第十六話 開かずの扉(上)
アーデルハイト王国王城の王の寝室にて、ルドルフ一世はまた頭を抱えていた。原因は現在王城内で最も話題の人物、シラノ・アードラースから送られてきた手紙にあった。
曰く、エルフの森には絶対に手を出してはいけない。あの地は人の身には余る場所である。
読んでいる者が不愉快に思うほど、長く遠回しなお世辞等が延々と綴られている手紙ではあるが、要約するとそのようなことが書かれていた。
数日前に送られてきたなら問題は無かったが、今このタイミングで送られて来たのは非常に問題だった。
現在王城では宮廷貴族達がシラノの政治的、財政的な力を削ごうと躍起になっていた。その動きはルドルフ自身も予想していたし、仕方ないものだと思っていた。突然現れて辺境伯という地位を奪っていった彼のことは警戒するのは当然だろう。それにパーティーで起こしたドラゴン討伐の件が、その警戒心を助長していた。
それ故にルドルフもある程度その動きは容認することにしていた。彼自身もシラノがあまり力を持つと困るからだ。
宮廷貴族達が出した最終案は、エルフの森の一部伐採だった。
エルフの住む森は、大部分がアードラース南部に位置しているが、一部は他の領地に掛かっている。その部分の木をすべて伐採しようというのだ。
アードラースの前領主はエルフとは交友関係を築いていた。そのため、森の恵みの一部を税として納めていたのだ。
宮廷貴族達はその木を切ることによって人間とエルフとの友好関係を悪化させようとしている。エルフと人間の関係を悪化させることによって、実質的に被害を受けるのはアードラース領のみであり、伐採した貴族達はエルフの森の良質な木が手に入る。ルドルフ自身もそう考えていた。
そして、エルフの森伐採案の最終決定をする会議の直後、この手紙が彼の元へ届いた。まるで目の前で目撃していたかのようなタイミングで送られてきた手紙に、彼は背筋の凍る思いがした。
(これは早々にエヴィンに相談すべきだろうな)
ルドルフは室内に控えている近衛兵に宰相であるエヴィンを連れてくるように命じる。
その様子を窓の外からじっと見つめているコウモリの存在に、彼は気が付かなかった……。
シラノはアードラース城へ帰還してから、表向きは多忙な毎日を過ごしていた。
彼は執務室にて一通りの書類にサインをすると、ため息を付きながらため息を付く。
「退屈……あまりに退屈。空虚とまでは言わんが、この退屈はどうにかならないものか……宮廷貴族達が私の手紙など無視して決定を下せば少しは面白いことになりそうではあるが……」
シラノは魔術にてコウモリの視界を通して王城の内情を監視していた。余りに暇を持て余した彼は、あらゆるところに召喚した動物を送り、その視界を通して面白い出来事はないかと国内の様々な場所を監視していた。
「帝国の監視が出来れば一番良いのだが……下級の動物では妖虫の餌食になりかねないからな」
それが、シラノが帝国に監視の動物を送り込まない理由だった。
妖虫――シャッガイからの昆虫とも呼ばれるそれは、餌を必要とせず光合成によって栄養を得ることが出来る脚が十本ある昆虫である。それは人体をすり抜け対象の脳内まで入り込むとあたりを這い回り、人間の記憶を読み、思考に影響を与えることが出来る。
その昆虫がある神を信仰している故に、シラノはその昆虫を心底嫌っていた。
「すでに帝国は乗っ取られている様だが、特段面白いことでもない」
シラノが本日何度目になるか分からないため息をついていると、執務室の扉がノックされる。彼が入室を許可すると、カノンが一礼して入ってきた。
「シラノ様、ディートリンデ・エラ・アーベライン様よりお手紙が届いております」
「ディートからか」
シラノはその手紙を受け取り一読する。その内容は、ディートが近々アードラース領に訪れたいというものだった。シラノはそれに対してどう返事をしたものかと一瞬考えたが、訪問を心待ちにしているといった返事をすぐに書き、カノンに渡した。
(アーベライン卿と腹のさぐり合いでも出来れば退屈しのぎにはなりそうだ)
「これをディートに届けてくれ」
「かしこまりました」
一礼して部屋を後にするカノンを見届けると、シラノはもう一度ため息をつき窓の外へ視線を移す。
「退屈だ……」
「お久しぶりです。シラノ様」
「ああ、久しいなディート」
シラノは馬車から降りようとするディートに手を取らせ、馬車から降ろした。
彼女は黒を貴重としたラップチェストのゴシックドレスを着て大人らしさを出そうとしており、シラノにはそれが逆に子供に見えて仕方がなかった。たが、不思議と不快ではなく、むしろそう言った彼女の拙い努力は微笑ましくすら思えてしまった。
そしてその右手中指には、以前シラノが贈ったバラの指輪がはまっている。
「それで、アーベライン卿はどちらかね?」
「あ、えっと……」
ディート曰く、アーベライン公爵は彼女の共に着いて来ていないらしい。
(アーベライン卿め。娘を一人で男の元へ出かけさせるなど正気か?)
さすがにシラノも、メイドや騎士のお供がいるとはいえ、娘を一人で来させるとは思っていなく、内心はとても驚愕していた。
「あの……やはり迷惑でしたでしょうか?」
シラノの様子から何かを感じたのか、ディートはとても不安そうな表情で彼に訪ねた。
「いや、そんなことはないとも。ではディート、まずはこの城を案内しようと思うがどうかね?」
「はいッ! 是非お願いします!」
再び笑顔になったディートを連れ、シラノは城の案内を始める。彼は兵士の訓練場から、客室まで様々な場所を案内した。しかし、そんな中ただ一つだけ案内しなかった部屋がある。
通常、そういった扉は貴族にとって余り公に出来ないような物事を行う場所である。地下室へ繋がっているのが定番であり、行われるのは拷問や、奴隷の交配など、貴族の汚点ともいえるものがそこで行われる。
無邪気故に、ディートはそこが何なのか聞いてしまった。それに、ディートに付き添っていたメイドの表情に焦りが浮かぶ。
そのメイドはディート付きのメイドであり、彼女はディートをシラノへ嫁入りさせる予定だと聞いていた。しかし、下手にシラノの暗部をつついてはやぶ蛇になりかねないし、そんな貴族の汚いところを見てしまっては、ディート自身も結婚に後ろ向きになってしまうだろう。
「そこは倉庫代わりに使っていてね。余り人に見せられるものではないのだよ」
メイドがディートのフォローをする前にシラノが上手く誤魔化した。
「そうなのですか?」
「ああ、そうだとも。さて、これで大体案内は終えたが、この後は中庭で紅茶でもどうだろう。ディートが来ると聞いたものだから、良い茶葉を仕入れたのだ」
「まぁ、それは楽しみです」
アードラース城へ来てから終始笑顔のディートを連れて、シラノは中庭へと移動する。
メイドはそこから離れる際に先ほどの扉を振り返る。彼女はその扉から得体の知れない不気味さを感じ、いち早く離れたいと思いながらディート達へと付き従った。
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