伝えた。
彼はカノンについて行き部屋を出ると、ふと違和感に気が付いた。それはまるで世界樹のそばにいるときのような感覚であり、また全く反対の性質のもののようでもある。世界樹が森ならば、カノンからはまるで海の様な気配を感じるのだ。
そんな違和感を覚えた彼は歩きながらじっとカノンを見つめていたが、ふと彼女が立ち止まり振り返った。
「……何か?」
「いや……なんでもない」
彼がそういうと、カノンは何事も無かったかのように案内を再開する。
しばらく歩き最上階付近まで階段を上ると、一つの扉の前でカノンは立ち止まりノックをする。
扉の奥から若い男の声が聞こえると、カノンは扉を開け緑のエルフを室内へ招き入れた。
部屋の奥には幾つかの本棚と大きな机、そして中央には客人と対面して座れるように低いテーブルとソファーが用意されていた。
「やあ、初めまして。君たちの訪問を心待ちにしていたよ」
奥の机で何かを執筆しいていた男は、席を立ちエルフへと近づいていく。その男は軽薄な笑み浮かべており、端々がボロボロになった漆黒ローブを着込んでいた。この辺りではまず見かけない、肩につく程度まで伸びた黒髪に黒目は、その胡散臭さを助長している。
彼はエルフの男の前まで来ると、改めて自己紹介をした。
「私はこのアードラース領の領主、シラノ・アードラースという」
「私は村を代表してきた、カーズという」
お互いに自己紹介をすまし握手を交わすと、シラノはカーズをソファーへ座る様にうながした。お互いが席に着いたところで、カーズは口を開いた。
「正直おどろいています。あれだけ短期間に抗議を繰り返した我々に対し、ここまでよい待遇をしていただけるとは思っていませんでした」
「君たちにとって森は城壁のようなもの。その城壁が人間の所為で壊れようとしているのだから、君たちの抗議は当然のものだ。それに非を唱えることなどありはしない」
「それだけではありません。同胞の一人が貴方に対して敵対行動をとったという話も伺っております」
「君たちの尺度ではどうかは知らんが、あの程度は私にとって脅威足りえん」
あの程度何でもないといった様子で話すシラノの様子に、カーズは戦慄した。最強とまではいかないにしろ、シラノに襲いかかったエルフは村でもそこそこ名の通った術者だったのだ。その術者の攻撃を脅威とすら認識していなシラノに、カーズは言いしれぬ恐怖を感じた。
「術者の話では従者に守られていたというが、貴方がそれほど強いとは知らなかった」
「ふむ……私がどういう存在かは、君達が世界樹といって崇拝するものに聞くといい。夢を追い出された魔術師とでも言えば通じるだろう」
カーズの挑発を全く歯牙にかけないシラノ。普段のカーズであればその様子に、さらに挑発を重ねていたであろう。しかし、そんなことよりも彼はシラノの発言に見過ごせない点があった。
「それはどういう意味です?」
「どう……とは?」
シラノは何を問われているのか本気で分からず首を傾げた。
「先ほど貴方は世界樹に聞けとおっしゃった。それはどういう意味なのかと聞いています」
「そのままの意味だが? アレは私を知っているし、私もアレを知っている。それだけの話だ」
シラノは現在世界樹に乗り移っているイスの偉大なる種族と出会ったことがあった。
彼らイスの種族には時間や空間的制約が存在しない。それも、彼らは元々肉体を持たない精神生命体であり、時間の概念を極めた唯一の種族である。そして、別の生命体と精神を交換する力を持っており、その効果範囲はとても広い。未来や過去に送れるだけでなく、時空を越えて別の銀河系へ送ることも可能である。
そんな彼らのことを知る人々は畏怖と敬意を込め、シラノは尊敬にたる種族だと認めイスの偉大なる種族と呼んでいる。
しかしそんな事情を知らないカーズからしたら、何千年も生きている世界樹と知り合いなどというシラノのことは頭のおかしい人物にしか見えない。
「それを本気で言っているのでしたら、貴方は頭のご病気か、そうでないなら大法螺吹きだ」
「そのどちらでもないがね。まあ、信じる信じないは君次第だ」
訝しげに睨み付けるカーズに、シラノは一つの提案をした。
「あまり疑われても鬱陶しいな。それに森についても話が進まない。なので、一度エルフの森へと帰って世界樹に聞いてみるといい。なあに、移動は一瞬だよ」
「なにを」
カーズが何か発言をする前に、シラノは問答無用で指を鳴らして魔術を発動し、彼を強制転移させた。勿論送り先は世界樹の根元である。
部屋に一人残ったシラノはテーブルの上においてあるベルをならす。すると、ノックをして一礼しカノンが部屋に入ってきた。
「しばらくピクニックをしてもらいたい。一週間分の食料をもち、エルフのもりで出会った敵を排除してくれ。一人で行くのが退屈だというのなら、エレナとカインを連れて行っても構わん」
「わかりました」
退出するカノンを横目に、シラノを窓際まで移動し空を眺める。
「これは、また面白くなりそうだな」
シラノはいつも通りの軽薄は笑みを浮かべていたが、その表情はどことなく嬉しそうだった。
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